第2話 (sideメイド)レクス様はまさに神に選ばれし人間だ

「俺に教えてほしい……〈剣聖〉の剣技を」


 あの傲岸ごうがん不遜ふそんなご主人様──レクス様が改心し頭を下げたかと思うと、とんでもないことを言い出した。


 ……なぜ私が〈剣聖〉だと知っている?


 私の天職は、雇い主である公爵閣下にのみ明かしている情報だ。

 もちろん同僚には黙っており、天職を聞かれるようなことがあればいつも「ご想像にお任せします」と返事している。


 なぜ情報をオープンにしないのか。

 それは「メイド」という職業に〈剣聖〉という力は不要で、同僚たちから変な誤解を受けては面倒だと思ったからだ。

 こちらは昔仕えてくれた侍女の気持ちが知りたくて、冒険者から使用人に転職しただけなのに。


 さて、公爵閣下は貴族にしては豪快だが、約束は守るお方で口は堅いはず。

 そもそもレクス様と公爵閣下は不仲で、公爵閣下がわざわざ約束を破ってまでレクス様に私の正体を教えるとは思えない。


 だからこそ私は、こう答えるしかなかった。


「……私はただのメイドです。冗談はよしてください」

「君のことは、全部とは言わないけど分かっているつもりだ。なにせ『神』に教えてもらったからな」


 神……いつものハッタリか。

 レクス様はいつも「俺は神に選ばれし男だ」と、根拠もなく自分を特別視していた。

 今回の発言もそれと同じ……


 ……いや、待て。

 レクス様の肉体にかすかながらもハイエルフと同質……いや、それ以上に澄んだ魔力が内包されている?


 これはどういうことだ。

 私の予想が正しければ、レクス様はいずれ妖精王国のハイエルフ王を超える存在となるはずだ。

 そして勇者や聖女を凌駕りょうがすることだろう。


 しかしレクス様はただの人間だ、そうに違いない……


 だが、もし仮にレクス様がただの人間であり、「神に教えてもらった」発言がハッタリだとしても、私の天職を言い当てた理由が説明できない。

 当てずっぽうで言い当てたとも、不仲な父親から聞き出したとも思えないのだ。


 これは私の負け……いや、多少私の素性を見透かされたくらいで、負けを認めてたまるか。


 私は決して敗北なんてしない。

 曲がりなりにもハイエルフの血を引くものとして、ただの人間に負ける訳にはいかないのだ。


「ええ、確かに私の天職は〈剣聖〉です。よく分かりましたね」

「じゃあ頼む、俺に剣を教えてくれ」

「でもご主人様は〈支援術師〉ですよね。〈支援術師〉に剣は不要ですよね。怪我しますよ?」


〈支援術師〉という天職は「ナイフすら使えないザコ」などと馬鹿にされ、「最弱職」扱いされている。

 特に男の〈支援術師〉は「一人じゃ戦えない寄生虫」「ヒモ」などと罵られるのだ。

 まったくくだらない話だ。


 だが自称「神に選ばれし男」のレクス様は天職判定の儀にて、最弱職とされる〈支援術師〉を引き当ててしまった。

 それによって、今までさんざん見下していた平民にすら笑われてしまった。


 それで体調を崩されたのか気絶し、1週間近く寝込んでいたのだ。


「そもそも私は、こう言ってはなんですが上級職にして最強職の〈剣聖〉です」


 剣の道はいばらの道。

 レクス様にそんな人生を歩ませないためにも、私はあえて強い口調を選ぶ。


「ご主人様のような、剣術スキルも使えないお方に教える剣はありません──大丈夫です、ご主人様がわざわざ戦う必要はありません。正体もバレてしまったことですし、今後は私がご主人様の剣としてお守りいたします」

「嫌だ」


 レクス様は、今までにないほどの真っ直ぐな視線を向けていた。

 私はその視線に、どうしても戸惑いを隠しきれなかった。


「……〈剣聖〉である私に守られるのがそんなに嫌と。それとも私が女だからですか? それとも『半獣』だから──」

「誤解をさせてしまってすまない。俺はただ強くなりたいだけなんだ」

「そうですか。かしこまりました。ではさっそく訓練をしましょう」

「本当か!? ありがとう!」


 そう言ってにこやかに笑い、喜びをあらわにするレクス様。

 しかし騙すようで申し訳ないのだが、レクス様にはやはり剣の道は諦めていただきたい。


 はっきり言って〈支援術師〉であるレクス様に剣の才能はない──見なくても分かりきっている。

 それが天職──神が与えたもうた才能であり、世の中の仕組みなのだから。


 私が下手に剣を教えたせいでレクス様が死んでしまった、などということは絶対にあってはならない。

 だから不器用な私なりに、レクス様の心を折ってやる。


 そう決意した私は、レクス様を連れて屋敷の中庭に向かった。

 そこで一振りの木剣を手渡し、こう宣告する。


「私から一本取れたら、明日もあさっても……ずっと剣を教えて差し上げます」

「最弱職の俺が〈剣聖〉から一本取るのか……難しそうだが、これぐらいできなければ強くなれないよな」

「私は一切剣術スキルを使いません。普通にしていれば勝てます。大丈夫です」


 まあ全然大丈夫じゃないのだが。

 私の狙いはもちろん「こうして手加減してあげているのに勝てないなんて、才能がないのでは?」と言って心を折ることである。


 本当にレクス様を騙すようで心が痛むのだが、さすがに命を危険にさらすような行為を許すわけにはいかない。

 いつものワガママならいくらでも聞いてあげるが、これだけは絶対に譲れない。


「さあ、どこからでもかかってきてください」

「うおおおおおおっ!」


 レクス様の足は遅い。

 当然だ、まだ10歳児なのだから。


 そして〈支援術師〉は他の天職と比べて身体能力強化が弱いうえに、武器スキルや黒魔法が一切使えない。

 これこそが「最弱職」とバカにされる理由である。


「はあっ、でりゃあっ!」

「まだまだですね」


 レクス様のつたない「剣技」をすべて木剣で受け止める。

 そして、こちらからはあえて攻撃しない。


 いつものレクス様ならこれを「侮辱ぶじょく」と捉え、私を烈火のごとく叱りつけるだろう。

 そして「剣はやっぱりやめだ。クソッ!」などと言って木剣を地面に叩きつけ、勝負を諦めるはず。


 しかも幸か不幸か、公爵家の使用人や騎士たちが野次馬根性を発揮し、私たちの訓練を見物してきた。

 そして使用人たちは下卑げびた笑みを浮かべながら「ザコなのに剣なんて持っても意味ないだろ」「メイドごときに剣を弾かれるなんて情けないですね」などと、主人の息子を心底馬鹿にしていた。


 いくらレクス様に仕返ししたいからといって、わざわざ喧嘩を売りにいって自分の品格を下げるなど、まったくもって下らない。


 下らないが、これでレクス様も諦めてくれればそれでいい……そう思っていた。

 しかし……


「ふう……こうして剣を振ってるだけでも楽しいな。ストレス解消にはちょうどいい」


 レクス様は穏やかな表情で、そう言ったのだ。


「でも今のままじゃ絶対にルイーズから一本も取れない。勝つためにはどうすれば……」


 その調子だ、頑張れ──

 って、なぜ私は応援しているのだ。

 かつての自分と重ね合わせてしまっていると言うのか?


「初級魔法すら使えない半獣」と純血エルフたちから見下されてきた、幼少期の自分に。

 剣に取りかれた魔物──「剣魔」と恐れられていた、冒険者時代の自分に。


 お前には才能がない──レクス様に向けてそう言いたかった。

 でも、なぜかその言葉がどうしても出なかった。


 言ってやれ、「お前には才能がない」と。

 なぜ言えないのだ。


「なっ」


 レクス様の動きが、目に見えて速くなった。

 まさか、いやそんなはずは──


「自分に支援魔法をかけるなんて前代未聞です。かつての聖女やハイエルフ族、そして魔王ですらなしとげていない偉業を、天職を授かってすぐに実現させるなんて……まさに神の御業みわざです」


 自然と「神」という言葉がこぼれ落ちた。

 自分でも驚きだったのだがすぐにその驚きは失せ、不思議としっくりくるようになっていた。


「……確かにシステム上は不可能だったけど、まさか『ここ』でもそうだったなんて──」


 レクス様は訳の分からないことを言った後、突如として取り乱し「あ、今のは忘れてくれ! ……これからは気をつけないとな」と言った。

 まったくもって不思議なお方だ。


 ……よし、作戦変更をしよう。


「ご主人様、今まで私が一切攻撃を仕掛けていなかったことは覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、当然だ」

「今から木剣でご主人様を攻撃いたします。剣術スキルは一切使いませんが、お怪我をなさらないようにお気をつけくださいませ」


 手加減をした上でレクス様の身体と心を叩き潰すため、私は木剣を上段に振り下ろす。

 しかし──


 カンッ!


 レクス様は一切無駄のない動きで、私の攻撃を受け止めた。

 本気を出していなかったとはいえ、これは驚きだ。


 その後、レクス様に向けて何度も木剣を振るう。

 そのたびに何度も木剣で受け止められ、レクス様に傷一つつけることさえできなかった。


 ……まさか、レクス様は私の「受けの剣技」を模倣もほうしたとでもいうのか。

 先ほど私はレクス様の「攻撃」を、わざわざ木剣で受け止めてみせたではないか。


「お見事です。一度見ただけの技を完璧に再現するなんて、なかなかできることではありません」

「そうなのか? 真似しただけだし、大したことはしていないが」

「誰もが一度で技を真似られるのなら、師匠などいらないと思います」

「ふっ、それもそうだ……なっ!」


 レクス様は私の横薙ぎを、木剣で勢いよく弾き返す。

 すると……


 バキッ!


 なんと、私の木剣だけが折れてしまった。

 もしや武器の「強化」か……天職を授かったばかりとは思えないほどの精度だ。


 それに剣のえも、〈剣士〉が使う剣術スキルと同等かそれ以上だ。

 少し前まではあんなに素人丸出しだったのに、成長が早すぎる。


 面白い、ここまで面白い男と出会ったのは初めてだ。


「くっ──」


 ──そうして「敵」を前にして油断し、見とれていたのが悪かったのだろう。

 私の左脇腹には、レクス様が持つ木剣の切っ先が当たっていた。


「……お見事です。この勝負、ご主人様の勝ちです」


 ハイエルフと人間のハーフである私は……今まで負け知らずだった「剣魔」の私は。

 重過失があったとはいえ、人間の支援術師風情に剣術で負けた。


 しかし不思議と腹は立たなかった。

 ちっぽけなプライドがズタボロに崩れることよりも、近い将来私を追い抜くであろう「化け物」を発掘してしまった喜びのほうが大きかったのだ。


 レクス様はいつも「俺は神に選ばれし人間だ」とおっしゃっていた。

 私はそれを心のなかで「幼稚だな」と微笑ましく思っていたが、あながち間違いではなかったのかもしれない。


 ……いや、レクス様はまさに神に選ばれし人間だ。

 もしかすると唯一神の化身かもしれない。


 そうでなければ、私の天職をピタリと言い当てたことも、自分自身に支援魔法を使ってみせたことも、そして一度見ただけの剣技を模倣することも不可能だ。


 私は急にそらおそろしくなり、いつの間にか両膝をついてひたいを地にこすりつけていた。


「誠に申し訳ございませんご主人様。私はあなた様に無礼を働きました。どうか天罰をお与えください」

「えっ……」


 レクス様の声音からは、とても困惑している様子が伺えた。

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