俺が好きな彼女と俺を好きな彼女が争っています。

音ノ葉奏

第1話 好きな人


「どうしよ……」

「あの、大丈夫ですか?」


 外出帰りの駅前で、一人かばんの中をまさぐっている女の子がいた。


 周りの人々はそんな彼女なんて眼中にもないといった様子で通り過ぎていくが、俺にはひどく悲しげに映るその姿に居ても立ってもいられず、慣れないながらに声をかけた。


「財布を……盗まれてしまったようで……」


 見捨ててもよかったわけだけど、自分が同じような立場になったときに誰にも助けを求められないことを考えると寒気が走る。


 だから俺は、財布の中から一枚、野口さんを取り出し彼女の手に握りこませる。

 歳はきっと同じくらいに見えたし、千円という単位なら、まだ手元からなくなっても何とでも言える。

 

「悪いですよ……」

「いや、大丈夫ですよ気にしなくても。俺も同じ立場だったら困ると思うので、同年代くらいに見える何かの縁ってことで助けられてください」


 そういって、そのまま俺は彼女に気を使わせないように足早にその場を去る。


 何かしらの縁が悪さをしない限り、きっと会うことはないだろうと思ってホームの階段を下りる。


 普段の俺からすれば思いがけない行動というか、まず見ず知らずの他人に声なんてかけないだろう。だからいい冒険だった。そう思うことにした。


 マスクにおしゃれめがねといった組み合わせで彼女の顔は伺えなかったものの、少しは明るい顔をしていてくれれば俺も心が晴れる。


 きっと慣れている人はその場で連絡先とか聞き出してサラッといい感じに持っていくのかもしれないが、それをしないしできないあたりが俺の、陰具合を限りなく見せていて面白い。


 結局俺はやっぱりどう冒険しても俺らしい。



△  ▼  △



 そんな出来事も薄っすらと忘れるくらい。

 時間にして二週間ほど経ったころ、その冒険に見合った経験値も入らず、いつも通りな久野ひさのはるとしての日常を過ごしている。


「なな、春はさ浮ついた話はないの? 主に……」


 小学校の頃からの付き合いの三島みしま将太しょうた三上みかみ圭祐けいすけの二人に挟まれながらありもしないコイバナのトークを繰り広げている。


「ないね」


 視線は俺ではなく俺の後ろ側に向かっているあたり将太は、俺の後ろの方で楽しげに話をしている彼女とのことを話しているのがわかる。

 それにつられる形で俺と圭祐も後ろを見る。


 そこで盛り上がっているのは、いかにも清楚といった様子で長い髪を揺らして笑って居る美鈴みすずだった。


 わかってはいたが今日もかわいい。


 黒く長いきれいな髪と、目鼻立ちの整った非の打ち所のない可愛さ。正直、気にならない男子のほうが少ないだろうと自信を持って言い切れるほどの美少女だ。


 美鈴の浮ついた話はあまり本人からは聞こえてこないが、それでもとてもモテて居るというのは周りから(主に将太と圭祐だが)の情報で入ってくる。


 それを認めざるを得なかったのは去年の学祭で上級生を差し置いてただ一人、一年生でミス緑涼りょくりょうを掻っ攫っていったところだろうか。


 あれ以降、以前からもそうではあったが、拍車をかけるように美鈴の周りに男子の姿が多く映るようになっていた。


「でも、正直すごいよな。モテている女子なのにもかかわらず別に彼氏を作るわけでもなく普通の女子としてクラスのマスコットやってるんだから」

「圭祐、それを言うと春がピリついちゃうよ」

「何を今更、そんなのもう中学の頃からなんだし、いい加減春も切り替えろって」

「そうだな」


 本当は認めている。 

 ただ、それを認めてしまうと美鈴はもう俺の知っている美鈴とはまったくの別人になっているような気がして認めたくない自分が居る。


 人気者の彼女と日陰者の自分、その対比がなんとも太陽と、影のような存在で自分の醜さのようなものを映し出している。


「ただ、春も春だよな、美鈴さんが仲良くしている男子って春くらいでそれ以外あんま寄せ付けないような感じすら見えるのに動き出せないあたり」

「まあ、仲がいいからというか昔ながらの付き合いだからこそ踏み出せないのも無理はないんじゃない?」


 圭祐は俺よりの意見で、将太はどちらかというと俺に厳しい意見寄り。

 ただ、その両者の言い分がわかるあたり長い付き合いを感じさせるし、逆に

俺の代弁者だなって思う。


 二人の言うとおり俺と美鈴は、昔ながらの幼馴染だった。


「……!」

 

 後ろで楽しげに話をしている美鈴の目と俺の目が交差する。

 その俺に対しにこっと笑みを返すとそのまま話に戻っていく。


 正直なところ俺だって美鈴を彼女にしたいって気持ちを持っている。

 ただ、この曖昧な関係に居心地の良さを感じているのも事実で、そこが自分として恥ずかしいところだと思う。


 なんというかあいつは無理だからやめておけという意見ではなく、あいつとお前はもう付き合ってもおかしくないと、周りから言われている自分に優越感を抱いてしまっている。


 しかもそれが夏野美鈴という学年を越えて認められている女の子なんだから余計だ。

 答えを出してしまうとその関係に終わりが来てしまう、そんな可能性を考えるだけで足がすくんでしまう。


 付き合いにして十数年、それだけの期間を棒に振って関係を変えられるのか、天秤にかけていつも右に傾いたり、左に傾いたりを繰り返している。



 ……でも。正直きっぱりとしてしまいたいという気持ちもある。

 彼女だって人だ、いつ気持ちが変わって彼氏を作ろうとするなんてわからない。


 その相手が自分でない可能性のほうが多いんだ。それなら少しでも関係性としてほかの誰よりもビハインドのある俺のほうがチャンスがある。


「俺さ……」


 将太と圭祐にしか聞こえないくらいの声でつぶやく。


「俺さ、そろそろ一歩踏み出してみようかと思う」

「うお……、煽ったもののいざそういわれるとマジかってなる」

「自分のタイミングでがんばれよ」

「うん」


 終わるにしても、始まるにしても長く引きずらないほうがいいのも確か、だから俺は人生での大一番の勝負をここで決めてやろうかと思った。

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