第21話 大きなエスカ
メリーが消えたことを不思議な感覚で知りしつつ、エスカは残機を減らし、復活する。
すぐに馬の近場から逃れ、街道向こうを確認した。
こちらの一群は皆、馬を止めている。彼我の距離は100mを超えるが、駆け寄る狼たちはすぐにでも飛び掛かってくるだろう。
不甲斐なくも死んでしまって申し訳ないが、まずは事態に対処し、後でメリーに詫びよう。
エスカは立ち上がり、息を整えた。
構える。
「エス「まぁ見てなよ、ご当主。ほら、エスカ」」
後ろで、馬を降りてエスカを止めようとしたメイルに、マジックが釘を刺している。
そしてエスカの頭には、何かがどすっ、と刺さった。
「「キノコ!?」」
エスカの頭に刺さったものを見て、ジョンとファンクが叫び声をあげた。
彼らの目の前で、エスカの体が大きくなっていく。
「でかくなるの!?」「どうなってるんだ!!」
文句を言われても困るのだが、エスカは3~4割ほど増しの体格になった。
着衣も体に合わせたサイズになる。これは魔法の作用だ。
キノコはたぶん、頭の中に飲み込まれて消えたはずである。
エスカが接種すると不思議な効果を発揮するものが、いくつかある。
これはそのうちの一つ、赤いまだら模様のキノコ。
マジックはこれを、ごく小さいものだが培養に成功していた。
体が大きくなったエスカのそばに、メリーがにゅるんと出る。
残機は増えていないものの、食物を摂取した扱いになるので、彼女が出てこれたのだ。
なお、メリーは小さいままだ。エスカはその頭を、そっと撫でる。メリーは嬉しそうに、目を細めた。
「1分だ。行けるか? エスカ」
大きさが足りない分、効果時間に限りがある。
その効果もただ、エスカの大きさをあるべきものに戻すだけ。
だが彼女にはそれで、十分だった。
「おつりがくるな」
メリーが少し、後ろに下がる。
エスカは肩にかかる後ろ髪を払い、不敵な笑みを浮かべて。
八匹のうち先行している四匹の魔物を、標的と定めた。
「一歩 ――――」
右足で石畳を踏み砕く。
刹那、彼女の体が霞み、消える。
エスカは走るのも、動くのも苦手だ。体が小さいのだから、無理もない。
だが投げに並んで、
特に、キノコによって十分な歩幅を得た、今の彼女なら。
その一歩、千里を渡る。
「―――― 一手」
駆ける魔物の群れのど真ん中に出現したエスカは、姿勢低く右手を払う。
ちょうど地面を踏みしめていた狼の左後ろ脚に、彼女の指がかかった。
エスカの膝が、その裾の下で揺れる。
脚を払われた魔物は、不思議な回転をしながら横に弾け飛んだ。
もう一匹狼を巻き込み、ミキサーにかかったように千切れていく。
「二足 ――――」
エスカが呟き、また消える。
遅れて、彼女のいたところの石畳が割れ砕け。
「―――― 二投」
二頭の狼の間に回り込んだエスカは、両の手でまた、その足を払う。
今度は打ち上がるように上空に跳ね上がり、魔物同士が衝突し、弾けた。
血しぶきが散り始める中、後続の残り四体にエスカは狙いを定める。
「「三速 ――――」」
声が、重なる。
メリーが踏み込んできて、エスカに並んだ。
二人、駆ける。
メリーの右手と、エスカの左手が、それぞれ魔物の前足を払う。
「「―――― 三転!」」
風を巻き、砲弾のように撃ち出された獣の体が、さらに二匹を巻き込んで砕ける。
一匹、賢くも逃げ延びたものがいたが。
突如後方から跳んできた銀の巨人が、その巨大な手で叩き潰した。
「メイル!?」「何使ってんだ! 二人とも逃げろ!! 暴れるぞ!!」
おっと、この白銀に輝くハイカラな鎧の鬼は、どうも旦那様らしい。
エスカは首を限界まであげて、その仮面のような顔を見る。
メイルはエスカ以上に、とても大きくなっていた。身の丈は5mに迫るだろうか。
仮面に、赤く不気味な双眸が輝いている。
エスカと、目があった。
「素敵な召し物じゃないか、メイル」
エスカからは見えないが、後ろから慌ててやってきた従士たちが……立ち止まったようだ。
皆が息を呑み、誰かが喉を鳴らす。
「先行の部隊はまだ戦闘中だろう。パーティに、行かなくてはならない」
エスカは赤い瞳の奥に、強い意思の光を見ていた。
彼を、信じていた。
そっと、右手を差し出す。
「エスコートを、お願いしても?」
巨人は――――血のついていない左手、その指先で。
エスカの手をとった。
その瞬間。
ぽんっ、と間抜けな音を立てて。
エスカは小さくなった。
「おっと。何て恰好つかない」
キノコの効力切れだ。
巨人は、顔の赤い光を瞬かせた後。
肩を震わせ、咆哮のような笑い声をあげた。
近くだとうるさいくらいだが、エスカもつられ、少しほほ笑む。
満足するまで笑ったメイルは。
エスカとメリーをその手で優しく掴み、立って自らの肩に乗せて。
前線めがけて、恐ろしい速度で走り出した。
「ちょっとなんで私までつれてくのおおおおおおおお!!??」
叫ぶ余裕があるなんてすごいなメリー、と思いながら。
エスカは体にかかる重力負荷で、死にそうになっていた。
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