残機令嬢は鬼子爵様に愛されたい~前略、私を溺愛してくださる旦那様。うちの鬼畜実家の相手もよろしいですが、早く手を出さないと私、女の子に取られますよ?かしこ~
第42話 エスカに衣を編む者【ライラ目線】
第42話 エスカに衣を編む者【ライラ目線】
兄・ダイナを彼方に殴り飛ばした後。
ライラはレフティ枢機卿を案内し、学生寮にやってきていた。
貴族の私兵、学生、教師問わず皆眠っているようだったが。
うちの数人を起こし、ライラは互いの無事と再会を喜んだ。
ライラを逃がしてくれた学園長や、同志たち。
同志……エスカをロイズから逃がす計画の、協力者たちだ。
ライラは学園に来てから、様々なことを推し進めていた。彼らはそれに、快く手を貸してくれた。
エスカが嫁に出されてしまったため、計画は無駄とはなったものの。
かねてより協力してくれていた友人たちは皆、ライラとエスカが無事会えたこと伝えると、とても喜んでくれた。
落ち着いたら、十分な礼をして回ることになるだろう。
だがその前に、問題がある。
手が空き、少し人と離れたかがり火の近くまで来て。
ライラはその赤い炎を見ながら、密かにため息をついた。
(身の振り方を、考えなくてはね)
ロイズはおそらく、取り潰される。
先ごろ……レフティ枢機卿に聞いたのだ。
主犯の中に、ダイナが加わっていた、と。
その場にいただけではなく、国家の反逆中枢にいたとなれば、おおごとだ。
今年、男爵位を継承するダイナがその有様なら、ロイズの存続は不可能だろう。
ライラは路頭に迷い、学園も辞めることになる。
レフティ枢機卿は、ライラの身の振り方には配慮できると宣った。
だがそれはおそらく、聖教に迎え入れるという話だ。
ライラはレフティに、考える時間が欲しい、とは答えたものの。
……その心は、もう決まっていた。
聖教は、同性愛を禁じている。
その徒になることは、できない。
振り返り、ライラはあたりを少し見渡した。
まだ暗い中、みな忙しく働いている。
レフティ枢機卿が聖騎士たちを伴い、私兵たちを捕縛しつつ、人質たちを保護していく。
シフティもいつの間にかその手伝いに混ざっており、右に左に駆けずり回っていた。
ライラもできうる限り手は貸していたものの、彼女はただの学生。
根本的に、そこまで役に立てるわけでもない。
少し、手持ち無沙汰になっていた。
エスカの役には……きっと立てただろう。
だがライラ・ロイズはまだ無力な令嬢のまま。
いや、そう遠くないうちに、令嬢ですらなくなる。
(このままでは……いけない)
息を吸い、胸を張り、顔を上げる。
丁度その時、かがり火に照らされてできた、大きな影が差した。
「無事が確認できたのなら、エスカの元に戻って君も休むと良い」
……あまり聞きたくない声を聴いてしまった。メイルだ。
嫌い、というわけでもない。
だが、正直なところ。ライラはメイルが、今一つ信用できていない。
深謀遠慮にして純朴。
その知性の片りんは、たびたび見えることがあり。
姉と似合いだとは……どうしょうもなく、思う。
渡せない、今もその認識に変わりはない。
だがそれは、競おうという気持ちではない。
預けるに足らない。そういう、危機感のようなものだ。
ライラは自身の秘めたる気持ちと未来に、仄かな希望を見出しており。
それはメイルと衝突することは、ない。
姉を任せるに足るならば、応援してもいいとは思って、いるのだが。
どうにもこの子爵は、その巨躯に反し、頼りなく見える。
姉を思っているのは分かる。だがいかにも態度が淡泊で、気持ちが読めない。
『ハッピー』の件もある。ライラはメイルの態度が、じれったいのだ。
「そちらは済んだのですか? 子爵様」
棘をたっぷり含ませて答えたが。
「万事滞りなく」
どこ吹く風で、さらりと応じられた。
言うだけの能はあるというのだから、なおのこと始末が悪い。
ライラは少し、むかむかしてきた。
「ならばそちらこそ、婚約者の元へ向かったらいかがです?」
「……それは、ダメらしくてね」
大柄の男が、心底困ったように肩を竦め、背を丸めた。
「今しばらく、僕はエスカと一緒にいられないらしい」
ライラはその一言を聞き、頭に血が上った。
メイル側の事情は聞かされてはいないが、察する。
『ハッピー』絡みだろう。
お前は彼女の役に、立てるだろう。
隣に立つことを、許されているだろう。
なのに――――情けない!
「腑抜けたことを言うな」
ぴしゃりと、告げる。
「いられない、などという言葉は。
貴様の責任を、放棄するものだ。
いたいか、いたくないかで語れ」
射殺すかのように、彼のはしばみ色の瞳をじっと見る。
だがメイルは……ほほ笑んだ。
「共にいたいから、信じる」
「は?」
意外な答えに、思わずライラは間の抜けた声を上げた。
「メリー嬢を、マジックを、ガーデン嬢を。
そして……君を」
その真意を推し量ろうと、ライラは目を細める。
メイルもまた、目を細めた。とても……嬉しそうに。
「彼女の心を救う者たちを、僕は信じている」
「……自分でそうする気は、ないと?」
「僕は魔法使いなんだよ。小狡くやらせてもらおう」
先と違って重く響くような声音に、ライラは少し息を呑んだ。
メイルが背を屈め、ライラに目線の高さを合わせて来た。
瞳の奥を、覗き込まれる。
「エスカは最後に必ず、この僕がいただく」
――――すべてを利用してでも、ね。
そっと息を吐くように続いた呟きに。
ライラは、素直に笑みが出た。
彼女は自分でも驚いたが……すぐに理解した。
そう。
彼の瞳に浮かぶ、強い情念。
ライラはこれが、紛うことなき本心が、見たかったのだ。
任せられるかは、まだわからない。
だがこの男は。
ライラの、同志だ。
「期待しているわ、メイル」
右手を差し出す。
「私を使いこなして見せなさい」
「わかった。では、君は?」
言外に、何者か?と問われ。
ライラは少しの間、瞠目する。
もう、ライラ・ロイズではいられない。
エスカの隣に立つ自身の姿を探すため……ここしばらくの己を、顧みる。
学園を出て、エスド領に行ってから、目まぐるしく日々が過ぎた。
この子爵と会い、エスカと再会し、共に過ごし。
機織りの魔法を得て、彼女の力となって。
再びこの学園に、戻ってきた。
ライラは、はっきりと自覚する。
自分は変わった、と。
縫物が趣味で、性に合っていた。
淑やかに生きることが、心地よかった。
貴族として教えられることに、何の疑問も感じていなかった。
ただ姉の不遇だけが、許せなかった。
自分がその担い手であることも、許せなかった。
だがエスカはその地獄を、すでに脱した。
そこにライラの手は、必要なかった。
贖罪もなく、ライラは許されてしまった。
そう。ライラ・ロイズができることなど。
何もなかったのだ。
ならば。
生まれ変わろう。
エスカの……たった一人の、家族に。
彼女の同胞に、なるのだ。
「私は……戦士」
ライラは拳を、ぐっと握り込んだ。
目を開く。同時、魔力が溢れ出す。
赤い瞳が、闘志で燃え上がった。
魔法は苦手だ。魔力も嫌だった。
自分の怪力もうんざりする。攻撃魔法など以ての外だ。
戦闘など、自分の人生には関係のないものだった。
だが、変わったのだ。
変わらねば、ならぬのだ。
あの人の隣に、立ちたいのなら。
ここにいるのは、貴族の令嬢ではない。
妹に甘んじる、女でもない。
彼女に執着し、情念の糸を紡ぐ者。
――――蝶を愛でる、蜘蛛。
「この拳をエスカに捧げる、戦士よ」
彼女の力強い言葉に。
魔法使いが、相好を崩す。
ライラもまた、どう猛で……穏やかな笑みを浮かべた。
「その猛る魂を尊重しよう、戦士よ」
メイルが右手を差し出した。
「その叡智をエスカに捧げよ、魔法使い」
ライラは拳を開き、メイルの手を握った。
「もちろんだとも」
――――――――――――――――
【
姉はやはり希望だった。化け物ではなく、光だった。
彼女は再び盲目となった。身を焦がす恋に目を閉じた。
代わりに拳を握り締めた。逃げることをやめ、戦うことを選んだ。
ここに、糸の戦士が誕生した。
彼女は時に蝶の繭を縫い、時にその身を護る者。
そして彼女もまた、幸福の蝶に無限の愛を注ぐ者。
愚者への溢れる想いを胸に、戦士が今。魔法使いと並び、歩みだす。
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