第23話 エスカの仲間たち【ジョン目線】
夜半。見張りを交代し、ジョンはファンクを伴って戻ってきた。
グレッソ氏とも十分に打ち合わせでき、明日の攻防戦での役割分担も確認。
有意義な夜を過ごせたと思っていたが。
「……おい、ジョン」
「……ああ」
正直、感涙しそうだった。ここまで良いことがあろうとは。
明日は幸運の揺り戻しで死ぬんではなかろうか? 場違いにも、そんなことが頭をよぎった。
岩に腰かけて外套にくるまり、彼らの主人、メイルが静かに寝息を立てている。
その腕の中には、エスカ嬢。
焚火を挟んで対面に座る、彼女そっくりな二人組は振り返り、口元に人差し指を立てて見せた。
ジョンとファンクは頷いた。だが火の番も必要だろうしと、そろりと近くの小岩に腰を下ろす。
「あの隊長が、こんな……」
ファンクの声が震えている。ジョンも鼻の奥がつーんとしてきた。
「ぇ。そこまでなの? メイルくん、顔はとてもいいじゃない」
黒い髪を巻き上げている少女が言う。確かメリー、だったか。
隣の短髪で眼鏡をかけている子が、マジック。男……らしいが、そうは見えない。
彼女たちは『ハッピー』という特殊な種族?らしい。皆、顔は同じだ。
「女性からも絶望的にもてないが、そもそも初対面の人から印象が良くない」
ジョンが正直に答えた。
「「あ~……」」
少女たちが何とも言えないような顔をする。
「年中あんな感じだったのか。そりゃ無理もない」
マジックの口元が皮肉げに歪む。
聞いたところから推測すると、二人はおそらくエスカ嬢とメイルの初対面の様子を知っているのだ。
自分たちもシフティに聞いただけだが……本当にやつは、先走りのし過ぎだと思う。言葉が足りないにもほどがある。
「二人の接触は俺たちも聞いてるけどね……あれはマシな方かなぁ」
「あれでとは。すごいわねメイルくん。よく生きてこれたわ」
メリー嬢はずけずけと言うが、正直なところジョンもそう思っている。
シフティやアルトの胃には、そのうち穴が空くのではないかと心配していた。
それがどうしてか、あの求婚事件を乗り越えて、二人の仲良さげな光景が目の前にある。
感無量だ。
「ある意味、エスカとはちょうどいいあんばいだったね」
マジックが、気になることを言った。
そういえば、ジョンたちはエスカ嬢自身のことはまだあまり知らない。
いい機会だし、聞いておきたいところだ。
「どういうことだろうか。いや、確かに似合いかとは思うが」
「エスカはね、人を見捨てないの。見放さない。ぜったいに、最後まで」
メリー嬢が、感慨深い様子で言う。
「ただその分、自分のことがおざなりだ」
「だから、不器用でまっすぐな彼くらいが、ちょうどいいのよ」
二人は少し、寂しげな横顔で語る。
それ自体は真実なのかもしれないが……どうにも、ジョンは腑に落ちなかった。
「ロイズではそんな様子だったのか? エスカ嬢は」
あの家で、軟禁されたような状態で過ごしていた、として。
彼女たちの言う人物像は、どこで発揮されたのだろう。
「ああ、もっと前のことなのよ。ごめんなさいね。
あの家でのエスカは……そうね。
ただ、幸せに過ごしていたの」
「幸せに? 良い扱いをされていたとは、思えないけど?」
ファンクが口を挟む。当然の疑問だ。
「エスカは文が書けていれば、それでよかったんだよ。
ほかに何もせず、ただペンを走らせられていれば。
あの家では、その望みが叶っていた」
マジックの回答を受け、ジョンはちらりと焚火の向こうを見る。
少しは肌艶が戻ったとは見えるが、エスカ嬢はまだ相当やつれている。
そこまでして、手紙を書き続けたかったのだろうか。
「人生、幸福だけではダメ、ということね。
エスカもそれは、わかっているみたい。
あなたたちや、彼のおかげよ」
ジョンとファンクは、顔を見合わせた。
自分たちは、まだほとんどエスカ嬢とは話してもいない。
大したことはできていないはずだ。
もちろんジョンは、自分のけしかけた求婚がエスカにどのような心境の変化をもたらしたか、知るよしもない。
二人が急速に向き合い、こうして寄り添えているのは、ジョンの功労であった。
「そちらも苦労しているようだ」
「まぁね」
メリー嬢とマジックが、穏やかに笑っている。
「せっかくだから聞いておきたいんだけど。お二人……というか、あなたたちのことを」
「あ~……『ハッピー』のことはダメ。言えないのよ、ごめんね」
「いや、そこはいいよ」
いいのかファンクよ。
「じゃあなに?」
「あなたたちにとって、エスカ嬢とは?」
「「すべて」」
二人躊躇いなく、声をそろえて即答した。
静かで力強い一言に、ジョンは目を見張る。
「『ハッピー』という枠組みがなかろうとも。
ボクら99人にとって、エスカとは光だ」
「この子のためなら、私たち文字通りなんでもしちゃうから。気を付けてね?」
獲物を狙うかのような、鋭い目を向けられて、ジョンはたじろいだ。
どう気をつけろというのか。
「肝に銘じておくよ」
ファンクが答えてくれて、ジョンは少しほっとした。
メリー嬢は、たまにちょっとこわい。
「ちなみに、そっちはどうなんだい? 君たちにとって、メイルご当主は?」
「英雄だね。いつもその勇気で、道を切り拓いてくれた」
「…………そうだな」
メイルは気弱で臆病で。
いつも緊張から、あれやこれやとやらかして。
そして大事なもののために、いつだって皆の前に進んで立った。
震え、足が竦もうとも。
「だから、助けになりたいんだ」
そんな彼の勇気に、救われてきた。
「なら、そろそろ休むと良い。地上戦は頼むよ」
マジックの言う通り、冒険者やジョンたちは地上の魔物が相手だ。
そして、メイルが空から忌避剤を撒き、マジックたちがそれをサポートする、らしい。
彼女たちの観測では、ドラゴンは明日、やってくる。
追い立てられるように、かなりの数の魔物も押し寄せるだろう。
「そちらは?」
「もう少し、エスカの寝顔を眺めてから寝るわ」
悪戯っぽくほほ笑むメリー嬢は、とても幸福そうだ。
「無理をなさらぬよう」
ジョンはそっと立ち上がる。
闇に弾ける炎の向こうを、今一度見て。
「じゃ、俺らは行くよ。おやすみ」
「「おやすみ」」
同じ声が重なり、彼らを見送る。
ファンクと並び、焚火のそばを後にした。
決戦に向け。
二人の従士は、静かな闘志に満ちていた。
「別に言ってもよかったんじゃないか? 僕らのこと」
「巻き込みたくないのよ。もちろん……今のエスカも」
「そこは同感だ」
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