第19話 エスカの戦力
打ち合わせは紛糾した。
明らかな人為が伺え、しかも狙いが王都とあれば。
ただ魔物に相対すればいいだけではない。検討すべきことが膨大になった。
様々な情報、憶測、見立て、考察が出た。
その結果決まった、ウィンド家としてやることは、二つ。
一つは、この件を方々に確実に知らせること。
もう一つは、エスド子爵領で魔物を食い止めることだ。
手紙の配達には冒険者の精鋭や、ウィンドの従士たちが当たることになった。
彼らの進捗を見つつ、魔物への対処も進めていくことになる。
だがあまり前のめりにやると、エスド領への横やりもあり得る。難しい状況だった。
ただ最も紛糾したのは、その点ではなかった。
前線視察へ向かうメイルに、エスカが同行しようとしたからだ。
メイルは反対した。グレッソは賛成した。そこから拗れた。
その問題は話し合っても決着がつかず、エスカの提案で一時休息となった。
皆が退室し、エスカも頃合いを見計らって部屋を出る。
中庭に来たのは、勘が働いたからだが……果たして、目的の人物が佇んでいた。
「メイル様」
背の高い彼も、遠めに見ると表情が伺いやすい。
だがエスカは手が届きそうな距離まで近づき、見上げた。
少し物憂げなメイルが、見下ろしている。
「エスカ嬢」
「納得いきませんか」
王国では、女性は低くみられる。
高い地位も、責任ある仕事も任せられない。
戦場に出ることなど、もちろんない。
メイルは騎士であり、貴族。
その価値観には、王国のそうした常識がある程度は染みついている……ように見えた。
エスカとしては理解はするが、戦力が少しでもあった方がいい今、ここは折れてほしいところだ。
彼はずっと、エスカを案じてくれている。それは嬉しい。
ただまだ、お互いに知らないことがある。そこが問題を生んでいるだけだ。
エスカはそれをメイルに教えようと、この休憩を提案した。
「……僕には、崩した話し方はしてくれないんだな」
そこで拗ねてんのかよ。
確かにエスカはグレッソに対しては砕け、メイルには丁寧に話している。
エスカは思わずひっくり返りそうになり、お望み通り苦笑いしてやった。
「なんだ。君はこういう方が好みか? メイル」
「とてもいいね」
素直に返されて、エスカはほんのり頬が赤くなり。
そしてそれ以上に……笑顔になった。
心を許されたような気がして、頬が緩むのが抑えられなかった。
(これがいいというのなら、少々荒っぽくいってやろう)
エスカは彼に、右手を差し出す。
メイルは首をかしげて逡巡した後、左手を出し、エスカの手をとった。
二人の手が、握り合う。
そしてメイルは、動けなくなった。
引けない、押せない、捻れない、逃げられない。
大男の彼が、小さなエスカに完全に押さえ込まれていた。
エスカが笑みを深くし、告げる。
「私は動くのが苦手でね、メイル」
エスカは旅する時であろうとも、長いスカートをはくことを好む。
めくれても中は見えないようにしてあるが、とにかく長い裾が重要なのだ。
その膝の動きを、見切られないようにするために。
「失礼するよ」
エスカは彼の手を掴んだまま、同時に六つの動きをする。
押して、引いて、捻って、巻き込んで、捌いて、流した。
メイルの巨体がたまらず横に三回転し、地面に叩きつけられた。
「自分が動かない代わりに、人を動かすことが得意になった。
これで受け身がとれるとは、さすがだね騎士殿」
褒められたが、メイルが受け身をとれたのは偶然だ。狙ってのものではなかった。
メイル自身は、未だに何が起きたのか理解できていない。
身を起こそうとしてふらつき、四つん這いになった。
「その姿勢はちょうどいいね。もう一度だ」
エスカは、メイルの袖を掴んで捻りあげる。
彼はエスカの上をまたいで、反対の地面に背中から落ちた。
シンプルに投げられたが、今度は受け身がとれず、メイルは肺の中の息を吐きだすことになった。
「というわけだ。特に、四つ足の獣は投げやすい。
私を連れて行っても、心配はないよ。メイル」
メイルは驚愕した様子だ。
だが不快という表情ではなく……不思議なものを見る目で、エスカを見ている。
彼が口を開きかけたところで。
「さすがの鉄壁の騎士様も、形無しですな」
グレッソとブロアが中庭に入ってきた。
窓から様子を伺っていたのかもしれない。
「私はエスカに、何度も助けられたクチでして。
女性だから戦地は危険だ、などと口が裂けても言えぬのです」
グレッソはにやり、としている。
かつて。エストック、エスカ、グレッソの三人で、南部地域を行商をしていたことがある。
そしてグレッソは、だいたいの戦闘ではお荷物だった。
エストックは魔法を得意とするため、エスカとエストックが主に魔物や賊の相手をしていた。
「納得した。ご忠告、痛み入る」
メイルが立ち上がる。エスカと二人、少々砂埃まみれだ。
「では召し変えて、会議の続きにしようか」
「あー……それもそうなのだが、エスカ」
メイルが、グレッソの後方を見て言う。
「彼女を紹介してほしい」
エスカの方からは見えなかったので、少し歩いて立ち位置を変える。
そして青くなった。
「やっほーエスカ」「来ちゃった」
髪の長いメリーに加え。
「メリー! マジックまで!? なんで出て来た!!」
エスカ以上に髪を短くし、こざっぱりして眼鏡をかけた者がいた。
「そりゃあ戦の話になるからさ。魔法を使える僕がいたほうが、よかろ?」
自慢げに胸を張る彼女の名は、マジック。
メリーに続いて出てくるようになった残機、『ハッピー』の一員だ。
◇ ◇ ◇
着替え、応接に戻ってきた。
今度はメリー、マジックも一緒だ。
『ハッピー』及び残機には、いくらかのルールがあるらしい。
残機10につき一人、同時に外に出られる人間が増えるのだそうだ。
メリーとマジック、両方が出るのに必要な残機は、11。
現在エスカの頭上に浮かんでいる数字は「x12」。
この短期間で、ずいぶんと増えていた。
毎日もりもりと食べているおかげだろう。
マジックは魔法に造詣が深いため、グレッソの最初の報せ以降、出てくるようになっている。
だが今日は、控えてもらうつもりだった。
エスカと旧知のグレッソは、同じ姿のマジックらがいては混乱させてしまう……そう考えてのことだったが。
「まーまー、そうぶすくれないでよエスカ。
現場に行くなら、今紹介しとかないとまずかろー?」
「そうよエスカ。第一、グレッソはあなたの体のことを知ってるじゃない」
「それはともかく、分裂したら驚かせるだろうが。自重しろ」
「お茶おいしー」「ほんとねぇ。染みるわぁ」
エスカが注意しても聞く耳持たず、二人はメイルが淹れたお茶を飲んでいる。
確かにグレッソは二人のことを大して気にしておらず、今はメイルの茶に夢中だ。
当のメイルは、マジックがメリーの同類だとわかると、せっせとお茶とお茶菓子を用意し始めた。
彼は『ハッピー』に対しては、丁重に接するつもりらしい。
それはとても嬉しいが、エスカとしては少々頭が痛い。この調子で増えていかれると、困る気しかしない。
額を押さえるエスカを見てとったのか、グレッソが口を開いた。
「エスカのことで、今更驚く私ではないよ。このくらいの芸当は、やると思っていた」
「さすがエスカ様です」
どこ理由でグレッソとブロウが納得しているのか、エスカにはさっぱりわからない。
もう理解を放棄して、話を先に進めることにした。
あとは前線視察のことがまとまれば、各自動くだけだ。
だがその前に、重要なことを確認せねばならなかった。
「だからって、今わざわざでてくる理由にはならないだろ。何があった、マジック」
隠れておいてほしいというのは、ちゃんと相談の上でのことだった。
それを破ってでも顔見せに来たということは、何かあってのことだろうとエスカは踏んだのだが。
マジックはカップを置き、眼鏡を少し指で上げ、茶菓子でもつまむように言った。
「まだ遠いが、ドラゴンが観測できたよ。たぶん、こっち来る」
いくつか、カップの割れる音がした。
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