第11話 エスカの旦那様はとても不器用【メイル目線】

 ロイズ男爵家からの帰り道。

 メイル一行は、街道沿いにあった町で宿を求め、泊まることにした。

 最初は馬を交換してこのまま走るつもりだったが、風上に濃い雨雲が見えていた。


 案の定、ひと心地ついたところで、強めの雨が降り始めた。


「…………もう少しだったが」


 雨の音を聞きながら、メイルが愚痴る。

 外はもう暗いとはいえ、雨さえなければ、なんとか領に帰れる距離だった。


「雨は無理だって。諦めてよ隊長」

「そうだ。そんなに新妻に会いたかったのか?」


 二人の従士が装備を片付けながら、気安い様子で主人にツッコミを入れる。

 メイルの従士を務める、ファンクとジョン。二人とも、長くメイルと戦場を駆けて来た部下であり、友だ。


 メイルは装備などない。

 すでにくつろいだ格好で椅子に深く腰掛け、暇を持て余している。

 彼は居心地の悪い思いをしながら、ため息をついた。


「早まって出て来てしまった。彼女に詫びねばなるまい」


 メイルはさる貴人らの勧めもあって、うるさい縁談の申し入れを断るために、エスカ嬢との婚姻に踏み切った。

 『不気味』『悪魔』『不死身』『化け物』。

 ひどい噂しか聞かなかったが、そんな者なら悪鬼と呼ばれる自分にも釣り合うのではないか、そう思ったのだが。


「あれ、隊長が本気だ」

「なんだ、理想の幼女だったりしたのか?」


 昔からの彼の仲間は、ある程度分かった上でメイルを幼女好きだとはやし立てる。

 彼は北の山脈に棲む小人コビト族に育てられたので、小さく強く理知的な人を好むのだ。

 なお、コビトからは絶望的にもてなかったので、メイルは理想が叶うことはないと諦めていたのだが。


 会ってみればどう見ても子どもで、これは実家に返さねばならぬと思った花嫁が……どうもあれで、妙齢の女性らしい。

 礼は美しく、瞳の奥には強い知性が伺えた。

 メイルは、この人だ、とそう直感し。


 そして激怒した。

 この可憐な人を飢えさせ、鞭を打った者がいる。

 とても許せるものではなかった。


「そうだな」


 軽口にも乗ってこない上司を見て、ファンクとジョンは引いた。


「改めて、二人には礼を言っておこう。僕が一人で行っていたら、大変なことになるところだった。

 なのに、無事に婚礼の手続きまで済んだ。ありがとう」


 メイルの言うように、二人は彼が飛び出した直後、執事のアルトの手配で主人を追いかけて来た。

 そうして、ロイズでの彼の行動を補佐していた。二人は戦働きはもちろん、事務から諜報まで何でもこなす。

 ロイズ邸では喋るのは貴族のメイルだったが、従士たちのサポートもあって、穏便にことが済んだ。


 そんな能ある従士二人は……慄いた。メイルは普段、臆病な内面を隠すために、強気に振舞う。

 これはウィンドの長としての指針なので、本人を含めて周りは皆納得づくだ。

 ゆえにこそ、他人の前で簡単にとる仮面ではない。


 それが、素直に頭まで下げ始めた。


 これは茶化せないやつだ。できる従士たちは頷き合って、方針を変えた。

 この不器用で一言足りない系上司を、きちんと軌道修正しなければならない。

 まだ見ぬ新妻のためにも、また友のためにも、二人は骨を折る腹積もりを決めた。


「いいっていいって。隊長が落ち着いた方がうちとしても安泰だしね」

「だが俺たちが手伝えるのはここまでだ。もちろん、王都には同行するが」

「ああ。教会で祝福を受けねばな」


 高位貴族ならばともかく、子爵男爵程度ならば、婚姻も簡素なものだ。

 幼い年ごろの者同士でもなければ、婚約を結ぶこともない。

 両家が慣例に従って合意に至れば、あとはクロム聖教会に祝福という名の承認を受ければ夫婦となる。


 ただ。争いが多く、荒廃しがちなこのクロス王国南部には教会がないため、王都まで出向かなくてはならない。

 少なくともエスド子爵ごときには、王都から教会の人間を呼びつけるような力はなかった。


「それもあるけどさぁ。さっきの隊長のに戻るけど」


 メイルの肩の力が抜けたようなので、ファンクはまた軽い調子に戻った。


「詫びるっつーか、ちゃんと大事にしてあげなよ?」

「大事に。例えば?」


 メイルには、女人相手の心得などなかった。

 ファンクは初対面の女性に緊張してやらかす主人のこれまでの行状を思い出し、思わず眉間をおさえた。

 ジョンは一考し、真面目に答える。


「いいと思ってるならちゃんと伝えたらどうだ、メイル。

 いっそ改めて求婚してもいいんじゃないか?」

「なるほど……」


 ジョンはいいことを言う。メイルは友の金言を胸に刻んだ。


「その辺もそうだけど、普通に、至れ尽くせりした方がいいんじゃない? まずはさ。

 実家、あんま良くない感じだったし」

「……ああ」


 ファンクの当たり前の指摘に、メイルは重く頷く。


 この点は、三人それぞれが感じていた。

 ロイズ家は、主人も使用人も、愛想はいいがよそよそしい。

 特に従士二人がエスカのことをそれとなく聞いたときには、ほとんど反応がなかった。不気味だ。


 ロイズ当主のエストックは、際立って胡散臭かった。

 直にエスカを見ていたメイルは、特に強くそういう印象を受けた。


「あの金貸し当主、ご令嬢のこと下げに下げてたし。実際にエスカ嬢を見た隊長としては、そうじゃないんでしょ?」

「ああ。愚鈍な娘などでは決してない。作法にも通じているようだった」

「ということは、『社交にも出せないような、愚かで器量のない娘』という評は」

「逆だ。外にも出さず、軟禁していたと見るべきだ」


 ジョンに向かって、メイルは断じる。

 まだ多少目が曇っていそうではあるが、普段の調子が出て来たと従士たちは感心し、安心した。

 メイルは少ない情報から、事の本質を言い当てる。彼は俯瞰的、客観的、多角的視点に優れていた。


 メイルは脳裏に、一目見たエスカの姿を思い浮かべる。彼女はあまりにも細く、小さい。

 簡単に手折れてしまいそうで。否、すぐにでも儚くなってしまいそうで。

 それはきっと、あそこでずっとひどい扱いを受けて来たせいなのだろう。


 それを思うと。

 メイルは自分の空回りが、情けなく感じた。


「そんな中でも、光を失わなかったんだ。僕では釣り合わないくらいに、素敵な人だよ」


 従士が顔を合わせ。

 ファンクは肩を竦め、ジョンはため息をついた。


 敵からは鬼、味方からは鉄壁と呼ばれた、若くも名高き騎士メイル。

 共に地獄を生き抜いてきた男が、完全に参ってしまっている。


「わかった。早く休み、早朝に出よう。なら午前のうちにつく」

「俺は少しこの周りのこと聞いてくるよ。近道があるかもしれない。

 街道は水はけが悪そうだったし、念のためね」


 メイルは友の思いやりに、少し頬が緩んだ。


「恩に着る」

「次は俺らの嫁さん探してよ」

「それはアルトさんかケープさんに頼めよ」

「おっとジョン、わかっててもそれは言っちゃだめだろ」


 ファンクは雨よけの外套を取り出し、二人に笑顔を向けてから部屋の扉を開けて出て行った。


「僕が言わないでも探してると思うけどね、あの二人」

「違いない」


 長く世話になっている、今は執事と侍従長におさまっている二人を思い出し。

 残された主従は少し笑い合った。


 暗い中。ゆっくりと雨が、上がろうとしている。



 従士たちは主人の直情傾向を、たいそう甘く見ていた。

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