7.恐怖の少年と覚悟の少女



(カーボ視点)




(また、朝が来る。


 退屈だ。)


 姉ちゃんが死んで、10年経った。

 俺は未だ、この国にいる。


 色褪せて、意味も無いような日々をただ過ごしている。


 なぜか、肌寒い。

 それは、怖いからだと思う。


 このまま、何も得られずに死んでいくのが。

 何もできないまま、誰も応えてくれない自分が怖いのだ。


(助けが、欲しい)


 そう思いながら、窓から外を見た。



 今、この国は魔力器官による差別がより強くなっている。

 騎士団長が死んだことで、あの王の権力が弱まり、次の王に交代したからかもしれない。

 国民を一番に思っている善君だった、と言われている。

 俺にとっては姉を殺した存在だが、仕方なかった、と思う。

 

 もう、諦めてしまった。


 騎士団長を殺した魔法使いが何たらとか、魔力器官が歪んだ弟が何たらとか———

 そんな噂を聞くごとに。


 どうせ、この世はそんなものだ、と思うと。


 姉ちゃんも、知っていたんだろう。

 だから、魔力器官を遺してまで俺を守ろうとしてくれたんだ。


(もう、嫌だ)


 そう思いながらも、死ぬことはできない。

 自分に幻視の魔法をかけて、食料を買いに外に出た。


(———寒い)


 ずっと、姉ちゃんを求めている。


 頼りない自分を、唯一支えてくれた存在を———



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(はじまりの神視点)


(…危なかった)


 実は、封印をかけられている間、はじまりの神は起きていた。


 はじまりの神は、特別な存在。

 意識が、魔力器官の奥深くにある。


 だから、スリープの効果はそれほど届かなかった。


(一瞬眠りかけたが、なんとか大丈夫だったな)


 どちらかというと、魔力器官の大半を奪われたことによって、自我がまた消失しそうになったことの方が怖かった。


 魔力器官に眠る残滓が大きくなって意識を取り戻したのが、このはじまりの神だ。

 逆に言うと、魔力器官を奪われると意識が消失する恐れもあった。

 すんでのところでスリープをかけて魔法を中断できたのだ。


 そして、はじまりの神は笑った。


(さて、まずはこの封印を解除して、外に出るとするか)


 しかし。


(魔法が、使えない!?)


 封印には、「解けるまで眠り続ける」という効果のほかに、もう一つ効果があった。

 それは———


(この封印の中に居る存在は、封印の中心に近づくごとに魔法が使い辛くなるのか)


 魔法の阻害。

 王国の中心地でなされた封印は、封印されている存在の魔法行使を妨げる。


 しかし。


(それならば、遠くで何らかの魔法を使って、それで封印を解除すればいい話だ)


 はじまりの神の力なら、自らから離れたところで魔法を起こすことができるのだ。


「見つけた」


 遠くに、多くの人間を見つけて言った。


「≪創造魔法:ドレイン≫」


 王国の外の人間から、魔力器官を抜き取った。

 そして、


「≪創造魔法:ドミナント≫」


 人間たちを魔物にしてから、支配し、命令した。


「魔力器官を持つ存在を滅ぼし、王国の中心にある我の封印を解け」


 こうして、王国の敵である魔物は生まれた。


 魔物は封印を解くために王国を攻め、王国は魔物を倒す。






 こうして、数百年が経った。


 ライリーはまだ眠り続けている。


「くそ、人間どもが」


 人間から吸収することで大きくなっていった魔力器官を使ってどんどん魔物の数を増やしたが、人間も発展していったために魔物が封印までたどり着くことはできなかった。


 魔力器官を奪うのは難しいのだ。

 弱い人間しか魔物にすることができない。

 そのため、強い魔物を造ることができなかった。


 更に、結界ができ、魔物を増やすのが難しくなった。

 王国の中では、魔法が使い辛いのだ。


「直接封印を解ければ良いが、そんな方法は…」


 その時、結界付近で、魔力器官を失った二人の強者の死体を見つけた。


「騎士団長…こいつは強い。いい魔物になりそうだ。


 その上、そいつよりも強い魔法使い…こいつは封印を解除した後に使うとしよう」


 はじまりの神は、全力で彼らを支配し、魔物にした。



 そうして、はじまりの神は騎士団長を封印の地まで潜り込ませて、封印を解除した。



「…これで私の勝ちだ、ライリー」


 しかし、はじまりの神は気づいていなかった。


 騎士団長に、まだ少しだけ、魔力器官が残っていたことを。

 死んだ目に、光が灯った。


「≪創造魔法:ノックアウト≫!」


 状態異常系の魔法。対象の意識を刈り取り、運が悪ければ即死させる魔法。

 はじまりの神に対して、効果は薄かったが———


(———意識が)


 それでも、はじまりの神の意識が途絶える。


 さらに、騎士団長の魔法ははじまりの神だけを穿っていた。

 神業と言ってもよいほどの魔法。

 一度死んでも、その強靭な意志のみで放った魔法、


 それにより、数時間の猶予ができた。


 それと同時に、ライリーが目覚める。


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(ライリー視点)


(あ……)


 目が、覚めた。


 それと共に、感じた。

 自分からおぞましい瘴気が出ていることに。


 はじまりの神が、自分の中で眠っている。


(封印が解除されてるのに、はじまりの神が眠っている...?)


 意識がはっきりとしてきた。

 目の前を見る。


 すると、


「あ、がぎぐ、げ」


 ぼろぼろの、赤い魔物が居た。



 ライリーは知らない。

 これが、騎士団長であると。



(なんで、魔物がここに!?)



「メ、女神様」


 魔物が、喋った。


「生キテ、クダサイ」


 それは、途轍もなく強い信仰と、デアスの願いの結果であった。


 ライリーは彼を見つめると、言った。



「ごめん」


「私は、死なないと」


 魔神が目覚めようとしているなら、自分もろとも死ねばいい。

 既に、覚悟は決まっていた。

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