第13話 急募・エスカの好感度を得る方法【シフティ目線】

 屋敷の一室に集まった、古くからウィンドに関わる五人。

 従士のファンクとジョン。執事のアルト、侍従長のケープ、そしてシフティ。

 皆、意気消沈していた。否、ジョンだけはりつけにされていた。


 別に誰かがそうしたわけではなく、ジョンは自ら懺悔し、皆の手を借りて、何かそうなった。

 彼は求婚を気軽に主人に勧めたことを、ひどく後悔していた。


「予想外でした。まさか、エスカ様の方の好感が、下に振り切れるとは」


 シフティは唇を嚙みしめる。


「俺らみんな、メイルのこと好きだかんね……」

「共に苦労し、彼のことをよく知っていますからな……」

「メイ坊のあれやこれやを思うと、ついひいき目に見てしまうわよねぇ……」


 彼らとしては、メイルは不器用で少々臆病だが、いざとなったときはとても頼りになるいい男なのだ。

 無意識に、花嫁も気に入ってくれると楽観していた。

 だが現実は厳しい。


「でも俺は思い出したんだ。あいつの第一印象、最悪だったって」


 磔のジョンが言う。

 その言葉にみなはっとし、そして深く頷いた。


 メイルは頭の回転が非常に速い。

 そのせいか、緊急時に言葉が足りていなかったり、行動が最適解に向けて直線的過ぎることがある。

 しかも弱気で臆病。初対面の相手には、とても緊張している。なので100%やらかす。


 結果、だいたいの人間は最初はメイルと衝突する。

 後になって思い返して、彼の行動を理解したりしなかったりするわけだ。

 ここにいるのは理解を示した者で。もちろん、そうでないものもたくさんいる。


 エスカはどちらか。そこに一斉に思い至り、一同はがっくりとうなだれた。


「エスカ様はメイルの行動を、いずれは正しく理解されるでしょう」


 手紙を書きながらシフティとの雑談をしていた際、エスカは僅かな情報から「誰がメイルにエスカを推したのか」を、全員正確に当てた。

 そして手紙の文章。ウィンドから出すということで内容を確かめさせてもらったが、知性と教養が相手に合わせて詰め込まれていた。

 もらった側はさぞ嬉しい手紙だろう。つい返事を書きたくなりそうだ。ウィンド家にここまでのものを用意できるものは、いない。


 シフティは、エスカの知性には全幅の信頼をおけると感じている。

 メイルの行動を、正しく理解してくれると信じられる。

 シフティからしても、あの時の彼の行動は少し不可解なところがあったが、それでも、きっとエスカなら。


「理解した上で、いいって言うかは別だよね……いや絶対言わないよねあれ。

 たぶん、分身の子、メリーだっけ? 彼女を粗雑に扱ったのがまずかったんだよね?」


 ファンクの物言いに、シフティは頷く。


 メリーのことは、メイルが倒れた後に改めて一同紹介を受けた。

 不死身で特殊な……分身能力がある。この点は、ウィンドの人間にとってさした問題ではない。

 メリーと、己の不死性ともども普通に受け入れられて、エスカは驚いた様子だった。そしてとても感謝された。


 後で目覚めたメイルにも念をおされたので、メリーは客分として迎え、丁重にもてなしている。


「でしょうね。とても大事にされているようでしたから」


 受け入れられ、抱きあって喜ぶ二人の様子を見た彼らとしては、もう本当にそういうしかない。

 シフティは頭が痛くなってきた。知らぬとはいえ、主人は地雷をすげー勢いで踏み抜いていた。


 もういっそエスカを主人として崇めたい。その方がきっと楽だしたのしい。仕え甲斐もありそうだ。

 良い人なのだが、たまに深刻にやらかすメイルは、少々支えるのが大変だ。

 エスカがそれに協力してくれれば、どれほど助かるだろうか……。シフティの思考は八方ふさがりの状況に、ぐるぐる回っていた。


 ほんと、ここからどうすればいいのだろう。


「……アルトさん、何かありませんか」

「残念ながら。時間をかけて、少しずつ改善するしか」


 誰とはなく、ため息が漏れる。


「逆にこう、刺激強めのことをやらせてみるとか」

「例えばなんです? ファンク」

「普通に二人を同衾させる」

「「「「却下」」」」


 メイルがやらかす未来しか見えない。ダメに決まっている。

 シフティは一瞬、ファンクも磔にしようかと本気で考えた。


 ファンクとジョンが共有した情報によれば、メイルはエスカにメロメロなようなのだ。

 最悪、思い余ってエスカに致しかねない。彼女は残機がある限り不死身という話だったが、あの体格差だ。ひどい結果になるのは目に見えている。

 肉体はもちろん、精神というか仲というか関係性というか、そのあたりが修復不能になるだろう。


「しょうがない。私が預かるわ」


 ケープが席を立った。


「何か妙案が?」

「ある。しばらくメイ坊借りるけれど、回せるかしらシフティ」

「しばらくとは?」

「場合によっては、ひと月はかかるね」


 シフティは黙考した。

 仕事は大丈夫だが……領主の手を借りられないとなると、決済や権限で問題が出る。


「代理印の使用が許されるなら」

「シフティではダメでしょうな。ただ、未来の奥方ならどうです?」


 アルトが乗ってきた。なるほど。


「良い手ですね」

「ああ、ならそうだ。婚姻の手続きを踏んでるんだ。正式に婚約者にすればいい」

「冴えてるねジョン! 書類ならあるんだ、婚約者なら代理もいけるでしょ」


 確かに、家同士が認めた婚約者なら、領主代理が認められるかもしれない。

 そういう慣習・前例があったかすぐには思い出せないが、調べてみる価値はありそうだ。


「決済はすぐ必要なわけではないですから、少し結論を待ってもらえますか?」

「あいよ。ダメなら言っておくれ。その時は、メイ坊にやってもらおう」


 シフティは力強く頷く。

 メイルはケープに預け、その間の領の仕事を滞らないようにしておく。

 エスカに応諾してもらえれば、あとは大丈夫だ。


 ん?


「これ、エスカ様にお許しいただけないと、通らないのでは?」

「「「「ぁ」」」」


 振り出しに戻ってしまった。

 果たしてあの小さな令嬢は、無礼を働いた主人との婚姻を、進めてくれるだろうか……。

 シフティは、胃が痛くなってきた。

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