第39話 エスカと兵士
地上に輝く無数の構造式。
骨が砕けて痛む肩。
エスカの身を空中にふわりと浮かせるマント。
的としてはエスカはそう大きくないが、この状態ではそりゃあもう狙い放題だ。
案の定、エスカめがけていくつもの魔法が飛んできた。
絶体絶命、というやつかもしれなかったが。
――――お姉ちゃん!!
天から、エスカに万の力を与える声援が降り注いだ。
そちらを向けば、遠ざかっていく鉄板が、見える。
妹の顔が、かすかに見える。
エスカは、自然と口角が上がるのを感じながら。
空に向かって伸ばした右手で、マントの端を掴んだ。
そう、ここにライラの編んでくれた布が……あるのなら。
風はもう、エスカの味方だ。
マントをぐっと右手で引き寄せ、身を捻る。
ぐるりと一回転すると、放たれた魔法の第一陣が巻き込まれて爆ぜた。
振動が骨に響くが、ダメージはない。
地に頭を、天に足を向け、回転が止まる。
一瞬、上に向かってふわりと膨らんだマントを、踏んだ。
たとえ布一枚であろうとも、刹那彼女の身を支えるのであれば。
それはエスカにとって、大地を踏んでいるのと変わりがない。
天が激しく鳴る。落雷のように、エスカが地上に走る。
外壁の上、敵の密集している地点に真っ直ぐ墜落。
しかし接地の瞬間、またマントが翻り。
エスカはその身を、横に回した。
千里を渡る衝撃が、そのまま渦を巻いて広がる。
外壁上の者たちが、防御魔法ごと片っ端から吹き飛んだ。
幸いにも下まで落ちた者はいないようだが、全員が床などに激しく叩きつけられる。
落下の勢いを横回転にしきったエスカはふわりと立ち、今度は石の床を踏んだ。
砲弾のように上空へ。再び大地に向き直り、次は外壁下の者たちへ向かおうとする。
しかしそこに、風が吹き乱れた。
自然のものではない……竜退治の折、マジックが用いたものと同じ魔法だ。
「ぉぉお!?」
魔法が効かぬ自身はともかく、マントが巻き取られた。
エスカの体は、強風に巻き上げられ。
「ぐべぇ」
受け身も取れず、地面にべしゃりと落ちた。
残機が一つ減る。おそらく空の上のメリーも、消えてしまっただろう。
傷が癒え、肩の痛みが消えたのは幸いだが。
身を起こそうとするエスカに、十は下らぬ手が向けられた。
魔法発動寸前の構造式の輝きが、嫌でも目に入る。
「子ども!? なんだこいつ。騎士団のやつじゃねぇのか!」
声が上がり、動揺の空気が広がる。
バラバラの恰好の……おそらく騎士ではない、辺境貴族の私兵たち。
刃より魔法を真っ先に向けてくるあたり、相応の精鋭揃いと言ったところか。
エスカに魔法は効かない。
だが、こう囲まれては……良い状況とは言えなかった。
囲みから一人の男が進み出て、凄む。
「何者かなんて、捕まえて吐かせりゃいいだろ。
おい、おとなしくしろ。さもないと――――」
『さもないと、全員なますに斬り捨てる』
少し高い、くぐもった声が割り込んだ。
兵士たちのものでは、ない。
エスカの正面向こうに……何かいる。
「き、騎士!?」
音もなく現れた、真紅の全身鎧。
その手には、身の丈ほどもある巨大な杖。
先端に……丸い大きな皿のようなものがついている。
兵たちが色めきだつ。咄嗟に魔法を構える者もいたが。
「やめろ逃げろ! こいつは騎士じゃなくて、こ」
誰かが言い終わる前に。
天から、幾百もの剣が降り注いだ。
貴族の私兵たちに、次々と突き刺さる。
彼らはあっという間に、剣が無数に刺さった前衛芸術のような物体に成り果てた。
エスカも身構えたが、彼女の元には一本も振ってこなかった。
鎧姿の者が右手に持つ、上端に大きな皿のついた長い杖。
その皿から、針山のように無数の剣が現れ、皿自体が高速で横回転を始める。
そしてまた剣が、今度は外壁上めがけて、放たれた。
大地を揺るがすような衝撃が連続する。
打ち上げられた剣は高空に到達し、放物線を描いて降り注いだ。
「おい!」
エスカは慌てる。万が一を考え、殺さぬように加減したというのに。
『……王国民の命は取りません。ご安心を』
しかし鎧の騎士から、抗議に先回りして返答がもたらされた。
確かによく見ると、貫かれた者たちは血も出ていない。
外壁上からも苦鳴が上がるものの……殺してはいない、ということだろうか。
魔法で剣を生み出しているのではなく、剣の形をした魔法、なのかもしれない。
だが構造式は見当たらなかった、はず。
そう、考えたところで。
エスカは王国に伝わる、一つのおとぎ話を思い出した。
それは国王ではなく、
王国国境線を真に決めているという、伝説の魔人たち。
「剣の魔法使い……」
エスカは身を起こし、改めてその鎧の人物を見る。
鎧は松明の炎に照らされて輝いている……のではない。
鎧そのものが、赤い光を放っていた。
音がしないのも道理。
金属の全身鎧に見えるそれは、魔法の構造式だ。
あまりに高密度で、隙間が全く見えない。
そして文字に見えないため、エスカにも魔法の解析ができなかった。
「国土の危機にのみ現れるという伝説の近衛兵、剣の魔法使い殿ですか。
しかし、それほどの事態でしょうか」
エスカは言葉を投げつつ足を引いて半身になり、長い裾の中で少し膝を曲げる。
敵ではなかろうが、目的が読めない。
だが赤い近衛はエスカの様子を気にも留めず、歩いて距離を詰めて来て。
『それは盾と鎧の役目。私は国土のために立ち上がる者の、剣』
ひざまずき、エスカに向かって頭を垂れた。
『“
僅かに覚えのある声の響きに、エスカの目が見開かれる。
『あなたに、我が剣を捧げに参りました――――エスカ様』
間違いない。
兜の向こうからエスカを見る、視線。
決して彼女を蔑まない、瞳は。
「……シフティ?」
頭部の構造式が解かれ。
少しそばかすの残ったメイドの笑顔が、現れた。
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