第4話 もう一人の学校一
その後俺がどうやって家に帰ったのかは覚えていない。
それでもしっかりと家まで帰ってベッドの上に横たわっている自分がいたのだから不思議だ。
この喪失感も心の傷も、家路の記憶のように忘れ去ってくれていたらよかったのに。
涙は出なかった。
そこは漫画のように劇的ではなかった。
ただ、この十数年にも及ぶ美鈴との関係は劇的に変化があった。それはこれまで幼馴染だった彼女が、自分を振った女の子に変わってしまう形に。
どちらに転んでも仕方ないとは思っていた。
それでも思い上がった自分に恥ずかしくなって、明日からどういう顔で美鈴と顔を合わせればよいのだろうか。
「明日なんて来なければいいのに」
学校に行って将太と圭祐になんていえばいいんだろうか。
あいつらなら慰めてくれるんだろうな。
「はあ~あ、こんな気持ちになるんだな振られるって」
先ほどまでは明るかった空模様はすっかりと夜の帳を下ろし、今後の俺と美鈴の関係を表しているかのように真っ黒く染まっている。
家族もいつの間にか帰ってきており、夕飯の支度を終えた母さんの俺を呼ぶ陽気な声が俺の心情とひどく対照的で思わず笑ってしまった。
「気にしたってしゃあないか、なるようになるよな」
そう決めて明るいリビングのほうへと向かっていく。
△ ▼ △
翌日、あんなに真っ黒く染め上げた世界も朝が来ればすっかりと透き通った晴れ模様を見せていた。
ここまで俺の気持ちは明るくないが、それでも曇天模様よりかはすっきりとした気持ちにしてくれる。
「おっは、春」
「おはよう、
通学路の途中、電車組の桐冬さんと一緒になる。
「珍しいね、通学路で会うの」
「確かにね、今日早く出たからかもしれない」
「そうだ! 確かに!」
何が楽しいのか、ケタケタと笑いながら会話を広げてくれる。
これが彼女の持つコミュニケーション力なんだろう。話していて苦じゃない。
これはその他に対する嫌味の意味ではなくある意味対等な存在としての友達という意味だ。
彼女の容姿は美鈴にも引けを取らないほどに整っており、美鈴よりも彼女を推す声も多いくらい人気がある。
清楚な美鈴に対し天真爛漫な桐冬さんといったようにうまく人気が分散している。
その距離感の近さのせいで勘違いをする人も多いんじゃないかとも思える。
かくいう俺も、女子生徒の中で唯一彼女に名前で呼ばれている一人だ。
美鈴ですら君付けであるのにもかかわらずだ。それでも嫌味に感じないあたり桐冬さんの持つイメージのよさが持てるものなのかもしれない。
「それにしてもなんか暗い顔してるね、嫌なことでもあったの?」
「そんなに顔に出てる? あまり態度に出さないようにしてるのに……」
「いや、それはいつも春を見てるから……」
「え……? あぁ、確かに美鈴とよく居るもんね、最近はあまり美鈴と俺も話してないけど……」
「あ、うん! そうだね」
やけに反応が大げさだけどまあいい。
それにしてもそんなに態度とか表情とかに出てたか、気をつけないと。
「もちろんそんなに態度に出ているとかじゃなくて、なんとなくいつもと雰囲気違うかなって思っただけ! なんでもないならむしろ良し!」
「そっか、気にかけてくれてありがとうね」
「ううん!」
こういうところが桐冬さんが人気の
美鈴ほどの女の子が近くに居なかったら俺もうっかり好きになっちゃいそうになるレベルだ。
それほどまでに態度や表情に出る彼女の人柄の良さに好感が持てる。
さすが、"もう一人の学校一"との呼び声が高い桐冬さんとも言うべきなのだろう。
美鈴が学校一と呼ばれているのにもかかわらず、どうして桐冬さんがもう一人のなんて呼ばれているのか。それにはわけがある。
去年のミス
ただ、桐冬絵瑠がその日、文化祭当日に休んでいなかったらその結果がどうなっていたかはわからなかった。
美鈴が選出されたミス緑涼という肩書きは事前投票で呼ばれた数名の中から当日参加していたメンバーにその場で投票がされるというもの。桐冬さん以外は参加をしていたのだが、彼女だけがその当日体調不良により欠席している。
そのため、彼女に当日集まる可能性があった票がまんま美鈴に集まったというわけだ。
実際に彼女がその場に居たらどうなっていたかはわからなかったからこそもう一人の学校一なる呼び名が彼女についているというわけだ。
ちなみに事前投票の結果が明かされてはいないが噂によると、僅かながら桐冬さんの方が得票数が多かったとのことで、それも加味されているのだろう。
何はともあれ桐冬さん本人も美鈴もそこに対してあまり気にしている様子がなく、友人として仲良くしているからこそ対等な関係を築けているのだろう。
それに対して美鈴の人の良さを知っているからこそ美鈴の人気にあやかろうとする女子もいる。全員が全員そうではないが、そういうのを考えず客観的な目線で見ても対等な関係を築けるのはやはり桐冬さんなんだろう。
「それにしても、今日も授業憂鬱だなぁ~」
「嫌そうだね桐冬さんは」
「ん~学校は楽しいから嫌じゃないんだけど、昨日も今日もバイトが入ってるから座学ばっかだと寝ちゃいそうで……!!」
てへといいながら頭をこつんと叩く。
そんな漫画でしかみなそうな仕草でもそれっぽく見えてしまうのだから彼女はすごい。
「そうなんだね、桐冬さんは大変そうだ」
「あっはは、バイトも好きでやってるから苦ではないんだけどね! それでもやっぱりハードだったりするから疲れがなかなか取れなくて」
「そう言えばあまり聞いてないけど、桐冬さんは何のバイトやってるの?」
「ああ~……普通の接客のバイトだよ!」
「そうなんだ、まああまり深くは聞かないけど。自分が働いているところとかに同級生とか来たらやりにくいだろうし」
「気遣ってくれてありがとう。そんなこともないと言いたいけど気恥ずかしさはどうしても出ちゃうよね……!」
話は弾んでいたが、気づけば学校前までたどり着いていた。
桐冬さんのことばっか見ていて、あまり周りの景色を見ていなかったこともあり本当に気づけばといった感じだった。
下駄箱の当たりまで行くとそこには、自分の下駄箱のあたりで背中を預けるように立っている美鈴の姿がある。
今はあまり顔を合わせたくなかったけれど不自然にするわけにも行かず自分の下駄箱……もとい、美鈴の寄りかかる下駄箱のあたりへと向かう。
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