第4話 これからは本当の兄妹のように仲良くしたい

「わたしもレクスさまのように、人のために怒れるような勇気と優しさを持ちたいと思いましたっ……!」


 専属メイド・ルイーズが同僚からバカにされていたので、一言注意してやった俺。

 そんな俺をヨイショくれたのは、俺と同い年である10歳の義妹アンナである。


 ただしアンナは俺に対して相当萎縮しきっており、ぎこちない笑みを浮かべていたのだが。


 アンナがこうしてビクビクしているのには、正当かつやむを得ない理由がある。

 それは、常日頃からレクス少年……つまり俺から過剰な叱責を受けていたからだ。


 父のめいっ子であるアンナは、1年前にこの公爵家の養子となって爵位継承順位・第2位となった。

 ちなみに第1位はもちろん嫡男ちゃくなんレクスである。

 しかし「神に選ばれし人間」を自称していたレクス少年は、この展開が気に入らなかったようだ。


 ことあるごとにアンナを呼び付け、「俺はお前を妹とは認めない!」「次期当主の座は『上位者』たる俺のものだ! 前の家のことは忘れろ!」「父親が偉かったからってなんでも許されると思うな!」などと暴言を吐いた。

 そして立場を分からせるため、使用人を差し置いてパシリなども平気でさせていたのだ。

 アンナがミスをしたら「このポンコツが!」と叱りつけ、正確に命令をこなしていても「言われたことしかできないなら、この先やっていけないぞ!」などと叱責していた。


 要するに、アンナにとって俺とはパワハラ上司そのものなのである。

 それでもこうして話しかけてくれて、褒めてくれたのだ。

「俺」はアンナと仲良くしたいと思った。


 まあ怖がらせたらアレなので、こっちから話しかけることはあまりないだろうが。


「レ、レクスさま……もしかしてわたし、また失礼なこと言っちゃいましたかっ!?」


 とりあえず、アンナの褒め言葉に反応してあげよう。


「ち、違うんです! わたし、そんなつもりで言ったんじゃなくって──」

「褒めてくれてありがとう、アンナ。すごく嬉しかった」

「えっ……レクスさまが『ありがとう』って……それにわたしを名前で呼んでくれたの……? え、夢じゃないよね?」


 自分のほっぺたをつねって「い、いたたっ」とつぶやくアンナ。

 なんだか微笑ましいな。


「ご、ごめんなさいっ! うれしくってつい……! ──初めて名前を呼んでくださって、ありがとうございますっ!」

「大したことはしていないよ」

「そんなことはありませんっ! だっていつも『おい』とか『お前』とか『貴様』ぐらいしか……あ、何でもないです! と、とにかくありがとうございますっ! すごくうれしいですっ!」


 先ほどまでの作り笑いが嘘のように、満面の笑みを浮かべていた。


 あれ? もしかしてこれ、割とすぐに関係修復できるんじゃないか?

 だってアンナ、俺と仲良くしたがってそうじゃないか。


「──話は変わるけど。アンナ、今までキツく当たってしまってごめんなさい」

「え……あ、あの……?」

「俺が間違っていた。虫が良すぎるかもしれないけど、これからは本当の兄妹きょうだいのように仲良くしたい。敬語もいらない」

「う、ううっ……」


 あ、あれ?

 なんかアンナが涙目になってるんだが。


 もしかしてアンナが仲良くしたがってそうに見えたのは、俺の勘違いだったのか?

 これじゃあ「あ、あの子挨拶してくれた。しゅき」とかほざいていた、前世の学生時代と変わらないじゃないか。


「ほ、ほんとにいいんですか……?」

「……っ!?」


 な、なんだ嬉し泣きだったのか。


「あ、ああ。すぐには信じてもらえないかもしれないけど、これからはアンナに優しくするから」

「う、うわあああああん!」

「うおっ!?」


 突如、アンナに抱きつかれてしまった。

 身体は10歳児でも、中身は非モテアラサーだから困るんだが。


 あーあ、服が涙でびしょ濡れだ。

 悪い気はしないがな。


「ぐすっ、ありがとう……ほんとにありがとう、レクスくん!」

「えーっと……」

「こんな日が来るなんて夢みたい……! ずっと仲良くしようねっ……!」


 ちょっと距離の詰め方が尋常じゃない気がするんだが。

 俺は10歳児とはいえ男だし、血縁的には従兄妹いとことはいえ他人だったんだぞ。


 いつか悪い奴に騙されそうで心配だ。


 アンナは実際、ゲームの学園編では嫌々ながらも悪役貴族レクスの子分をやってたわけだし。

 主人公に助けてもらったからよかったものの。


「ご主人様がアンナ様に謝罪をなさる日が来るとは思いませんでした」


 そばに控えていた専属メイド・ルイーズは言った。


「このルイーズ。ご主人様の精神的成長を嬉しく思います。そして、これからご主人様とアンナ様が真の兄妹となられることを心よりお祈り申し上げます」


 ルイーズの表情は相変わらず乏しい。

 しかし声音こわねが少し柔らかいような、そんな気がした。


「さてルイーズ、訓練を再開しよう」

「かしこまりました……と言いたいところですが、アンナ様がご主人様に質問があるご様子です」

「あのっ。純粋に気になっただけで誤解してほしくないんだけど、なんでレクスくんは〈支援術師〉なのに剣の訓練をしてるの……ですか?」


 アンナは言葉を選びつつ、恐る恐るといった感じで質問してきた。

「そんなにビクビクしなくても大丈夫なのに~」と笑い飛ばしたくなったが、レクス少年の顔でそんなことを言っても説得力はゼロだな。


 でも、アンナが俺に興味を持ってくれているのはとても嬉しい。


「強くなりたいからだ」

「強く、なりたい……」

「魔物だらけのこの世界では『力』が重要だ。強ければ自分や大切なものを守れるし、自由でいられる。ついでに傭兵ようへいとして金を稼ぐこともできるから、食いっぱぐれることもない。だから俺は強くなりたいんだ」

「そっか……レクスくんはそこまで考えてたんだね。ビビリなくせに〈守護者〉なわたしなんかと違ってすごいや……ほんとに」


 アンナが最初から上級職〈守護者〉……?

 ゲームでの初期職は〈重戦士〉で、そこから〈守護者〉か〈聖騎士〉にクラスチェンジする形だったのに。


 ……って、あ、ああっ、うわああっ! 思い出した!

 レクス少年、いや俺はこの前の天職判定が原因で寝込んだんだった!

 平民から「妹は上級職なのに自分は最弱職なんてざまぁ!」「あれだけさんざん人をバカにしておいて、自分はスライム未満のゴミ野郎か」などと言われ、ショックで気絶したんだった!


 天職判定で平民からバカにされたことは、レクス少年にとって相当なトラウマだったようで、今の今まで記憶から抹消されていた。

 そして今になって、その時のレクス少年の「悔しい」「許せない」という感情が俺を揺さぶってきた。

 ほんの少しだけだけどな。


「ううっ、わたしもがんばらなきゃ……」


 それにしても、アンナは戦いが嫌いなんだな。

 でも確かに、ゲームの描写を見る限りでは不思議ではないか。


 ゲームでは、兄である悪役貴族レクスに命令されて嫌々戦わされていただけだった。

 ゲーム主人公の仲間になった後も「自分を助けてくれた主人公を守る」っていう感じだったし。


「アンナ、嫌なら別に戦わなくてもいいんだぞ?」

「えっ……?」

「他人のことなんて気にしないで、好きに生きたほうがいいと俺は思うんだ。難しいけどな」


 前世では他人の顔色をうかがってばかりで、何もできなかったからな。

 その結果が非モテ・ブラック企業勤務・貧困の三重苦だ。

 こうして死んで転生するまで、その負け犬じみた人生から脱出することはできなかった。


「アンナがどう思っているのかは分からない。けど『上級職だから戦わなきゃ』とか『みんなのために』とか『お義父とうさまの期待に応えなきゃ』とかそんなことを考えてるのなら、もう少し自分の気持ちに素直になってもいいんじゃないか?」

「……ほんとにレクスくんはすごいや……うん、ありがとう。気持ちが楽になったよ」


 アンナは「ほっ……」と一息ついていた。

 安心してくれたようでよかった。


「今でもあまり戦いたいとは思えないんだけど、ちょっとでもモチベーションを高めたいから、レクスくんの訓練を見させてもらってもいい……かな?」

「もちろんだ。応援してくれる人がいるだけでこっちもやる気が出るしな」

「えへへ、ありがとう!」

「さあルイーズ、始めよう」

「かしこまりまし──」

「おうおうお坊ちゃんよ、今からオレと『訓練』しようぜ?」


 俺たちの会話をぶった切って現れたのは、最近公爵家に入職してきた平民出身の兵士。

 確か名をダンと言ったか。


 ……ふむ、訓練にかこつけて俺をボコるつもりだな?

 まあ、とりあえず話くらい聞いてやるか。

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