第5話 やれやれ、これじゃあどっちが訓練してやってるのか分からなくなるな

「お前と訓練することによって、俺にどんなメリットがあるんだ?」


 ヘラヘラと笑いながら訓練を申し込んできた兵士ダンに、問いを投げる。

 すると、鼻で笑われた。


「はっ、言わなきゃ分かんねえのかよ!」

「言われなきゃ分からないんだよ、バカだからな。で、いつ質問に答えてくれるんだ?」

「チッ、余裕ぶっこきやがって……そこのザコそうなメイドに剣を教わるよりも、〈剣士〉であるオレと訓練したほうがお坊ちゃんも上達するんじゃねえかって思ったんだよ! これでいいか!」


 全然良くないな。


 なにせ、俺に剣を教えてくれるメイド・ルイーズの天職は〈剣聖〉だ。

〈剣士〉程度ではよほどのことがない限り、ルイーズが圧勝することだろう。


 っていうか、さっきのルイーズとの訓練を見ていなかったのか。


「ルイーズの実力を知りもしないで、よく『ザコそう』とか大層なことを言えるな。正直その蛮勇は見習いたいところだ」

「な、なんだよ! オレのほうがザコだってか!」

「そう取ってもらっても構わない」

「てめえ! ──いいからさっさと訓練開始の合図を出せよ腰抜け。許可なくてめえを攻撃したらこっちが処罰されるんだからよお」


 日本人の感覚だと、中世ヨーロッパ風世界の平民風情が貴族令息に対してナメた態度を取るのは、一見すると「不敬罪になるのでは?」と思える。


 しかしレクス少年の知識によると、このガーランド王国では意外なことに、百年ほど前から不敬罪は『廃止』されている。

 理由は、当時汚職や人権侵害にまみれていた王国の健全化を図るため……とのことだ。


 とにかく、平民の兵士ダンが俺に向かってハッスルしているのは、有名人や政治家を批判・揶揄やゆする一部の日本人とそう変わらない……ということだ。


 だから俺は、ダンの行いは許す。喧嘩を売ってきたことは全力で後悔させてやるが。


「分かったよ──さあ、訓練開始だ。先に降参したほうが負けってことで行くぞ」

「そう来なくっちゃなあ!」


 ダンはさやから木剣を抜き放ち、勢いよく横薙ぎを放ってきた。


 ふむ、まあまあ速いな。

 さすがは剣術スキル〈一閃〉といったところか。

 ゲームでは、〈剣士〉以外の下級職には習得できない中級スキルである。


 が、俺はそれを木剣で受け止める。


「どうだ、これが剣術スキル〈一閃〉だ! 最弱職じゃあこの素早い横薙ぎを受けきれ──な、なんでナイフすらロクに使えない最弱職なのに、オレの攻撃を受け止めやがった!」

「確かにお前の一撃は速いな。それは認める。だがルイーズの剣がどれだけ速かったか、お前に想像できるか?」

「な、なんだよ」

「剣術スキルに頼り切ったお前よりはずっと速かったよ。スキルなんて使わなくてもな」

「う、嘘つくんじゃ……ねえっ!」


 その後、ダンは剣術スキルを駆使して俺に攻撃を仕掛けてくる。

 しかし俺はそのすべてを木剣で弾き、相手の攻撃をさばいていく。


「おら! クソッ! なんで当たらねえ!」

「今度はこっちの番だ」


 俺は魔法で強化した木剣を構え、自分に身体強化の魔法をかけ、斜め下から斬り上げる。

 今の攻撃は、ベストコンディションのルイーズならば余裕で受け止められる程度のものだ。


 だが……


「ぐはっ!」


 木剣の切っ先は、ダンの左脇腹にクリーンヒットした。

 ダンは俺の攻撃に気づけなかったようで、まったく防御態勢を取っていなかった。


「は、速すぎる……なんで最弱職のくせに、魔法職のくせに剣術スキルを使えるんだ……」

「逆に聞くが、なんで〈支援術師〉である俺が剣術スキルを使っていると錯覚したんだ?」

「ク、クソが……! ナメた口利いてんじゃねえぞ!」

「それはお互い様だな。むしろお前は俺の心の広さに感謝したほうがいいぞ?」

「おらあっ!」


 ダンの袈裟斬り。

 おそらくは剣術スキル〈強打〉だ。


「やれやれ、これじゃあどっちが訓練してやってるのか分からなくなるな」


 俺はダンの〈強打〉を、強化木剣で受け止め──


 バキッ!


「う、嘘だろ!」

「降参しろ」


 ダンの木剣を折った上で、奴の喉仏めがけて突きを放つ。

 もちろん寸止めはしているから、怪我はないはずだ。


 ダンは勢いよく顔を赤らめ、わなわなと体を震わせた。


「く、くそがあああああああああっ! 〈剣士〉であるこのオレが、こんな最弱職ごときに負けるなんて嘘だああああああっ!」


 ダンはそう言って走り去った。

 ふう、勝負は俺の勝ちだな。


「す、すごいよレクスくん!」

「お見事です、ご主人様」


 俺とダンの「訓練」を観戦していたアンナとルイーズが、俺に近寄ってきた。

 アンナは子供らしく元気に駆けより、ルイーズは拍手をしながら歩みよっていた。


「私がお見せした剣技をたった一度で模倣なさったご主人様なら、かならずやあの者に圧勝すると信じておりました。今のご主人様なら、全力を出さなくても〈剣士〉に余裕で勝てると証明されましたね」

「わたし、実はさっきのルイーズさんとの訓練もこっそり見てたけど、どのレクスくんもカッコよかったよ!」


 薄々気づいていたが、ルイーズだけでなくアンナも褒めて伸ばすタイプなんだな。

 嬉しいが、あまり調子に乗らないほうがよさそうだ。


「ありがとう」

「さあご主人様、訓練の続きをしましょう」

「応援してるよ、レクスくん!」




 ということで、俺とルイーズの訓練は本格的にスタートした。


 ルイーズはついに剣術スキルを(一部だけだが)解禁し、俺はその対策や模倣に力を注いだ。

 一方のアンナは、毎日勉強の合間を縫って俺を元気いっぱいに応援してくれた。


 ルイーズの指導とアンナの応援のおかげで、俺は〈剣聖〉の剣技をある程度身につけることができた。


 そして1年の時が過ぎ、俺は11歳になっていた──

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