第3話 どうか天罰をお与えください
「誠に申し訳ございませんご主人様。私はあなた様に無礼を働きました。どうか天罰をお与えください」
剣の訓練で専属メイドのルイーズに勝利したところ、なんと土下座されてしまった。
レクス少年の記憶によると、ルイーズがこのように謝罪をしたことは一度もなかったとのことだ。
それどころか、ときおり皮肉めいた発言をすることさえあったという。
……どういうことだ?
ただ普通に色々と実験をしながら、メイドにして〈剣聖〉のルイーズと打ち合いをしていただけなんだが。
とりあえず話は聞いておくべきか。
「ルイーズ、顔を上げてくれ。君は俺にどんな『無礼』を働いたというんだ?」
「はい、
ルイーズ曰く……
俺が最弱職と称される〈支援術師〉だからといって、「剣が使えない」などと
俺に剣術を諦めさせるために、あえて舐めプ……手加減をして心を折ろうとしたこと。
「神に選ばれし人間」を自称していたかつてのレクス少年を、心のなかで微笑ましく思っていたこと。
これらが、ルイーズが俺に働いた「無礼」だという。
まあでも全部事実だし、ぶっちゃけ「はいそうですか」としかいえない。
俺が剣術スキルを一切使えない最弱職であるのも、「神に選ばれし人間」と自称する痛い男だったのも、全部事実だ。
それにルイーズは俺のことを思って、剣術という「無謀」な道を諦めさせようとしてくれていたのだ。
「ご主人様は紛れもなく神に選ばれし人間です。私の目は今まで曇っておりました──どうか天罰をお与えください」
怒る理由は特にこれと言ってない。
でもルイーズにとってはよほど心に引っかかっているのだろう。
だったら「ご主人様」として、メイドのケアはしてやらないとな。
……っていうかご主人様って、よく考えたら恥ずかしいな。
「よく話してくれたな、ルイーズ」
「え……」
「俺は別に怒ってないよ。だから罰は与えない」
「そんな、それでは私の気が収まりません」
ルイーズは相変わらず表情に乏しい。
しかし瞳は揺れており、ハーフエルフ特有の耳も垂れ下がっていて、どこか
「……分かったよ。どうしてもというのなら罰を与える」
「ありがたき幸せ」
「これからも俺の世話をしてくれ。剣の訓練にも真面目に付き合ってほしい」
「……そのような当たり前のことでよろしいというのですか」
「それこそ当たり前じゃないよ。なんせ俺は自称『神に選ばれし人間』で最弱職〈支援術師〉の、嫌われ令息レクスだからな」
「そのようなことは……ですが承りました。このルイーズ、一生をご主人様に捧げます」
あれ、ルイーズの表現が大きすぎる気がするんだが。
まあ話半分にでも聞いておこう。
石畳に正座したままだったルイーズは、おもむろに立ち上がる。
「ところでルイーズ、脇腹は痛まないか?」
支援魔法で強化した木剣で、力の限り叩きつけたからな。
あのときは「勝ちたい」という思いが強すぎて、加減がわからなかったんだ。
でもルイーズがどれだけ痛みを感じたか、全然分からないんだよな。
無表情なことも相まって。
「小指に物をぶつけた程度の痛みですし、もうお察しかと思いますがこれでも元冒険者なので問題ありません」
まあ確かにゲーム終盤……ゲーム主人公の仲間になる前も冒険者をやってたしな。
今の時点で「元冒険者」だったとしても不思議ではない。
もっとも、今どうしてメイドをしているのかはよく分からないのだが、それは今聞く必要のないことだ。
「お気遣いには感謝いたしますが、訓練中のことですのでご主人様が気に病む必要はございません」
「そうはいっても心配なものは心配だ。とりあえず回復魔法をかけておくよ」
白魔法の使い手である〈支援術師〉は、あくまでサブウェポンとしてだが回復魔法が使える。
ただ、サブである分〈回復術師〉や上級職と比べれば効果は劣る。
しかし……
「霊薬エリクサーを飲んだとき以上の快感が押し寄せてきます。このような高ランクの回復魔法を使っていただき感謝の言葉もありません。日頃の疲れまでもが一気に吹き飛びました」
あ、あれ……?
〈支援術師〉の回復魔法って、サブウェポン程度のものだよな?
エリクサーって、HPとMPを全回復させる非売品の薬だよな?
さっきの訓練でも「支援魔法を自分自身にかけることはできない」とか言われてたけど、やはり俺には転生特典が備わっているのだろうか。
それとも単に「褒めて伸ばそう」ということで、リップサービスしてくれているのだろうか。
まあどちらでもいい。
俺は俺にできることをやるだけだ。
ふと周囲を見ると、俺達の方を見て笑っているメイドたちがいた。
「くすっ。最弱職であるレクス様の回復魔法がエリクサー並みだなんて、とんだ皮肉ですわね」
「そもそも単なるメイドがエリクサーの『味』を知ってるわけないのに。ハーフエルフといえども」
「お前ら」
現世では好きに生きさせてもらう。
だから俺は、気に入らないやつはたとえ女であろうと
「な、なんでしょうかレクス様」
「人を
ルイーズはなんせ〈剣聖〉だからな。
「は、はいぃっ……!」「い、いつもと怒り方が違う!」と言って、メイドたちは走り去っていった。
はあ……逆ギレされたり笑われたりしなくてよかった。
「ありがとうございます、ご主人様」
「いや、俺のせいでルイーズが笑われたのが納得できなかっただけだ。感謝されるほどのものじゃない」
「しかしご主人様が私を救ってくださったのは事実です。そこにどんな感情や思惑があろうとも。私にとってご主人様のしてくださったことは、紛れもなく『ありがたき幸せ』なのです」
確かにルイーズの言うとおりかもしれない。
だったら感謝の気持ちはありがたく受け取っておこう。
「ありがとう、ルイーズ」
「──レ、レクスさまっ!」
「えっ」と思って後ろを振り向くと、そこには一人の幼女がいた。
彼女の名前はアンナ。
綺麗な金髪は肩にかかる程度に伸ばされており、とても可愛らしい。
背丈は10歳児にしては小さめであり、守ってやりたくなるような可憐さを秘めている。
「自分のためじゃなくて人のために怒れるなんて、わたし尊敬しますっ……!」
アンナは完全に
これも1年前に養子として迎え入れられてから今まで、レクス少年にさんざんキツく当たられていたからだろう。
それでもこうして話しかけてくれるなんて嬉しいじゃないか。
アンナとはぜひとも仲良くなりたい。
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