第6話 ご主人様はすでに勇者と聖女を凌駕しつつあり、完全に彼女たちを超越する存在となる日は近い

 異世界で目を覚まし、専属メイド・ルイーズに剣を教わってから1年が経過。

 俺は11歳となっていた。


「はあっ!」


 公爵家の中庭で、俺の木剣が虚空を切り裂く。

 すると、数メートル先に設置した的が真っ二つに裂けた。


 遠距離剣術スキル〈飛刃ひじん〉の再現……のプロトタイプは、どうにか形にできたようだ。


 固体としての形を取らない「風」を強化するには、単純な魔力量と高度な術式制御力が必要だった。

 そのため実験はなかなか成功しなかったが、これなら将来的には……


「すっ……すごい! すごいよレクスくん!」

「お見事ですご主人様。まさか初級剣術スキルすら使えないとされる〈支援術師〉の身で、スキル〈飛刃〉を再現なさるとは思いませんでした」


 義妹アンナは弾けるような笑顔を見せる。

 そして【剣神】ルイーズは表情に乏しいながらも、熱い眼差しを向けながら拍手をしていた。


「ルイーズさん、〈飛刃〉って確か〈剣聖〉にしか使えない特別な剣術スキルなんだよね?」

「我々の常識に照らし合わせればその通りです。先代の女勇者ですら〈飛刃〉は習得しておりませんでした。しかしご主人様はその常識を大きく変えて……いえ、世界の仕組みを超越してしまいましたね」

「ねー!」

「大したことはしてないよ。ただ木剣を振ったときの風圧を魔法で『強化』しただけだし、まだ完成してないから。今のじゃ飛距離が足りなさすぎる」

「ううん、レクスくんはほんとにすごいよ! だって風魔法をさらに強化するのならともかく、人の手で起こした風を今みたいに強化したっていう魔法使いがいるなんて、わたし聞いたことないもん!」

「木剣を振ったときの風圧はそよ風に等しいです。しかしその『そよ風』にある程度の指向性を持たせて速度を付与し、斬れ味と射程距離を増大させるなど、いかなる魔法使いでも不可能でしょう。そう……先代聖女ですら、ね」

「いやいや、褒めてくれるのは嬉しいけどそれは言いすぎだろ……」


 俺がそう言うと、ルイーズはあごに手を当てて「これもいい機会なので話しておきましょうか……」とつぶやいた。


「今まで話してきませんでしたが、実は私は100年近く前の勇者パーティに随伴ずいはんしておりました。当然、先代の女勇者や聖女のことはよく存じております」


 すでにその件に関しては知っている。

 ソースはもちろんゲーム知識だ。


「え! やっぱりルイーズさんって、歴史の授業で出てきた【剣神】ルイーズだったの!? ハイエルフ王と人間のハーフの!」


 アンナの問いに「ええ」と短く答え、うなずくルイーズ。


「でもこの前聞いたときは『同種族・同名・同天職なだけで別人です』って──」

「あのときは『素性を隠しておきたい』という思いが強く、アンナ様には嘘を申し上げました。誠に申し訳ございません」

「そ、それは別にいいんだよ! 誰だって隠しごとの一つや二つあるからさ!」


 頭を下げるルイーズに対し、困ったような笑顔を浮かべて必死にフォローするアンナ。


「ルイーズ、よく話してくれたな。君が自己開示してくれて、俺はとても嬉しいと思っているよ」

「これもご主人様に、ご自分のすごさを理解していただくためです」

「でも今まで隠していたことを話すようになったということは、何らかの心境の変化があったんだよな?」

「レクス様なら何かあったときに私を守ってくださると、この1年でよく理解できましたから」


 ふむ……

 先代勇者パーティの【剣神】ルイーズは、ゲーム内描写やこの世界の歴史書によると、約100年前の魔王討伐直後に風のように姿を消していた。

 そのことを考えると、ルイーズはあまり権力者や組織に利用されたくなかったのかもしれない。


「……話が脱線してしまいましたが、私が申し上げたかったのは『ご主人様はすでに勇者と聖女を凌駕しつつあり、完全に彼女たちを超越する存在となる日は近い』ということ……この一点のみです」

「やっぱりレクスくんはすごいんだね! 前の勇者さんのそばにいたルイーズさんが言葉にしてくれたおかげで、レクスくんのことをもっと『すごい』って思えるようになったよ! いや、今までずっとずっとレクスくんのこと『すごい』って思ってたのは本当なんだけどね!」


 ルイーズもアンナも、臆面もなく俺を褒めてくれる。

 それは嬉しいことなのだが……


「ルイーズ、俺が勇者と聖女を超えつつあるって本当なのか?」

「はい。少なくとも魔力の質・量に関してはすでに超越していらっしゃいます。剣術の腕や魔法の術式制御力も、先代の女勇者や聖女の域に到達しつつあります。常に最適解を取り続け、なおかつ運も味方すれば、彼女たちが二人がかりでもご主人様なら勝てるのではないでしょうか」

「それはいつもみたいに『褒めて伸ばそう』って思ってお世辞を言ったとかではなく?」

「『いつもみたいに』とはどういう意味でしょうか。昔のレクス様にならともかく、きちんと反省なさった今のレクス様に対して『お世辞』を申したことは一度もありませんよ?」

「えっ……」


 真面目くさった顔でフィードバックしてくるルイーズを見て、俺はむしろ背筋が凍るような思いをした。


 ちょっと待て……

 ルイーズの言うことが本当だとすると、俺は今まで勇者や聖女並の魔力を周囲にばらまいていたということなのか。


 だとすれば、すでにラスボスである魔王に目をつけられている可能性だってあるな。

 ただラスボスは慎重な人物だし、「魔王が再臨さいりんした」と現地人にバレるようなやり方は取らないだろうが。

 今この時点で俺を殺しに来ないことが、良い例だろう。


 ……よし、万が一魔王を返り討ちにできるよう、もっと鍛えるとしよう。


「とりあえず、そろそろ実戦経験を身に着けていきたいが……」

「それでしたら冒険者登録をされてみてはいかがでしょうか。ご主人様との楽しい訓練の機会が減ってしまうのは心苦しいですが」


 まさかルイーズの方から、冒険者になることを提案されるとは思ってもみなかった。


「てっきりルイーズは『強くなるまでは絶対に魔物とは戦ってはいけない』っていう考えだと思ってたよ」

「ご主人様の実力ならば、1年前の訓練初日からギルドのクエストを受けてもらっても良かったのです。しかし『ご主人様の成長を間近で見たい』という思いが強く、そのままズルズルと引き伸ばしてしまったのですね。一生の不覚です」

「いや、それは構わないんだが。おかげでルイーズの剣技をある程度再現できるようになったし。でも父上は反対しないのだろうか」

「こういうときのために、許可自体はかなり前に頂いております。公爵閣下は、私のタイミングでご主人様に冒険者登録を提案してもいいとおおせでした」


 まさか父が賛成していたとは思わなかったな。

「俺」が1年前に目覚めて以来、ずっと避けられていたのだ。

 おおかた「人が変わったように大人しくなって気味が悪い」と思っているのだろう。


 ぶっちゃけ俺も、貴族にしては大雑把おおざっぱな父とは「りが合わない」と思っていたが。


 そんな俺と父を、ルイーズは橋渡ししてくれていた。

 それはとてもありがたいことであった。


「ありがとう。いつも思っているが、ルイーズは頼りになるな」

「ありがたき幸せ。ご主人様に褒めていただけるなど、天にも昇る心地です」

「大したことはしてないよ」

「そんなことないよ!」


 アンナは食い気味に言った。


「わたしだってレクスくんに褒められたとき、いつもめちゃくちゃうれしいって思ってるもん! ルイーズさんもわたしと同じ思いなんじゃないかな」


「アンナ様のおっしゃるとおりです」とうなずくルイーズ。

 そういうことならありがたく受け取っておこう。


「冒険者か……よし、やってみよう。ルイーズ、今から一人でギルドに行ってもいいか?」

「もちろんです、ご主人様。心より応援しております」

「レクスくん、がんばってね!」


 こうして俺は準備をした後、ルイーズとアンナに見送られながら屋敷を離れ、冒険者ギルドの建物に向かった。

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