第7話  剣の師匠からは『ソロでクエスト受注しても問題ない』と言われている

「おっ、ついにレクスお坊ちゃん『も』実家から追放されたか」

「バカでザコな貴族が追放されて冒険者になるなんざ『よくある話』だがよお、ぶっちゃけオレらをナメないほうがいいぜ? 男の〈支援術師〉……いや、ヒモ野郎さんよ」

「ようこそ底辺の世界へ……くははっ」


 冒険者ギルドを一人で訪れた俺を待っていたのは、一部の平民によるからかいの声。

 そして、その他大勢の傍観者たちだった。


「ふ……俺が追放されただなんて、つまらない勘違いをしているな」


 思わず独り言をつぶやきたくなるのを、どうか許してほしい。


 他の国は知らないが、少なくともこの王国では「貴族学園を卒業する前に子供を追放するのは家の恥」とみなされる傾向にある。

 俺を勝手に「実家から追放された」と勘違いし、あまつさえそのレアケースを指して「よくある話」と言うなど、バカバカしいにも程がある。


 まあ今の俺にとって平民からの評価なんてどうでもいいがな。

 他人に期待するだけ無駄だろう、いい意味でも悪い意味でも。

 ……非モテ社畜をやっていた頃だったら、こんな風には思えなかったんだろうがな。


 とりあえず俺は、バカにしてくる平民たちを無視して総合受付に向かった。


「冒険者登録をしたい」

「かしこまりましたー。ではこちらの用紙にご記入お願いしますねー」


 穏やかそうな女性職員は、嫌悪感も恐怖心も一切見せず気持ちのいい笑顔で応対してくれた。


 ふむ、さすがは日々荒くれ者を相手にするギルド職員だ。

 相当肝が据わっているのだろう。


 俺は女性職員の指示に従い、書類をすべて書き終えて提出した。

 女性職員による書類チェックを受けた後、しばらくして……


「こちら、冒険者カードでーす」

「ありがとう」

「これでレクス様はFランクの新米冒険者でーす。ちなみにですが、冒険者は同ランク以下のクエストしか受けられないことになっておりますのでご了承くださーい」

「つまりFランクのてめえは、Fランククエストしか受けれねえってこった! 一生最底辺やっとけ、ナイフすら使えないザコが!」

「ギャハハハ!」


 おいおい、俺と女性職員のやり取りを盗み聞きしていたのか。

 ヒマな連中だな。


「……あの人たちのことは気にしなくていいですからねー。初めは誰でもFランクですからー」

「大丈夫だ。気を遣ってくれてありがとう」

「いえいえとんでもないですー……ところでこれで冒険者登録は終わりましたが、パーティメンバーの募集はいかがなさいますかー? よろしければわたしたちが斡旋あっせんしましょうかー?」

「斡旋は利用しない。ソロでやっていくつもりだから」


 今までの平民冒険者たちの言動から見るに、俺は間違いなくハブられることだろう。


「ザコはいらねえ」「男の支援術師を雇うなんてどんな罰ゲームだよ」「誰がバカ貴族と組むか」などと門前払いを食らうに違いない。

 万が一善意で入れてくれそうなパーティがあったとしても、一部の過激派によって妨害工作をされる可能性が高い。


 それになにより、「一緒に組みたい」と思える冒険者がこの場にはいない。

 なにせ俺を面と向かってバカにしてくる連中と、彼らを止めようともしない傍観者しかいないのだから。

 まあ、それ自体は想定通りなので別に構わないのだが。


「失礼ですけどー、レクス様は〈支援術師〉ですよねー?」

「そうだな。だが剣の師匠からは『ソロでクエスト受注しても問題ない』と言われている」


 そう言って、腰に差した剣の柄を指差す。

 剣は公爵家騎士団の備品であったが、「余り物ですがよろしければどうぞ」と団長から渡されたのだ。


「じゃあ一発殴らせろ──じゃなかった、オレと勝負しやがれ!」


 そう言って俺に喧嘩を売ってきたのは、20代くらいの男性冒険者である。

 おそらく奴は、前にレクス少年──いや俺に罵倒された恨みを持っているのだろう。


「一年前からずっと引きこもってたかと思えば、今ごろノコノコと現れやがって! でもギルドに来たのが運の尽きだ! ここではお前は後輩で、オレは先輩──って……い、いつの間にオレの後ろを取りやがった……!」


 俺は先輩冒険者の背後に回り、後ろから肩をぽんぽんと軽く叩いた。


「嘘だろ……〈支援術師〉のくせに、なんで〈縮地〉を使えるんだ! あれは〈剣聖〉や〈暗殺者〉ぐらいしか習得できない、上級スキルのはずだぞ……!」

「身体強化魔法を使って脚力を底上げしたからな」

「自分を『強化』するとか聞いたことねえぞ! バケモノかよこいつ!」


 俺に勝負をふっかけてきた先輩を含むすべての冒険者が「あいつやべえぞ……!」などとささやきあっていた。

 先ほどまで俺を「ザコ」と蔑んでいた奴らとは、同一人物とは思えないくらいだ。


 ある程度俺の実力が示されたことで、俺はギルドの女性職員に向けてこう言った。


「俺は今後ソロでやっていく。その実力があると、職員さんも分かってくれたはずだ」

「……かしこまりましたー。そこまでおっしゃるのなら、ソロ活動に関しては何も申しません。でも最初のクエストだけはわたしと一緒に、比較的安全なものを選びましょう。最近『ゲイル盗賊団』が幅を利かせてますからね……ということで、こちらの薬草採取はいかがですかー?」


 クエストの内容は、低級ポーションの原料となる薬草を一定量以上集めること。


 ギルド職員によると、薬草を多く採取できるエリアでは、最弱の魔物として知られるスライムあたりしか出現しないとのこと。

 まさに初心者向けの依頼だが、とりあえずフリーランスとしての能力をギルドに証明するため、真面目に受けることにしよう。


「分かった、このクエストを受注するよ」

「ありがとうございますー。どうかお気をつけてー」


 こうして俺は、穏やかで優しい女性職員に見送られながらギルドを後にした。

 一部の冒険者は「一生草むしりでもしとけ、このFラン野郎!」と罵ってきたが、そんなものは無視しておいた。



◇ ◇ ◇



「はあ……ようやく見つけたぞ。まったく、これのどこが初心者向けなんだ」


 俺は苦労の末、ようやく少しばかりの薬草を見つけた。


 もちろん薬草の生育地については、ギルド職員が用意してくれた地図を見れば分かる。

 しかし俺と同じ「薬草採取クエスト」を受ける連中が多いせいかすでに乱獲されており、薬草が全然見つからなかったのだ。


「でもこれじゃあ規定数ノルマには届かないな」


 薬草を引っこ抜きながら、俺はそんな事を考えていた。

 そうしているうちに、全部抜き終えてしまっていた。


 また別の場所に移動しないと……と思ったが、これでもしらみ潰しに探してようやく見つけた場所なのである。

 正直、生えている薬草を見つけるのはもう難しいかもしれない。


 どうすればノルマを達成できるだろうか……


「そうだ、薬草を『回復』させてみたらどうなるだろう」


 一応〈支援術師〉は白魔法の使い手なので、効果は薄いものの回復魔法は使える。

 そして俺は、真偽は不明ながらもルイーズから「魔力の質・量ならすでに先代聖女を凌駕している」というようなことを言われていた。


〈聖女〉の天職は、人の欠損部位すらも復活させられるほどの力を持つらしい。

 ならば……


 とりあえず、少しずつ魔力を解放して試してみよう。


 地面に残っているはずの、ちぎれた薬草の根っこ。

 それを少しずつ癒やしてやるんだ。


「……おおっ! 生えてきた生えてきた!」


 地面から薬草がニョキニョキッと生えてきた。


 まったく本気を出していないにも関わらずこれだ。

 本気を出したらどうなるか恐ろしくもなったが、それは置いといて薬草をかき集めよう。


 ……よしっ、これでノルマを達成できそうだ。 


「──さすがはご主人様です」

「うおっ!」


 突如として、聞き馴染みのある平坦でクールな声音が聞こえてきた。

 振り向くとそこには、メイド服姿で帯刀したルイーズが立っていた。


 どうやらルイーズに尾行されていたらしい。

 まったく気づかなかったぞ、さすがは上級職〈剣聖〉だ。


「……誠に申し訳ありません。ご主人様を驚かせる意図はなかったとはいえ、作業中に声をかけるべきではありませんでした。どうか天罰を──」

「い、いや。草むしりに夢中になってた俺が悪い」


 採取している最中に魔物に襲われたりしたら大変だ。

 これからは気をつけよう。


「ルイーズ、君のおかげで貴重な『実戦経験』を積めたよ。ありがとう。だから俺のことは気にしなくていい……」

「ご主人様がそこまでおっしゃるのなら……話を元に戻しますが、ご主人様はちぎれた植物を急速に再生なさいました。これはまさに聖女のごとき……いえ、神の御業です。もしここが自然を愛する妖精王国であれば、ご主人様はハイエルフ王から重用されることでしょうね」

「妖精王国のハイエルフ王……それは大きく出たな」

「ご主人様がやってのけたことは、それくらい重要なことなのです」


 ルイーズがそこまで言うのなら信じてみよう。

 俺は何の気なしに、そんな重要なことをやってのけてしまったのだと。


 カサッ……


 ん? なにか茂みから物音がしたような。


「……なあルイーズ」

「はい、ご主人様」


 俺が小声で問うと、ルイーズも小声で答えてくれた。


「多分俺、尾行されてるよな?」

「よくお気づきになりましたね。その洞察力は、今後ご主人様が魔物や犯罪者と渡り合うためには必要なものです──それで、今何人に囲まれているかお分かりになりますでしょうか。これも訓練だと思ってお答えください」


 ルイーズにそう言われて、俺は周囲に神経を張り巡らせる。


 無風なのに揺れる草木。

 俺とルイーズしかいないはずなのに聞こえてくる、複数の呼吸音。


 ……そして不自然なまでの魔力の揺らぎ。

 魔法やスキルに使われる「魔力」は人間であれば誰しもが持っており、魔力の質は精神状態によって左右される。


「5人だな」

「ご明答ですご主人様。相手が程度の低い者たちとはいえ、よく落ち着いて分析なさいましたね」

「──おいおい、誰が『程度の低い者たち』だって? このクソアマ」


 俺の予想通り、茂みなどから3人の男が現れた。

 残りの二人は茂みに潜伏したままだ。


 ふむ。奴らの服装・装備・柄の悪さから察するに、おそらく盗賊だろう。


「俺たちは泣く子も黙るゲイル盗賊団……その中でも選りすぐりの精鋭部隊なんだぞ」


 ゲイル盗賊団?

 知らないな、ゲームには出てきてないし。 


 あ、でもギルド職員が何か言ってたような。

 早くクエストに行きたくて、聞き流してしまったのだろう。


「命が惜しければ金と持ち物を全部よこしな。おっと、服も含めて全部だぞ? げへへ……」


 盗賊はルイーズの身体をジロジロと見て、舌なめずりをしていた。

 とりあえずここは──


「拒否する。お前たちには何も渡さない」

「なっ……!?」


 俺が「答え」を提示すると盗賊たちは驚いたのか、かすれたような声を漏らした。

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