第44話 赤い巨人、エスカ
ライラがダイナを、彼方に殴り飛ばした後。
慌ただしくも、後始末が始まった。
メイルたちとはすぐに合流できたが、彼らはレフティ枢機卿やライラたちを伴って、人質の解放に向かった。
レフティはかなり名残惜しそうにしていたし、エスカも初めて会った文友と話したかったが、それは見送りとなった。
彼女はライラを案内人に、シフティを引きずって行ってしまった。
メイル、マジック、メリーは学内の残敵掃討に向かった。
エスカも同行しようとしたが、断られてしまった。
つまりあれだな? 余計なことをして残機を減らすなと言うんだな?
そうしてエスカは。
「イェー」
「ヤァー」
変な奴らと残された。
頭上で踊るカニと、眼の前で華麗にステップを踏むガーデン。
なお今夜のガーデンはつなぎではなく、ドレスだ。
薄緑を基調としたそれはよく似合うが……なぜその恰好で戦地に出てきたのか。
エスカは動きやすさ重視で適当な服なので、ちゃんとした格好をしてきた皆の中だと浮いている。
メイルとライラはともかく、なぜマジックやメリーまでドレスだったのか。これがわからない。
そもマジックは女装かよ。普段そんなの着ないだろ何があった。
「エスカも踊らな〜い?」
ガーデンの声で、エスカは逃避していた現実に引き戻された。
逃避……したくもなる。謎のリズムで人の周りをずんどこ踊られたら、そりゃあ現実が嫌になる。
思わずエスカは、息をついて肩をすくめた。
「踊らない。私は休んでろと言われたんだが?」
「かたっ苦しいわねえ。息抜きも必要よぉ」
「……なら私は、そのへんで手紙の返事でも書いてるよ」
しかしそうは言ったものの……今回は筆記具を入れたカバンを持ってきていない。
これはどうしたものか。
落ち着かない。
「ノリが悪いじゃねえかブラザー。
何かあったん? 俺ちゃん相談に乗るよ?」
エスカのノリは、いつもどおりではあるのだが。
テリーが言っていること自体は、図星だった。
「なんでガーデンが残ったのか、気になってるだけさ」
エスカのお守り?ならメリーあたりでよかっただろうに。
ガーデンが一緒にいるのは、意図がわからない。
何かあるのではないか、と思っていたのだ。
「わたし戦闘向きじゃないし〜。守ってエスカ☆」
「……マスター、そこで茶化すのは感心しないぜ」
カニが真面目なツッコミをするとは思わなかったので、エスカは少し驚いた。
ガーデンもまた、瞬きを繰り返している。
しかしエスカの頭上を見て、一転して柔らかな笑顔になった。
「怒られちゃった。しょうがないわねえ」
ガーデンは柱の残骸からちょうどいい塩梅の石を見つけ、腰を掛ける。
「テリー、効果は?」
「消化は順調だ。だが追加を食らった」
「そんな!?」
「ダイナってやついたろ? あれが『蛾』を使ってよ」
「そう……それでメリーは、メイルさんを連れて行ったのね」
またもわからない話ではあるが……エスカもさすがに少し、察しがついてきた。
「おっと、ブラザー。今更だが、あんたのその嫉妬心。
俺がかるうーくしてやれるのさ」
やはりか。エスカは少し嘆息した。
踊るほどではないが、確かに気は楽になっている。
少なくともダイナに会った時の絶望感は、もうない。
とはいえ。
「私に入っているものは君の力で抜けるが、外から来るのは防げない、ということか」
「そうだ。具合は?」
「……今はどうともない」
「休んでろってのは、そういうことさね」
少し変な顔になってしまうくらい、気の利いたカニだ。
ガーデンも何やら、肩を竦めている。
「もう少し辛そうなら、わたしが診たのだけれど。
大丈夫そうね? エスカ」
そう言いつつも、ガーデンは少し心配そうだ。
エスカは一計を案じることにした。
この陽気な庭師に気を遣わせるのは、本意ではない。
踊ってくれてるくらいがいいし、エスカはガーデンの踊りは割と好きだった。
人の周りを崇めるようにぐるぐる回るのは、どうかと思うが。
「辛くはないが、大丈夫ではないさ」
「どこか悪いの?」
「最低の奴と遭って、最高の妹に助けられた。
私の情緒はぐちゃぐちゃだよ」
くつくつと笑って見せると、ガーデンもまた破顔した。
「ごめんねエスカ。ほんとは何でもお話、してあげたいのだけど」
「私が認識するのがまずいんだろう? わかっているよ」
「その件なんだがよう、マスター、ブラザー」
ガーデンがエスカの頭の上を見る。
エスカもつられて、視線を少し上向けた。
よくは見えないが……テリーがどこか、別の方を向いているようだ。
おそらくは、王城。
「もう話しちまっても、問題ないぜ」
「どういうこと? テリー」
「ご本尊がお目見えだ。
奴自身が出て来た以上、ブラザーが知っても何も起きない。だろ?」
ガーデンが立ち上がり、呆然とした顔で、テリーの見ている方を向く。
エスカもそちらを振り返って……固まった。
王城は、中央に尖塔がそびえ立っているのだが。
そこに、黒々とした……巨大な蛾が、とまっていた。
◇ ◇ ◇
エスカたちの動きは、迅速だった。
まず合流し、役割を分担した。
レフティ、シフティは学園の者たちの避難。
幾人か手を借りて、王都にも人を出すことになった。
そしてエスカ、メイル、ライラにメリー、マジック、ガーデンは。
あの蛾の迎撃を考えていた。
「あれ、ラッキー……『
腕を組み唸るメリーは、だいぶ深刻そうな顔をしている。
エスカにもなんとなくわかる。
おそらくあれは、ダイナの使った魔法の蛾と、同じものだろう。
「メリー。私たち、あの鱗粉で動けなくなるんじゃないか?」
「そうよエスカ。あなたの特性の問題なのだけど、天敵なの。ガーデン」
「テリーだけじゃだめ。他の何かがいるわ」
「だめかぁ」
ガーデンの答えを受け、メリーの眉間にしわが寄る。
「僕が行くのではだめなんだね? あの竜と一緒かい?」
「そうよメイルくん。魔法だと倒せないの。
竜は欠片程度だったから、だいぶマシな方。
でもたぶんこの蛾は、枝葉くらいの近さがある。
まさか……」
「そこは後にしよう、メリー。星を使うしかなかろう」
マジックが口を挟んだ。
星……残機が砕けた時の、アレだろうか。
「……他に手段はないけど、あれだけだと不安だわ」
「あれはエスカとあなたたちとなら、どちらに近いの? メリー」
ライラがメリーに尋ねた。
何か、思いついたのだろうか。
「私たちね」
ライラがじっと、エスカを見る。
そしてにっ、と笑った。
「『
エスカの肩から、マントが生えた。
「あ、これよく見たらテリーと同じ!? そこまでやったのね、ライラちゃん」
「カニと一緒にしないでちょうだい、ガーデン。
スレッド、エスカを守り、一緒に戦うの。できるわね?」
マントが勝手に動き、首肯するかのようにその端を動かした。
「この子なら、アレからエスカを守ってくれる。
当然だけど……纏って殴れば、効くはずよ」
「ぐっどねライラ! よし!」
メリーが顔を上げ、マジック、ガーデンと視線を交わし。
三人で、頷いた。
ガーデンは何かを懐から取り出し、少し距離をとる。
その何かを、ぐっと握り締めてから、振りかぶった。
「エスカー! 新しい種よッ!!」
そしてエスカに投げつける。
「ぐふっ」「おうっふ」
エスカの頭の上のテリーに、見事に命中した。
「あとはよろしく、花の魔法使い!」
陽気な庭師は、光の粒子になって消えて行った。
慌ててエスカが頭上を見ると、残機の数がごっそり減っている。
ここのところの変動もあって、さっきまでは26。今は、16だ。
「心得た。『
メイルがテリーの名を呼ぶと、その頭部から種々の花が咲いた、ようだ。
真上すぎて、エスカからは直接見えない。
でもなんかひどい臭いがするような?
「フゥ~! 力湧いて来たぜ!!」
湧くのかよそれで。よくわからんな。
エスカには特に変化はない。
「ほらよ、エスカ、テリー」
頭上に気を取られていたら、今度はマジックに何かを投げつけられた。
「ぐはっ」「でゅくし」
でかいものが、顔面に思いっきり当たった。
たぶんキノコ? キノコのようだ。
それがエスカの体に、徐々に吸収されていく。
「後は頼んだよ」
マジックもまた、体が消えて……残機は6になった。
「最後は私ね」
メリーが進み出て、エスカの両の手をとった。
そしてそのまま、横に思いっきり振り回す。
「いってらっしゃい、エスカ!」
メリーの姿が霞み。
エスカの頭上で、残機が砕け散る。
放り投げられたエスカは、虹色に輝く。
「『
ライラの声に応え、白銀の布が大きく広がっていく。
キノコの効力か、エスカとテリーの体も徐々に膨らんでいく。
布は服のようになり、あるいは巨大な手足となって。
王都の夜空高くに。
銀地に赤の模様が入った、カニ頭の巨人が現れた。
『アァワァー!』
鳴き声なのか、なんなのか。
巨人の頭部から、謎の奇声が上がった。
黒い巨大蛾と、赤い巨人の、王都の命運を賭けた戦いが。
始まる。
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