第20話 エスカのいる国
あれから数日。
従士のファンクとジョンが戻ったため、皆で前線へ赴くこととなった。
一行は馬に揺られ、領境を目指している。
最初は視察と威力偵察のためだったのだが、事情が変わった。
彼らは今、マジックが魔法で存在を確認した、ドラゴンを追い返す作戦のために行動している。
風向きとドラゴンの経路を予測し、ちょうどいいところに忌避剤を撒くのだ。
14領すべてで忌避剤を撒くと、かえって大型の魔物の流入を招くため、これは禁止されている。
だが飛行する魔物は別だ。今回は対処のため、魔物の領域に進み出て、ドラゴンだけ追い返せるように撒くことになる。
その後は予定通り、流入する魔物の迎撃だ。
念のため王都に早馬を飛ばし、簡易ながら王家の承認を受け。
エスド子爵家は、冒険者ギルドとも連携しつつ行動を開始した。
そして現在。
行動は迅速を要するが、速駆けしなければならないほどではない。
街道を馬で半日ほど行けば、そのまま領の境から出て、目的の地点まで到着できる。
早朝に出たエスカたちは、ゆっくりと馬をすすめていた。
冒険者たちが先行しており、荷や忌避剤を積んだ馬車も連れている。
彼らに遅れること一時間ほどしてから、メイルたちが馬に乗って出発。後に続いていた。
メイル、ファンク、ジョン、そしてグレッソが手綱を握っている。
グレッソは冒険者たちの統率のためにも、同行することになった。
今はメイルたちと一緒だが、現場では冒険者側と行動を共にする。
そして戦力として、エスカ、メリー、マジックも一緒だ。
なおメリーは、エスカと同等のことができる。
メイルは組み手と称して、何度もメリーに転がされた。
エスカは、メイルと同じ馬に乗っている。
今日の彼女は、古いがお気に入りの動きやすい服を着て、ご満悦だ。
インク汚れをとってもらった服だ。いくらかの手紙も処置が済んで、読み返せる状態になった。
ほくほくのエスカがふと顔を上げると、ファンクの馬に乗るメリー、そしてジョンの馬に同乗しているマジックと目があった。
メリーも嬉しそうだが、マジックも目を細めている。
「不躾ながら、まずは合格といったところだな。ご当主」
何てこと言うんだとは思いつつも、マジックは宝物復元を褒めているのだと理解し、エスカは流した。
何せ、自分がまだまともに礼を言っていない。気持ちは伝わっているようだが、そこに甘えていたのだ。
藪蛇になるのでエスカが黙っていると。
「まだまださ。マジック嬢」
エスカの背後で答えるメイルの声は、どこか弾むようだった。
というか、口調が身内向けだ。
従士二人が目を剥いている。
「良き哉。ああだが、マジックと呼んでくれ。これでも元は、男でね」
「そうだったか。ではマジック、手紙の修繕に万全を期したいので、手を借りたい」
「いいとも。そのつもりで言ったんだ。汲んでくれて助かるよ」
マジックはすごいことを言ったはずだが、メイルは華麗に流した。
エスカは驚きの事実を知らされ、表情筋が固まった。
「そしてその作業の中で、見極めさせてもらうとしよう。
我らの中では君はそれなりの評価だが、僕はまだエスカとの仲に賛成というほどではない」
「それは、是非にご精査いただかなくては。よろしく頼む」
「……マジック。さすがに不遜だと思うが」
どうもマジックが男だというのは誰も突っ込まないようなので、エスカも忘れることにして。
メイルが気安いとはいえ甘えすぎだと、マジックに釘を刺した。
「わかっているとも。だが我ら『ハッピー』の最優先事項は君だ、エスカ。
そこは譲れない。たとえ国を相手することになろうとも、だ」
マジックの黒い瞳が、少し妖しく揺れている。
エスカは思わず嘆息した。
「そりゃ結構だが、備えなくそんなことをするのは止めてくれ」
「もちろん、やるとなったら準備して、勝つ気で挑むとも」
「そも、挑むまでもなく王国は瓦解しそうだけどねぇ」
メリーまで物騒なことを言い出した。
「ぇ、メリー嬢。さすがにそこまででは……」
「そうじゃなかったら今回みたいな横暴、許さないでしょうに」
「んぐ」
メリーに言い返されて、ファンクは口をつぐんだ。
「しょうがないんだよメリー。この国は人工国家だから、もろいんだ」
物騒ついでだと、エスカも話に乗った。
「人工……? どこが作ったの?」
「他所の国が寄ってたかって、だよ。南の魔物の領域に、蓋をしたかったんだ」
「その兆候は知っているが、嫌に断言するね、エスカ」
頭上からのメイルの声に、彼を見上げようとして……首が疲れそうなのでやめて、エスカは続きを話す。
「この国だけ、文明浸透が異常に悪い。貨幣を始めとしてね。
よその国はもっと発展している。別世界だよ」
「意図的にそうされている、ということか」
エスカは頷く。後ろのメイルも、納得しているようだ。
手紙で遠方ともやりとりしているエスカは、幾度も他国の様子が夢物語ではないかと思ったものだ。
だが商会や領の仕事の経験から、実はそうではないのだと知悉していた。
王国だけ、意図して発展を遅らせられているのだ。
そも、この国の発展度合い通りなら、手紙などこんな頻繁に出せるものではない。
紙はもっと貴重でしかるべきだ。
「だからこそ、もろい一方……こんな謀略はそうそう許されないんだけどね」
「蓋がなくなっちゃ困るから、ってことね?」
「そ。嫌な話だろう」
エスカの答えに、メリーは呆れた様子だ。
エスカは話を続けようとして……ふと、地平に嫌な影を見た。
嘆息し、メイルの握る手綱を潜る。
「他所の国は、あいつらが自国に来るのを、心底止めたいらしい」
そして、華麗に馬から降り、着地した。
エスカが見据えているのは、街道のずっと先。
目のいいエスカ以外にはまだ、豆粒ほどにしか見えていないが。
遠くから、8匹ほどの狼が駆けてきている。
「ま、魔物!?」
グレッソが驚き、馬を引く。
馬がいなないて足を上げ、おろした。
「ふぎゅる」
ちょうどエスカの頭上に。
「「「「あ」」」」
声が重なる中。
ファンクの前で、メリーがにこやか笑みを浮かべ。
光の粒子となって、さらさらと消えて行った。
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