第38話 エスカは空から舞い降りる
しばらくの準備期間を経て。
貴族学園奪還決行日、深夜。
天には星が輝き、しかして地上に降り注ぐ明りはない。
今日、王都潜入を行うことになったのは、月が出ないからだ。
地上遥か遠くを往く、エスカたち。
メイルの鎧の魔法を改造し、鉄板を生成。
彼らはその上に乗り、空を飛んでいた。
王都のセンブラ伯別邸まで行き、そこを拠点として潜伏する。
学園裏まで秘密裏に行けるので、機を見て迅速に制圧する構えだ。
メンバーはメイル、エスカ、メリー、マジック、ガーデン、それからライラの六名。
マジックが先頭で魔法の制御を行っている。
彼の後ろにはメリーとガーデンが座っているが……二人とも、舟を漕いでいた。
そしてエスカとメイル、ライラが最後尾だ。
……ライラはなぜか二人の間に入ってエスカの腕をとり、メイルを近づけまいとしていた。
夜闇の高空。そろそろ王都とはいえ、見つかりようのない状況。
しかし少々、緊張感のない布陣だ。
エスカとしては、荒事に慣れていないだろうライラが、必要以上に緊張してないのは……ありがたいところではあるが。
あるが……なぜこの子は、メイルを睨んでいるのだろうか。
「……ライラ嬢」
沈黙に耐えかねたかのように、メイルが横目でエスカたちの方を見ながら口を開いた。
「なんでございましょう。エスド子爵様」
ライラの口調には、明らかな棘がある。
エスカはようやく、二人が妙に険悪な仲だったことを思い出した。
ここのところ魔法の改造やらで忙しくて、すっかり忘れていた。
ライラは明らかに、メイルに対して隔意があった。
初対面のことを思えば、ある程度はしょうがないものの……そうではないように見受けられる。
「やはり詫びは受け入れられなかった、ということだろうか」
……そこも結局まだだったか。エスカは頭が痛くなってきた。
「ライ「お姉ちゃんは黙ってて」はい」
エスカは速やかに黙らされ、すごすごと引き下がった。
そして俯き、二人の会話に耳を傾ける。
なお、妹が頼もしくてにやけてきたので、顔を隠しただけである。
「こんなことを言うのは、身勝手で烏滸がましいのだけれど」
ライラは深く息をし、顔を上げた。
「私は、姉をあの地獄から連れ出し、守るために心血注いできたのです。
それは今でも変わりありません。奴らは必ず、姉の障害になる。
その戦いは、ロイズの娘たる私がすべきもの。
子爵様には譲れませんし――――」
ライラの赤い瞳が、かっと開く。
横から見ているエスカには、その目が燃え盛るようにすら映った。
「それが済むまで、この人は、渡さない」
エスカは、自分の喉が鳴るのを抑えられなかった。
妹の気迫に、圧されていた。
メイルもまた、たじろいだように見える。
「……手伝えと言うことだと、理解するが」
「役に立たなかったら切り捨てる、そう言っているのです。
はき違えるな」
それは無礼だと口を挟もうとしたが、はさめなかった。
エスカは、ライラの横顔をじっと見るのが精いっぱいだった。
「姉が心身壮健でいられるのは、あなたのおかげではない。
メリーたちの尽力です。この人の心は、彼女たちに救われている。
あなたはまだ、姉に光を見て、憧れているだけ。不足です」
ライラの強い追及の声に、メイルが顔を伏せる。
エスカはマジックやメリーもまた、目を向けていることに気づいた。
ガーデンもあくびはしているが、こちらを気にしているようだ。
エスカは、つい零した。
「ライラ、何をもってそこまで言うんだ?」
「……私も聞いたの。メリーから」
ハッピーに関することだ、とエスカは直感した。
「私は覚悟を決めた。あなたはどうなの? メイル様」
「僕は……」
「すとっぷライラ。メイルくんの仕事は、もっと後だから」
メリーが口を挟んできた。優しい顔だ。
ライラもまた緊張を解き、ほほ笑みを浮かべた。
「だからこそ早く心を決めて、お姉ちゃんを安心させてほしいのよ」
「そ、良い子ね。だってメイルくん。がんばんないとね?」
「……ああ。ありがとう、二人とも」
ライラは鼻を鳴らし、メリーはころころと笑っている。
エスカはわけがわからなかったが、「聞かない」と言った手前、眺めるしかなかった。
そして……意識が渦中の外にいるからこそ、騒ぎに気が付いた。
ふと見たはるか下方。地上付近は暗く、様子が分かりにくいが。
何か豆粒のような光が、見える。松明か――――魔法。
「マジック、下方防御!」
「ほいきた」
鋭く告げるエスカの声に、マジックは慌てることなく反応し、構造式から魔法を一枚取り出した。
それは空飛ぶ鉄板から落ち、半球状の薄い光の膜となって下側の護りとなる。
ほどなく……衝撃が来た。鉄板全体が、激しく揺れる。
「見つかったか……」
「何でだろう、こんな高空にいて、見えないだろうに」
「マジックの本の明かりじゃないのー?」
ガーデンが眠そうに言う。
「「「…………」」」
何人かマジックの発光する構造式を見て、目を逸らした。
そしてまた、衝撃。
「撃墜されるような強度じゃない。大丈夫だろう」
「けどメイルくん、これ追っかけられるんじゃない?」
「む」
確かに、遠く地上から怒号のようなものも聞こえる。
追撃、撃墜の準備は時間を追うごとに進んでいくだろう。
エスカは腹を括った。
「予定通り、二手に分かれるとしようか」
元より、陽動と潜入で役割を分けていた。
エスカ、メリーは直接戦闘に分があるので陽動。
残り四名が潜入だ。
エスカは揺れる鉄板の上で、堂々と立つ。
「お姉ちゃん! 使って!!」
ライラが、何かをエスカの背に投げつけた。
「おぶっう」
ごすっ、と鈍い音が響いた。肩の下あたりに、強い衝撃が来る。
なおライラが怪力無制御で投げたので、おそらく骨にひびが入っている。
痛みに悶えるエスカを他所に、当たったものは開き……彼女の肩にかかる、マントになった。
「しゃ、洒落た外套じゃないか。ありがとうライラ」
エスカは青い顔で礼を言う。ライラは明るく輝くような満面の笑みになった。
「きっとお姉ちゃんを守ってくれるから。どうか……無事で」
エスカは気合いを練り上げ、笑顔を作った。
今が一番無事ではないが、ここはお姉ちゃん力の見せどころだ。
また、鉄板が揺れた。
炎弾がいくつか、板を外れて空に消えていく。
エスカは息を深くし、痛みに顔をしかめ、しかして板の端を踏んで、一歩。
空へ千里を、踏み出した。
地上へと、一気呵成。
目指す先から打ち込まれる、炎の魔法。
エスカが身をひるがえそうとしたその時、肩の布が回って、炎を打ち払った。
(こいつはいい)
エスカは再び降下しようとして。
だがなぜか、ふわりと浮き上がった。
上を見れば、マントが広がり、風を受け、エスカの体を持ち上げていた。
さながら、小さな気球のように。
下を見れば……松明を手に、こちらを指さす者たちが。
どうも、王都外壁付近だったようだ。
壁上、壁下から、かなりの数の人間がこちらを見ている。
展開される構造式の輝きが、いくつも目に映った。
控えめに言って、とても無事では済まない大ピンチだ。
何よりエスカは、肩がめっちゃ痛かった。
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