最弱職〈支援術師〉の悪役貴族に転生した俺ですが、ヒロインたちに「神の化身」と崇められて困ってます ~ただ好き勝手に剣術や白魔法を鍛えていただけなのに、なんか勇者と聖女を凌駕していたらしいです~

真弓 直矢

第1章 ガーランド王国編

第1話 よし、今度は好き勝手に生きてやろう。どうせ今の時点で嫌われ者だしな

「よりによって〈支援術師〉レクスか……スライムすら倒せないボスキャラに転生とか、嫌すぎるんだが」


 ゲームのチュートリアルで破滅する悪役貴族、その幼少期に転生していた──

 俺がその事実に気づいたのは、知らない天井で目覚めたときだった。




 生粋の日本人である俺は、さきほどまで社畜として飲み会に参加していた。

 そして上司やおつぼねから「前の部署では知らんが無能すぎて期待外れだった」だの「アラサーで『彼女いない歴=年齢』だなんて終わってる」だのと罵倒され、愛想笑いしながら酒をあおっていたのだ。


 その帰り道、俺は階段を踏み外してしまった。

 酒を飲みすぎたのが悪かったのだろう。


 そこから先の記憶はないのだが、どうやら俺の魂は異世界転生をしてしまったようだ。

 そしてどういうわけか、10歳である今になって俺の意識が覚醒した。


 以上が、日本人アラサー非モテ社畜である俺が、ゲームとよく似た異世界に転生した経緯である。




「……それにしても、クソみたいな人生だったな」


 前世ではさんざん無能扱いされた。

 男としての尊厳を踏みにじられた。


 そしてあろうことか、俺は「敵」に対してヘラヘラと愛想笑いをすることしかできなかった。

 その理由は単純、嫌われたくなかったからだ。

 たとえ相手が嫌な奴で、一緒にいるメリットが薄いと分かっていても。


 でもそんな八方美人的な態度が、前世での「苦しみ」の原因だ。

 今になって冷静に分析できるようになった。


 心境の変化が起こったのは、ゲームの悪役貴族に転生した影響もあるのだろう。

 意識は間違いなく非モテアラサー社畜である「俺」だが、傍若ぼうじゃく無人ぶじんに振る舞っていたレクス少年の記憶もまた「事実」として残っているのだ。


「よし、今度は好き勝手に生きてやろう。どうせ今の時点で嫌われ者だしな」


 レクス少年の記憶を探ると、今の状況がよく理解できた。


 レクス少年は普段から平民や使用人を見下し、事あるごとに「俺は次期当主だ」「神に選ばれし人間だ」と声高こわだかに叫んでいる。

 そして1年前にやってきた同い年の義妹(ヒロインの一人)に「俺はお前を妹とは認めない!」「次期当主の座は『上位者』たる俺のものだ! 前の家のことは忘れろ!」とキツく当たり、パシらせて立場を分からせていた。


 これらの行いにより、特に父親からは厳しく叱られている。

 しかしレクス少年は「俺は正しいことをしているんだ」などと言って、同じことを何度も繰り返してきているのだ。


 ……うん、これは絶対に嫌われてるよな。

 だったらもう前世のときみたいに、嫌われないように愛想笑いをする必要もないよな。


 悪役貴族に転生したのは、ある意味幸運だったのかもしれない。

 が、そうは問屋が卸さない。


「でもレクスに転生したんだよなあ……どうしよう」


〈支援術師〉レクスは『ブレイブズ・スティグマ ~闇の魔王と光の剣~』、略して『BS』というRPGに出てくる登場人物。

 学園編(チュートリアル)にて、最初のボスとして立ちはだかる。


 それと同時に、俺たちプレイヤーから「ネタキャラ」「史上最弱のボス」として愛された人物である。


 まずレクスは入学式の日、王女ヒロイン(後の聖女)に求婚ナンパして困らせる。

 そこを平民主人公(後の勇者)に注意される。

 逆ギレしたレクスは、「公爵令息」という立場と「強い子分を従えている」という状況からくる学内カーストを駆使して、その平民主人公をハブったのだ。


 こうしたバックグラウンドがあった上で、学内大会・決勝戦にてレクス戦──つまり最初のボス戦が始まる。


〈支援術師〉の天職を持つレクスは9人の部下を引き連れ、主人公・王女の2人パーティに殴り込みをかける。

 自分はリーダーとして「後方腕組み」をしつつ、手下をメインウェポンの支援魔法で強化したり、サブウェポンの回復魔法で癒やしたりするのだ。

 まあここまでは普通の、嫌らしい悪役だな。


 だが、レクスがネタキャラとして愛されたのには、2つ理由がある。


 まず〈支援術師〉の特性上、レクス自身はボスのくせに一切攻撃ができず、結果として手下よりもザコである。

 そして自分が攻撃を食らったら〈支援術師〉の役割を放棄し、自分だけ霊薬エリクサーで回復することなのだ。


 自称「神に選ばれし天才魔導師の卵」たるレクスは、この小者っぷりを見せつけて俺たちプレイヤーを笑わせてくれた。

 だがレクスの道化どうけぶりはこれだけではない。


「ゲームでは序盤で破滅してたんだよなあ」


 学内大会で主人公たちに負けたレクスは、試合を観戦していた国王によってこう説教される。

「不当に平民を侮辱したあげく敗北するような軟弱者は、王国貴族失格だ」と。


 結局、国王の命令で公爵家を追放され、平民堕ちしてしまうのだ。


「ま、よほど悪いことをしない限り追放はされないだろう。とりあえず手っ取り早くクラスチェンジして、好き勝手に鍛えるとするか」


〈支援術師〉は確かに攻撃ができない。

 しかしレベルを上げて〈賢者〉か〈導師〉にクラスチェンジしさえすれば、黒魔法が解禁される。


 レクス少年の記憶によると、魔物がはびこるこの世界では「力」こそすべて。

 力さえあれば、クソみたいな前世よりはいくらかマシになるはずだ。


「まずはレベルの確認だな」


 しかし、何をやってもステータス画面は表示されなかった。

 よく読んでいたラノベにならって「ステータスオープン!」と叫んでも、目の前の空間を指でフリックしても、何も起こらなかったのだ。


 やはりここは現実。

 そう甘くはないようだ。


「あれ……レベルが分からないのなら、どうやってクラスチェンジするんだ……?」


 とりあえず毎日ガンガン鍛えまくって、クラスチェンジが発動するまで専用アイテムをペタペタ触りまくるとか?

 そんなアホなことを考えていると、衝撃の事実が判明してしまった。


 それは、レクス少年の頭の中には「クラスチェンジ」という概念が存在しなかったということである。

 ついでに「レベル」や「ステータス」の概念もなかった。


 レクスは曲がりなりにも公爵令息。

 基本的な教育は受けているはずなのにこのザマ、ということは……


「嘘だろ、ゲームと違ってクラスチェンジできないのか。一生最弱職のままでいろっていうのかよ……」

「──ご主人様、目を覚まされたのですね」


 俺がブツブツと独り言を話していたところに、一人のメイドが入室してきた。

 どうやらノックされていたのに気づかなかったようだ。


 せき褐色かっしょくの長髪を高い位置でくくっており、ポニーテールにしている。

 体型は、胸も含めて非常にスレンダー。

 彼女自身が無表情であることも相まって、クールで理知的な雰囲気を醸し出している。


 そしてなにより、長く鋭い耳が特徴的だ。

 彼女は長命で知られるハーフエルフなのである。


「って、なんでこんなところにルイーズが!?」


 ハーフエルフのルイーズといえば、物語の終盤で仲間になる「辺境の剣神」だったはず。

 職業はメイドじゃなかったはずだ。


「『なんで』とおっしゃいましても。私はご主人様の専属メイドですので」


 ルイーズから無表情で冷たい目線を向けられる俺。


 ただ、今のルイーズの表情は「一切」と言っていいほど読み取れない。

 仲間になってもこんな感じのクールキャラだったから、不思議ではないのだが。


 まあ十中八九「何言ってんだこいつ?」と呆れられているのだろうけど。


 ……あ、そういえば今思い出した。

 ゲームのルイーズは辺境に移住する前、公爵家のメイドとして働いていたと「支援会話」でほのめかされていたな。

 それでも、まさかルイーズがレクスの専属メイドだったなんて思いもしなかった。


「やはり天職判定のショックで頭がおかしくなったのですね。可哀想に──」

「取り乱してすまない。もう大丈夫だ」


 とりあえず、こんなクズ貴族の世話をしてくれるメイドは希少だ。

 レクス少年の記憶によると、身の回りの世話の大半はこの専属メイド・ルイーズにしてもらっているらしい。


 今後も気持ちよく世話してもらうためにも、少しはねぎらってあげないとな。


「いつも世話をしてくれてありがとう。それと、今までワガママばかり言って本当にごめん」

「……あのご主人様が感謝と謝罪の言葉をおっしゃるだなんて。ありがたき幸せ、恐悦至極でございます」


 あれ、なんかルイーズの反応が大げさすぎる気がするんだが。

 まああれだ、「無理矢理にでも褒めて伸ばそう」という指導方針なのだろう。


 その証拠に、ルイーズは無表情ながらもエルフ特有の耳をピクピクと動かしている。

 嘘をついている可能性が高い。


「このような良い変化が、いつまでも続きますように」


 心なしか嬉しそうに見えなくもないのだが……いや、ないな。

 ゲームのルイーズは終盤で登場する、「完成されたクールなお助けキャラ」だったのだから。

 乗せられてはダメだ。


「──そうだ、ルイーズ。聞きたいことがある」

「なんなりと」

「〈支援術師〉から〈賢者〉に昇格するにはどうしたらいい?」

「恐れ入りますが、天職は一生変わることはありません。変わるとすれば、それは〈勇者〉か〈聖女〉の聖痕を授かったときのみです。これはハイエルフの伝承にも記載されております」


 うむ……なかなか信憑性しんぴょうせいが高そうだ。

 これで「〈賢者〉にクラスチェンジして黒魔法で無双」というシナリオは完全に崩れ去った。


 だが俺はまだ諦めたわけじゃない。


 目の前にいる専属メイド・ルイーズは、ゲームどおりであれば〈剣聖〉の天職を持っているはず。


〈支援術師〉である俺は本来武器スキルを使うことはできないし、ゲームでは武器を装備することすらできない。

 だがルイーズから剣術を教われば、ある程度は戦えるようになるはず。


「ルイーズ、頼みがある」


 使用人たるルイーズに頭を下げる。


「ご主人様が頭を下げるだなんて……」

「俺に教えてほしい……〈剣聖〉の剣技を」


 俺の言葉に、ルイーズは無表情を貫いたように見えた。


「……私はただのメイドです。冗談はよしてください」


 しかし俺は見逃さなかった。

 一瞬だけ瞳が揺れ動いたことを。


 だから俺は、こう言ってやった。


「君のことは、全部とは言わないけど分かっているつもりだ。なにせ『神』に教えてもらったからな」


 まあ俺に知識を授けてくれたのは、神ではなくゲームだけどな。

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