第2話 告白現場

 俺には自信がない。


 それは自分自身がよく知るところである。


 ただ、これが先天的にそうであったかと問われれば答えはNoだと言える。


 少なからず小学校の頃は自信に満ち溢れていたし、何でもできると思っていた。

 じゃあそんな自分が何をきっかけにして変わったのかと問われると、そこに大きく寄与しているのがやはり夏野なつの美鈴みすずという女の子だろう。


 いつも隣にいて当たり前。遊びに行くときは常に一緒で、学校へ行くのも帰るのも常に美鈴とだった。

 

 だけどそんな当たり前が変わり始めたのは、小学校での教育が終わり中学に入った頃からだろうか。


 小学校の頃と大きく環境が変わり始め、少しずつ周りの思考も仲のいい女の子から、男子と女子と分け隔てた思考へと変わっていく。


 そうなるとどうなるのか、あいつとあいつは付き合っているだのどうなのと恋愛的な思考になっていく。それの格好の的になったのが俺と美鈴だった。


 周りに言われていると、自然と俺自身も女子として意識を始める。

 変に周りから入ってくる知識。


 そうして改めて、夏野美鈴を見たときに彼女は可愛いと気づいてしまった。

 それは俺だけでなく、俺の周りにいた男子でさえも……。


 ……同時に気づいてしまうのだ、自分とは不釣合いだと。


 周りが言う、「夏野が可愛い」、「あいつとやりたい」、「付き合いたい」、そんな言葉の矛先は最終的に俺へと向かってきた。


 あいつはいいよな……。


 それからはあっという間だった。美鈴の知らないところで俺という人間に対し妬み、嫉妬を覚え、そして誰かが言い出す。「久野春と夏野美鈴は不釣合いだ」と。


 その言われように気づいたとき、自分に一気に自信がなくなった。

 あれだけ近くにいたやつらも、そういった恋愛感情を元に一気に敵になるって怖さと、自分を認められなくなるだけの不安。結果俺は美鈴から少しだけ距離をとった。


 一緒に帰ろうといわれ、最初は帰っていたものの少しずつありもしない友達との予定を都合に帰らなくなり、一緒に行くときも少し時間をずらすようになる。

 

 そうして距離ができるようになる。


 だけど、抱えている思いがなくなるかと問われるとそれはない。

 一番近くにいた女の子、そんな女の子を意識しないなんて無理だった。

 どんどん綺麗に、かわいくなる女の子に少しずつ距離を感じるようになり、いつしかどこかあきらめに似た感情を抱くようになった。


 そして、俺は日陰者に、彼女はより日向に、逆方向へと進んでいくようになった。


 これが今の俺の現状だ。

 でも、そんな自分に今日終止符を打とうと思う。


 それはいい方向であっても悪い方向であったとしても……。

 


 

「まあ、将太はあんなふうに煽ってたけど自分の気持ち次第だと思うからあまり気張って早とちりしないほうがいいと思うからな」

「ありがと、でも一区切りつけないといけない部分でもあるから」

「ようやく、自分を認める気になったんだ」

「それも含めて前に進むための一大決心てことだね」

「うん」


 圭祐も俺の様子を見て問題ないと判断したのだろう。

 後は何も言わず、バンと背中を叩かれる。


 部活があるという圭祐を見送り、校門を出る。

 校門前に差し掛かったとき、ふと長い黒髪が校舎の横道へと向かっていくのが見えた。普段ならまっすぐ家に帰るはずの彼女が何故……?


 考えるよりも早く足は彼女の後を追っていた。後者の横側、帰宅部であれば誰も行かないような場所へと向かっていく。


 影が見えなくなったその先には部活動などのある生徒の荷物置き場のある場所がある。近づいてみるとその影のほうから美鈴のものとは違う男子の声が聞こえる。


「ごめんね夏野さんわざわざ来てもらって」

「……ううん」


 そこには同じクラスのサッカー部の生徒が立っている。名前は確か伏見君だ。


「絵瑠が言うからなんだろうって思ったけど、場所的にそういうことなんだろうとはおもってた。誰がいるとかも聞いてなかったから伏見君だとは思っていなかったけど」

「どうしても、夏野さんに気持ち伝えたかったから」

「……うん」


 付近が静かだからか、思ったより声はよく聞こえる。

 盗み聞きしていることに罪悪感を覚えたものの、その行く末を最後まで知りたい気持ちが勝ってしまう。


「単刀直入に言うと、俺は夏野さんが好きだ。俺の恋人になってほしい」


 俺が数年かけても言えないでいる台詞をいとも簡単に言い切った。

 いや、きっと簡単なことではないのだろう。ただ、彼はその言葉を言わなくちゃその先に進めないこともしっかりわかっていて、それがわかっているから気持ちを言葉に出したのだろう。


 すごいな、素直にそう思う。


 もしその言葉を受け入れられなかったとき、その後はどうするつもりでいるのだろうか。

 聞いているだけの俺ですら心臓の高鳴りがやまない。

 なら、あの場にいる彼はどれだけの緊張があるのだろう……。

 

 静寂がその場を飲み込んでいる。やけに自分の心臓が高鳴っているのがわかる。

 早く答えを出してくれ、当人でもなんでもないのにこの静寂が耐えがたかった。


 ――いや、ちょっとまて。


 考えてもいなかったが、もし彼の告白を美鈴が受け入れたらどうなる。

 彼氏彼女になってしまったとき、俺は今後どんな風に彼女を見ればいいのだろうか……。


 不安が勝った。

 じっと立っていられない。

 

 たっぷりと数分時間をかけた後、美鈴のやわらかい声音が空気を切り裂く。


「――ごめんなさい。伏見君と付き合えません」


 やさしいはずなのにその言葉はどこか刃物のように鋭かった。


「そっか……。ちなみに俺のことが嫌いとかだった?」

「ううん、そうじゃないの……私には好きな人がいるから。だから付き合えない」


 これ以上いたらまずいと思った俺はバレないよう息を潜めてその場を後にした。

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