002 ググった知識でドヤ顔ですよ

 俺のクラスカーストは下の中くらいだ。

 イジメは受けていないが、相手にされることもない位置。

 どういう人間かを一言で表すと「地味」に尽きる存在だ。


 そんな俺が話しかけたわけだが――。


「よかったぁー! 他に人がいたよ!」


「私達だけじゃないって分かって安心したね」


「声を掛けてくれてありがとうね、藤堂君」


 ――クラスカースト上位の女子達は快く受け入れてくれた。

 現状に不安なのは向こうも同じだったようだ。


「藤堂、他に誰か見てない?」


「いや、見てないな。栗原を捜しているの?」


 そう尋ねてきたのは俺と同じ3年1組の桐生きりゆう

 茶色のミディアムが特徴的なグループのムードメーカーだ。


「そうなの」


 波留の隣に立っている黒いセミロングの女が頷く。

 この女子グループの中で最も背が低いみねぎしぐさだ。

 背は最も低いが、胸は最も大きい。

 俺のことを「藤堂君」と呼ぶ唯一の女で、同じく3年1組。


「藤堂君はこの辺りで目が覚めたの?」


「いや、俺は海辺。あっちの方に歩くと森を抜けられて、そこに海がある」


「海辺で目覚めたのに森へ入ってきたんだ?」


 千草ではなく、づきが尋ねてきた。

 いつ見ても毛先が顎のラインで綺麗に揃っている。

 しかも色はワインレッド。

 彼女は3年2組の生徒だけれど、面識があった。

 2年までは同じクラスだったからだ。


「一人だと不安でな」


「あー、それな!」と波留が頷く。


「今は猛獣に襲われないか不安だよ」


「ちょっと、怖いこと言わないでよ、藤堂君」


 むすっとした千草に睨まれる。


(どいつもこいつも飛び抜けて可愛いよなぁマジで)


 彼女らは学年でも屈指の人気を誇っている。

 その人気を裏付けるように、揃いも揃って可愛い。

 こんな容姿なら人生はベリーイージーモードだろうな。


「ところでさ、藤堂」


 由衣が上目遣いで見てきた。


あゆと合流したいんだけど、何か名案とかない?」


 くりはらあゆのことだ。

 彼女らは普段、歩美を含めた4人でつるんでいる。


「えっ? 俺に訊くの?」


「私らだけだとお手上げだから、何か案があれば教えてほしいなって」


 分かるかよそんなもの。

 そう思ったが、そうは言わなかった。

 可愛い女子達を落胆させたくないからだ。

 だから俺は知恵を振り絞った。全力で。


「どこか目印になるような場所で待つってのは?」


「目印になるような場所なんかあったかなぁ」


「ないなら目印を作るとか。例えば狼煙のろしを上げたり」


「それは名案だけど、そんなことできるの?」


「できるよ」


「「「おおー!」」」


 女子達が目を輝かす。

 俺は心の中で「やべぇ」と叫んだ。


(見栄を張っちまったぞ、おい!)


 本当は狼煙を上げる方法なんて知らない。

 そもそも火の熾し方を知らないのだ。

 しかし、「実はできません」とは言えない。

 貫くしかなかった。


「それなら川で狼煙を上げよう。私達、藤堂と合流する前に川を見つけたの。そこだったら狼煙用の焚き火が木に燃え移らなくて安心でしょ?」


「由衣は賢いなぁ!」と波留が声を弾ませた。


「そ、そうだな、そうしよう」


 俺は引きつった笑みを浮かべる。

 こうして俺達は川へ向かって歩き出した。

 道中、俺はスマホで火の熾し方を調べまくった。


 ◇


 目的の川辺に到着。

 勝手に小川を想像していたが、幅10mはありそうな立派な川だった。

 川の水は透き通る綺麗さで、そのままでも飲めそうに感じる。


「喉からからだしこの水を飲もーっと」


 波留が川の水を手ですくう。

 俺は慌てて待ったをかけた。


「そのまま飲むと腹を下す恐れがある」


「えっ、そうなの!?」


「知らない水を飲む時は煮沸消毒が基本だ」


「「「おおー」」」


 女子達が感心する。


「藤堂って詳しいんだね」


「サバイバルの基本さ」


 本当は先ほどまで知らなかった。

 火の熾し方を調べる過程でサバイバルの知識を身につけたのだ。

 もちろん上辺だけの知識だが、そのことは口が裂けても言えない。

 俺はサバイバルに詳しい男を演じきる覚悟を決めた。


「じゃ、火を熾すぜ」


「なんか頼もしい」


 千草が拍手する。

 波留と由衣も「うんうん」と頷く。


「藤堂と最初に遭遇したのは当たりだったなぁ!」


 波留が嬉しそうに言った。

 つい反射的に「遭遇って言葉はだな」と指摘したくなる。

 だが、寸前のところで思いとどまることができた。

 細かい言葉の指摘なんて嫌われるだけだ。


「火を熾すには材料が必要だ。三人は手分けして小枝や枯れ草などを集めてきてくれないか。俺も火熾しに必要な木を調達するよ」


「木で火を熾すって……もしかして、棒を回転させるアレでやるの?」


 由衣が左右の手を合わせて前後に擦る。

 木の棒を回転させているイメージだろう。


「その通り。きりもみ式って言うんだぜ」


 ググった知識をドヤ顔で披露する俺。


「「「おおー!」」」


 これまた歓声が起こる。


「藤堂君って、無人島生活の経験でもあるの?」


「学校じゃいつも寝てるって印象だったけど」


「すげーじゃん! なんか頼りになるぞー! 藤堂!」


 女子のテンションは上がる一方だ。

 それに比例して俺の心臓は張り裂けそうになっていく。

 これが退くに退けない戦いってやつか。


「別に。ただの素人だよ。じゃ、行動開始」


 俺の指示に従う女子達。

 それはなんとも不思議な光景だった。


「あとは本番で成功させるだけだな……」


 俺は良い感じの木の板と棒を集めて、その時に備える。

 川辺の砂利道に突っ立って目を瞑り、何度もイメトレを繰り返す。

 大丈夫。できるはずだ。縄文人にだってできたのだから。


「キュイー」


 動物の鳴き声が聞こえた。

 目を開けると、目の前には頭に角の生えたウサギ。


「これは……チャンス!」


 このウサギを狩って食料にしよう。

 ウサギ程度なら杖で殴り殺せるはずだ。


(火熾しに加えて食料の調達もしたとなれば……爆上げだろ、俺の好感度!)


 ここまで来たら突っ走るしかない。

 サバイバルの達人になりきっている俺は、それらしい行動に徹する。


「おらぁ!」


 まずは足下に落ちていた石を角ウサギに向かって投げる。

 驚いたことにこれが角ウサギの顔面に命中した。


「キュイィ……」


 角ウサギの動きが鈍くなる。

 俺は杖として使っていた木の棒を両手で持つ。

 背後から近づき、角ウサギに叩きつけた。


 角ウサギは一撃で死んだ。

 四肢を広げて地面にへばりついている。

 内臓などは飛び出していないものの、グロテスクな光景だ。


「このままだとドン引きされるな。川の水で洗うか」


 女子達が戻ってきつつある。

 俺は慌てて角ウサギの死体を持ち、川へ向かおうとする。

 だが、俺が掴んだ瞬間、角ウサギは忽然と消えた。


「はっ?」


 滑り落ちたとかではない。

 死体自体が完全に消え失せていた。

 角ウサギの存在がどこにもないのだ。


「なんぞ!?」


 驚いていると、俺のスマホが鳴りだした。

 電子マネーをチャージした時のような「チャリーン♪」という音。


「なになに、ライン?」


 波留が近づいてくる。

 その後ろには千草と由衣の姿も。


「いや、違うようだ」


 俺はスマホを見ながら答える。


「こんなアプリ入れてたかなぁ」


 どうやら〈ガラパゴ〉というアプリが通知を出したようだ。

 自分のスマホなのにもかかわらず、俺はそのアプリに覚えがなかった。

 すると、横から俺のスマホを覗いていた波留が声を上げる。


「それ謎アプリじゃん!」


「謎アプリ?」

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