第8話 ご主人様ならば必ずや、賊どもをお一人で拘束できるものと信じておりました

「てめえは最弱職のレクスなんだろ! 俺たちはてめえから受けた仕打ちを一生忘れねえぞ、この引きこもり!」


 盗賊たちは、俺が抵抗すると見るやいなやいきり立ってきた。

 どういうことだと思っていると、レクス少年の記憶が蘇ってきた。


 かつてのレクス少年は平民に対し「俺は虫けらどもと違って神に選ばれし人間なんだよ」「俺に反抗的な態度を取った奴らはいずれ処刑してやる。俺が当主になるのを楽しみに待っていろ」などと言っていた。

 これは明確な人権侵害だ。


 特に今こうして対峙しているのは、盗賊にまで身をやつしたような者たちだ。

 貧しい暮らしをしてきたのかもしれないし、あるいは物質的に恵まれていたとしても精神面が満たされていなかったのだろう。


 彼らは、レクス少年の言葉で深く傷ついた恐れがある。


「確かにお前たち平民に酷いことをしてきたのは謝る。ごめん。でもな、俺がお前たちを罵倒したことと、お前たちが犯罪行為をしているのはまったく別の話だ。こっちはお前たちに奪われるわけにはいかないんだよ」

「てめえ!」


 盗賊の一人が抜剣すると、隣にいる他の二人もまた武器を構えだした。


「失礼な物言いと存じますが、ご主人様には2つ選択肢がございます」


 俺の隣にてはべっていたメイド姿のルイーズが、刀の柄に手をやりながら問うてきた。


「まず一つ目は、私があの賊共を無力化することです。〈剣聖〉の天職にかけて、ご主人様を守りつつ奴らを捕らえることをお約束いたします」

「そうか。で、二つ目は?」

「ご主人様がお一人で賊共を倒すことです──これからソロ冒険者として活躍していく心積もりがあるのなら、こういった犯罪者に対処するスキルは必要となってきます。ちなみにご存知かと思いますが、盗賊はその場で殺してしまっても正当防衛扱いとなり、処罰されることはありません。貴族のご子息であるご主人様ならなおのこと」

「よし、ルイーズは下がっていてくれ。俺が盗賊どもを生け捕りにして、衛兵に突き出す」

「第三の選択肢を導き出すとは、さすがとしか言いようがありません。ですがどうかお気をつけて」


 俺は剣を抜く。

 実は道中で何体かスライムを倒しはしたのだが、人間に対して真剣を振るうのは初めてだ。


 だが俺は今までもこれからも好き勝手に生きる。

 俺の邪魔をする者は、すべて敵。


「ハッ、ザコのくせにナメやがって。ぶっ殺すぞ!」


 片手剣を持った盗賊Aは、空高くジャンプしたかと思うと、身体を前転させながらこちらに向かってきた。

 回転ジャンプをしながらの斬撃──その剣術スキルの名は〈前転斬り〉という。


 このスキルが使えるのは、下級職ではスピードアタッカーである〈剣士〉か〈密偵〉だけだな。


「なっ!? お、俺の〈前転斬り〉を避けやがっただと!? ……ぎゃああああああっ、脚があああああああっ!」


 盗賊Aが着地したタイミングを見計らい、俺は盗賊Aの脚を浅く斬った。

 両足のアキレス腱を断裂させたため、逃げられる心配はないだろう。


「こ、こいつ!」


 盗賊Aが無力化されたのを見て、盗賊B・Cがそれぞれバトルアクスやハンマーを構えながら駆け寄ってきた。

 だがハッキリ言って遅すぎる。


「死ねえええええっ──ぐあああああっ!」


 俺はまず盗賊Bのバトルアクスをかわし、脚の腱を斬る。

 そして、ハンマー持ちの盗賊Cが殴りかかってくるのを待ち構える。


 そこに──


「──ボクの炎魔法をくらえ!」

「──可哀想だが死んでもらうぜ」


 茂みから声が聞こえたと同時に、火の玉と矢が俺に迫ってきた。

 だがそこに〈魔道士〉や〈弓兵〉が潜伏していることは、魔力の流れで察していた。


 そこに、盗賊Cがハンマーを振りかざしてきた。


「どりゃあっ──ぎゃああああああっ! アチアチッ!」


 盗賊Cの首根っこを掴んで盾扱いし、火の玉と矢を防いだ。

 当然、盗賊Cはその場に倒れて気絶した。


「や、やばいよあいつ! はっ、早く逃げなきゃ!」

「チッ、こんなところで捕まるわけにはいかねえんだよ!」


〈魔道士〉と思しき少年盗賊Dと、〈弓兵〉らしき盗賊Eがそそくさと逃げ出す。

 しかし、俺がお前たちをここから逃がすと思うか?


「ぐあっ! な、なんで急に身体が重くなったんだ、よ……!」

「クソが……身体が動かねえ……目が見えねえ」


 盗賊D・Eはその場ですっ転び、地面に突っ伏した。


「さすがはご主人様、弱体化魔法もお手の物ですね。ここまで来ると魔王に匹敵する実力ですよ」


 拍手して褒めてくれるルイーズはさておき、俺は盗賊たちを全員生け捕りにした。


「お疲れ様でした。ご主人様ならば必ずや、賊どもをお一人で拘束できるものと信じておりました」

「大したことはしてないよ。あいつらが弱すぎたんだ」

「たとえそれが事実であったとしても、ソロの〈支援術師〉が5人の盗賊を処理する時点でそもそも『大したこと』なのです。ご主人様は謙遜しなくてもよいのです」

「そうか……ありがとう」


 とりあえず俺はルイーズと協力して盗賊たちを街まで連行し、衛兵に突き出した。

 その足で冒険者ギルドに向かい、薬草採取クエストの完了報告をするとともに薬草を納品した、のだが……



◇ ◇ ◇



「レクス様、おめでとうございますー! FからBランクに昇格ですって!」

「おめでとうございますご主人様。11歳でBランクは、最年少記録を軽く塗り替える記録ですよ。もちろん、冒険者登録初日でBに昇格するのは前代未聞……信じられないほど素晴らしいです」


 驚くべきことに、俺はギルドの女性職員やルイーズに祝福されてしまっていた。


 おいおいどうなってるんだよ……

 俺はただ薬草を採取して、その帰りに盗賊を倒してきただけなんだが。


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