003 初めてのお買い物

 俺はスマホのことをよく知らない。

 基本的には天気予報と時間の確認でしか使わないから。

 それ以外の用途なんて、まとめブログとトゥイッターを覗く程度だ。


 だから、〈ガラパゴ〉がこの島に来てから入ったアプリとは知らなかった。

 どうやら俺だけではなく、全員のスマホに入っているらしい。

 スマホ依存症の女子達は一瞬で気付いたそうだ。


「急に追加されてたからビビったよねー」


 波留がジーッと俺のスマホを眺めている。


「ていうか、藤堂のスマホってアプリ少なくね!?」


 波留とは反対側、左斜め後ろから千草が覗いてくる。


「写真の加工アプリとか何もないんだね。ゲームも殆どないし」


「なんのためのスマホだ! おじいちゃんかよ!」


 波留は自分のツッコミでゲラゲラと笑っている。

 千草も「それは言いすぎ」と言いつつ笑いを堪えきれていない。


「それより、藤堂のスマホでこの謎アプリを起動してみない?」


 由衣が提案する。

 彼女らは今まで〈ガラパゴ〉を起動できずにいた。

 ウイルスだったらどうしよう、と不安になっていたのだ。


「俺を人柱にするわけだな」


「藤堂はあまりスマホにこだわりなさそうだし、それにアプリの通知があったのは藤堂のスマホだからね」


 由衣がすまし顔で言い放つ。

 彼女はなかなかのリアリストのようだ。


「それもそうだな」


 俺は由衣の言葉に従い、〈ガラパゴ〉をタップする。

 読み込み時間もなく一瞬で起動した。


 パッと見は通販サイトのようなデザイン。

 色々な商品が並んでいて、その下に価格が記載されている。

 価格の単位は「円」ではなく「pt」だ。

 商品のジャンルは左にあるサイドメニューから選ぶ模様。


 画面の上部には5つのタブがある。

 タブの項目は「購入」「販売」「クエスト」「フレンド」「履歴」だ。

 起動時に開かれているのは購入タブ。


「なにこれ? 通販サイト?」


 波留が首を傾げる。


「なんかamozonみたいだね」と千草。


「タイムセールと令和最新版モデルがあれば完璧だね」


 淡々とした口調で由衣が言う。

 波留と千草は声を上げて、俺はクスリと静かに笑った。


「アモゾンはおいといて、これ、どうすればいいんだ?」


 俺は由衣にスマホの画面を見せて尋ねる。


「何か通知があったわけだから、とりあえず〈履歴〉じゃない?」


「なら履歴を開くぜ」


 履歴タブをタップしてみる。

 画面に次のようなログが表示された。


=========================

ホーンラビットを倒した:10,548ptを獲得

クエスト『動物を狩ろう』をクリア:10,000ptを獲得

=========================


「ホーンラビットって、さっき倒した角ウサギのことか」


「藤堂君、ウサギを殺したの?」


 驚いた様子の千草。

 もしかするとドン引きしているかもしれない。


「しょ、食料にしようと思ってな」


「…………」


 千草は何も言わない。

 波留と由衣がジーッと俺を見る。

 やはりウサギ殺しの罪はまずかったか。

 と思った、次の瞬間。


「「「さすが!」」」


 3人は声を揃えた。

 どうやら問題なかったようだ。安堵した。


「で、そのウサギは?」と由衣。


「いきなり消えたんだ。で、〈ガラパゴ〉が通知音を鳴らした」


 俺は〈ガラパゴ〉の画面をくまなく眺める。

 ポイントを獲得したとのことだから、どこかに残高が表示されているはず。


(あったあった)


 ポイントの残高は右下の隅に表示されていた。

 俺は20,548ポイントを所持しているようだ。


「たぶんこのポイントは買い物に使えるんだよな? 〈購入〉にある商品の」


 同意を求めるように女子達を見る。


「そんな感じっぽい」と波留。


「雰囲気的にそうだよね」


「私もそう思う」


 千草と由衣も頷いた。


「クエストってなんだかゲームみたいだね」


 由衣が上のタブにある〈クエスト〉をタップ。

 しかし、何度タップしてもアプリは反応しない。

 見かねた波留と千草もタップするが、結果は同じだ。


「もしかして〈クエスト〉は未実装なのかな?」


 そう言って俺が〈クエスト〉をタップすると、普通に反応した。


「俺だけが操作できる……。俺のスマホだからか?」


「そんなシステム聞いたことないって! たまたまっしょ!」


 波留が即座に否定するが、由衣はそれに同意しなかった。


「試してみれば分かるよ。私達も自分のスマホで〈ガラパゴ〉を開いてみよ。あ、でも、波留か千草は開かないでもらえる? もしもこのアプリを開いたことが原因でスマホが壊れたら困るし。緊急時に備えて一人は様子見で」


「なら私は安全が確認されてから開くよ。人柱の諸君、頼むよ!」


 波留が様子見枠に立候補。

 千草と由衣は自身のスマホで〈ガラパゴ〉を開く。

 それから互いに操作可能かを確かめあった。


「藤堂の言う通りみたいね」


 検証の結果、スマホの所持者以外は〈ガラパゴ〉を操作できないと分かった。


「折角だしこのポイントで何か買ってもいい?」


 俺は〈購入〉画面を見せながら尋ねる。

 彼女らが検証している間に、買いたい物を決めておいた。


「別に問題ないと思うけど、買ったらどうなるんだろうね」


「目の前に出てくるんじゃねー?」


 波留がふざけた調子で言う。

 千草は「ありえそう」と真顔で頷く。

 波留は「冗談に決まってるっしょ」と大笑い。


(なんで波留コイツはこの局面で底なしの明るさなんだ……)


 俺は波留の神経を羨ましく思いつつ、目当ての物を購入する。

 購入自体は通販サイトと同じ要領でスムーズに行えた。


 購入が終わると、唐突にカメラが起動する。

 画面上部には『商品の配置場所を選択してください』の文字。

 困惑する俺に、背後から千草が言う。


「撮影ボタンが配置ボタンになってるよ」


 言われて気付いた。

 普段は何も書いていない丸ボタンに「配置」と書いてある。


「マジで『配置』を押せば買った物が現れそうだな」


 俺は女子達に向かって尋ねる。


「押すぞ? いいか?」


 3人は唾をゴクリと飲みながら頷く。

 強烈な好奇心と緊張感に包まれながら、俺は配置ボタンを押した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る