第22話 エスカの魔法使い
辿り エスカたちが駆け付けたとき。
先行していた冒険者たちは、幸いにも損害軽微だった。
相当数の魔物の群れに囲まれていたが、よく持ちこたえていた。
魔物は銀の鬼がほぼ一掃し、残りもエスカやメリー、冒険者たちによって討伐された。
荷馬車も無事。肝心の忌避剤にも被害なく、日が暮れる前に目的地の小高い丘に辿りついた。
夜は魔物の時間だ。寝ずの火番を立て、一行は朝を待つことになる。
不幸中の幸いにも、夜闇を飛ぶ魔物はいないため、地上だけを警戒していれば済んだ。
予測では、ドラゴンがこのあたりに到達するのは……明日の午前だ。
皆、忙しなく働いている。エスカは、やることがなかった。
体も小さいので、野営準備などほとんど手伝えない。
一人での暮らしは長いし、雑用くらいはできるのだが、皆に「座ってろ(意訳)」と言われてしまった。
確かにエスカは平民ではないし、子爵たるメイルの婚約者。
立場を鑑みれば歓待される側であり、働くなと言われるのも無理はない。
だがこう……落ち着かなかった。多くの冒険者やグレッソ、従士たちと焚火を囲んで話す、メイルを見ていると。
さみしい。
「んんー? 浮かない顔ね、エスカ」
給仕を手伝っていたメリーとマジックが、戻ってきた。
二人、エスカが座っている小岩のそばに、それぞれ腰を下ろす。
「大したことではないよ」
「旦那様に構ってもらえないのは、大したことだろうに。エスカ」
囲んでいる小さめの焚火に枝を投げ込みながら、マジックがにやりと笑う。
「それはおおごとね」
メリーまでにやにやしだした。
同胞たちは少々、エスカのことを見透かしすぎではなかろうか。
あるいは、そんなにわかりやすい顔だっただろうか……エスカは片手で少し頬をぐにぐにしだした。
「だと思って、声かけてきたから……ほら」
エスカはメリーに言われるまで気づかなかったが、隣にメイルがやってきた。
目線の高さにあった膝が折れ、エスカのそばに彼が座る。
嬉しそうなメリーとマジックを見て、エスカは少し苦めの笑みを浮かべる。
「そんなにじろじろ見られたら、気が利くとも言えないね」
そして立ち上がってメイルの正面に回り、彼の前で腰を下ろす。
ちょうど脚の間に入り、彼に体を預けたエスカは、支えるように回された腕にすっぽりとおさまった。
「「ひゅー!」」「え、エスカ!?」
囃し立てるメリーとマジック。しっかり手を添えながら、動揺するメイル。
三人の様子に、エスカは少し楽しくなってきた。
「なんだ、不満か? メイル」
「いや、その。人も見ている、し」
「見せつけているというやつだよ。酌をされて困ってたの、見てたんだからな?」
冒険者は男女問わず、数十人いる。
昼間、魔物を薙ぎ払った鬼の騎士は、そりゃあもう大人気だった。
従士の補佐を受けながら、良い感じに歓待を受けていた。
「もとより、君は人気者だろうしな。無理もないが――――」
エスカはメイルの右腕を、抱え込む。
「疲れているところ悪いが、次は私に付き合ってくれ」
「ぉ……わかった」
メイルが頭上で首肯したのを受けて、エスカはマジックに目配せした。
マジックは肩掛けのカバンから、紙とペン、インク壺を取り出す。
そして手元が見える程度に、焚火に近づいた。
「……なにを?」
「メイル。昼間の魔法、構造式を出してくれ」
エスカの答えに、騎士の腕が、少し震える。
「ファンクたちの様子から察するに、制御困難なんだろう?
それこそ、味方を傷つけかねないほどに」
エスカがメイルの腕を、そっと撫でると。
彼は長く、息を吐いた。
「……今後は不用意に、使わないようにするよ」
「いや、使ってくれないと困る」
マジックが口を挟んだ。
「ドラゴンが出てくるのよ? メイルくん。あなたが頼りなの」
「そうだ。これは我々、『ハッピー』としての意見だ。
君の魔法構造式を改善してでも、備えたい」
メリー、マジックが告げる。
メイルが少し、下を向いたように感じて。
エスカは顔を上げて、彼に問うた。
「怖いのかい? メイル」
エスカの抱える腕の先で、メイルの手が握られ、力抜けて開かれる。
「……使うのも、使わず誰かが危なくなるのも、怖い。
幻滅したかい?」
「いいや? 私は勇猛な……騎士の君を求めてるわけじゃないよ」
エスカは上を見上げる。頭が、彼の胸元に触れた。
俯くメイルの瞳が、昏い闇の中、炎に照らされ、揺れている。
「では、僕は、君にとって」
エスカはその瞳に、かすかに怯えの色を見て。
限界まで手を伸ばし、そっと彼の頬に触れた。
「花の魔法使い」
エスカは目を細める。
メイルは目を見開く。
「庭も、茶も、君の成すものこそまさに魔法だ。
とてもとても、美しい。もっと私に、見せておくれ」
優しく言うと、メイルの瞳の揺れが強くなり、エスカは少々ぎょっとした。
男性の涙を見た経験など、ない。
少し頬から離れたエスカの手を、メイルがとって握った。
「ありがとう……エスカ」
一筋だけ流れ出たものを、彼はぬぐい。
瞠目し、深く息をした。
彼の意思に呼応し、周囲に四つの球体が浮かびでた。一つ一つが直系50cmほど。
びっしりと表面、そして中にも緑の光で文字が書き込まれた……魔法構造式。
魔力が形になったものだ。あといくつかの工程を経て魔法となり、力を発揮する。
「これはすごい……球型じゃないな、見た目と違って積層構造だ」
「え、ちょっと引くんだけどメイルくん。これ一人で使う魔法じゃないわよ?」
「そう、言われても。僕はこれしか使えなくて」
気になる言い方だが……専門家のマジックは、すごい速度で紙に魔法構文を書き起こしている。余裕がなさそうだ。
エスカは自分で少し、掘り下げて聞いてみることにした。
「メイル。この魔法は誰か他の者が、作ったということか?」
「……そうだ。僕はそれを、受け継いだだけ」
さすがに名前は出なかったが……きっと、もういない人なのだろう。
エスカは疑問を飲み込んだ上で、納得した。
他人の魔法だから、メイルに合っていないところがあるのだ。
執念すら感じるような編み込みようではあるが、今のメイルとは齟齬があるのだろう。
「できた。エスカ、これを。ご当主、もういいよ」
マジックが立ち上がり、エスカに紙束を渡す。
メイルが緊張をとき、体を弛緩させると、緑光の球体は四つとも霧散した。
エスカも肩掛けのカバンから、紙とペン、インク壺を取り出す。
壺を小岩のたいらなところに置いて蓋をとり、ペン先を少し浸す。
そろえた膝に置いた紙に、マジックの書いた式からまず解析情報を記していく。
「……? マジック。君が手直しするわけでは、ないのか?」
「僕は確かに魔法が専門。でも正直、情報の処理能力ではエスカに敵わない」
「エスカは魔力が構造式にならないから、魔法は使えないのよ。でもすごいんだから」
マジックは特殊な連結をされた構造式を紐解き、文章にまとめた。
エスカはそこからさらに、まず人が見てわかる内容に翻訳する。
そして魔法の設計、仕様、要求、思想を洗い出していく。
書いたものは端からマジックが受け取り、焚火にかざしている。
乾くのを待つ間にも、エスカのペン先は走り続けた。
恐ろしい速度で5枚ほど書き上げたところで、エスカはマジックからもらった紙束を返した。
代わりに、マジックが乾かしていた紙を受け取る。
新たにもう5枚ほど紙を用意し、今度は自身の起こした内容から、マジックが書いていたような平文構造式を綴っていく。
「っ。いま、魔法を作っているのか……!?」
内容を見てメイルが声を上げるが、口元で人差し指を立てるメリーたちを見て、押し黙る。
エスカはあっという間に魔法を書き上げ、さらに紙を追加。
内容は、教本のように丁寧な、説明書。
書いてから、また乾かしながら……内容を確認する。
問題は、なさそうだ。
都合七枚、小さな魔導書を作り上げたエスカは。
ペン先を紙で包み、インク壺に蓋をしてしまい。
立って、メイルを向き直る。
「そうさ。君の新しい魔法だ、メイル」
インクがなじんだ紙束が、メイルに渡される。
「我が花の魔法使いよ。君に翼を、与えよう」
じっと彼の瞳を見る、エスカに。
メイルは、力強く頷いた。
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