6.忘却の少年と眠りの少女

 何故だか分からないけど、吐き気がするような怒りが俺を包んだ。


 それを抑える気は無かった。

 当然だ、愛する王女が死んだのだから。


「国民よ」


 俺は王女の国の民に問いかけた。そして、そのまま言った。


「王女が、敵国の神に呪い殺された。この仇を取りたい者は、俺に命を捧げろ」



 ———この戦争は、邪神戦争と呼ばれることとなる。


 創造神・デアスを陥れようと、邪神・カイが虚言を吐き、国民の魔力器官を吸収して力をつけた、と言われている。


 ああ、その通りだ。


 "家族"を奪ったあいつを殺す。


 そうすれば、理想の世界が創れる。


 ———もう誰も奪われたくないから。



 激情が俺を支配していた。


 それのせいか、創造魔法が使えるようになっていた。

 もう、遅いのだけれど。


 俺は国民の捧げる魔力器官を更に更にと吸収し、強くなった。

 それとともに、意思もより強く荒れ狂うように感じた。


 魔力器官を"奪う"ことは難しい。

 生物が無意識的に使っている、維持の魔法にレジストされるからだ。

 しかし、それを解いて自ら魔力器官を捧げようとするなら、それを吸収するのは簡単だ。


 ———王女のやつ、慕われてたんだな、と思った。



 魔力器官を失って動かなくなった人間に、魔法をかけてみた。

 そうすると、赤く変色し、姿を変え、別の生物の形となって動き出した。


 意思が消えているのか、その言動はぐじゃぐじゃで、何を言っているのか分からなかった。

 魔力器官が意志の根源だからだろう。


 そいつらを俺は"魔物"と名付けた。

 魔物は他の生物を襲う。

 多分、本能的に魔力器官がある存在を狙っている。

 失った魔力器官を再び得て、"生きよう"としているのだろう。


 自我を失っても、デアスの意思だけは持ち続けているのか。

 哀れだなと思った。


 もちろん王女は魔物になんかせず、でも触れるのが怖くて、保存の魔法をかけてベットに寝かせたままにしていた。


 魔物は何故か分からないが、デアスやライリーの居る方向へと進んでいく。

 俺も進んだ。


 この力と意志があれば、あいつも殺せる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「≪創造魔法:シャドーアロー≫」


 デアスの胸に魔法が刺さる。


 意外と強かった。しかし、勝った。


「なあ、デアス」


 最後に聞きたいことがあった。


「なんで、家族じゃないって言ってくれなかったんだ?」



「…もしかして、知っていたのか?俺たちに血が繋がっていないと…」


「ああ」


「…それは、怖かったからだ」


 怖かった?


「お前が、俺たちに愛想を尽かすのが」


 なんだよそれ、先に捨てたのは……!


「カイ、多分お前は自我を失ってもう聞こえないかもしれない。


 けれど、聞いてほしい。


 俺はお前のことを愛していた、これは本当だ」



 なら、もっと前から。


「…やっと言えた」


「最後に、お前の大切な人を殺した俺が言えることじゃないかもしれないけれど」



「どうか、ライリーを、頼む」




「ほんとに、ごめんな」



 自分の中にいる、王女が言った。


(愛してくれる者ぐらい、助けてやったらどうじゃ)


 幻覚だ。でも———



(もう、遅い)



 消えていくデアスを目の前に、泣いていた。



 自分も、消えてしまいたかった。。


 でも、荒れ狂う感情はそのままで。



 ———神の意思には、原始の神が宿っている。


 自分の存在を否定し、全てを無に委ねたカイは、自らの意志を失った。



「———ほう、意識が戻ったか」


「はじまりの神」と呼ばれる原始の神が、幾星霜を超えて顕現した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


≪ライリー視点≫


(私のせいだ)


 きっと、聞かれていたのだろう。

 私の最低な言葉を。




 スラム街に捨てられていたカイを、拾った。


 助けた理由は優しいからなんかじゃない。

 私は意地汚くて傲慢だ。分かっている。


 ———私がカイを助けたのは、怖かったからだ。

 お父さんにも相手されなくて、なにもできない私が、今に下位の友達にも見放されるのではないかと。


 生きてていいって思いたくて、捨てられたカイを助けることで自分に意味を持たせたかったんだろう。


 自分に重ねていた。


 自分を、何かができる存在にしたかった。


 でも、カイを守っていくうちに、カイが笑ってくれるのを見るうちに、少しづつカイが大切になっていた。


「生きなきゃ」


 そう思えたのは、カイが喜ぶ姿を見たいからだった。


 だって、こんな理不尽な世界で、私はカイの笑顔を見るだけで幸せになれたのだから。


 最低から切り取られたように、私は鮮やかな感情を知った。

 カイが苦しむことが、あまりにも勿体ないと思えた。


 お父さんが苦しんでるってわかった時に、苦しんでほしくないって思ったのも、きっとカイのお陰だった。

 暗く澱んでいるのは何故か嫌で、幸せであってほしかった。


 私はカイに貰ってばかりだった。


 でも、家族じゃないのに勝手にカイを自分のために拾った私が、カイに何かを返せるだろうか。

 全て、自分ひとりの押し付けなんじゃないかと思っていた。


 ちっぽけな自分じゃなくて、カイの方が大事なのだ。


 ———私には何もないのだから。


 いや、でも実際はカイのためじゃなかった。

 カイが私なんか見捨てて去ってしまうのが怖かったのだ。

 嘘をつきながら幸せであり続けることが、怖くて。


 だから、ある日、言ってしまった。


「もしかしたら、カイが本当の家族を求めて出て行ってしまうかもしれない」と。


 この言葉は最低だった、と言ってから思った。


 だって、カイのことを何一つ考えていないのだから。


 カイが私たちのことをどう思っているか。

 それを切り捨てるような言葉だった。


 カイのことを愛していたのに、何も伝えられないまま———


 ———その日からカイは居なくなった。





 長い年月が経った。

 何度もカイを探しに行ったけれど、幻視魔法でも使っているのか、見つけることができなかった。



 ある日、お父さんに言われた。


「カイは私たちを信奉している国の敵国にいる。だから、会いに行ってはいけない」


 ———戦争を、起こしたくない。


 私たちは王国に祀られていた。

 人間たちを助けていたら、自然とそうなっていたのだ。


「分かった」


 私はそう答えた。


「私が向こうの国とこの国を平和にする。その後なら会ってもいいよね」


「…ああ」


 絶対に会いに行こうと思った。


 その時、カイを助けに行かなかった時点で、もう駄目だろう。


 私は、大切なものを失ってから初めて後悔する愚か者だ。





 カイが、国民の魔力器官を奪い、赤い生物———魔物と呼ぶらしい———を従えて私たちを襲いに来たと聞いた。



 ———なんで、なんで早く会って、伝えられなかったんだろう。



 私は、人間の観察をしていたことがあった。

 カイがしていたように。

 カイと再び会った時、話ができるように。


 だから知っていた。

 血縁の無い者や魔法的親和性が無い者の魔力器官を合成したら、気がおかしくなってしまうと。


 実際に魔力器官を合成して、気が狂った人を見たことがあったのだ。


 そして、その人を助けることはできなかった。

 創造魔法を使っても、戻らなかった。



 私は、どうすれば———


 いや、もう、おしまいなのかも———




 ———お父さんが、殺された。


 膨大な魔力が消えたから、分かった。


 そして、私の目の前にはたくさんの魔物が居た。


 魔物たちは、私を囲ってそのまま立ち止まっていた。

 まるで、私を守るように。


(魔物たちは、意思を無くした生物が無理やり仮初の命を与えられたもの。

 だから、お父さんが創造魔法を使ったときに願った、"私たちに生きてほしい"という願い通りに、私のことを守ろうとここまでやってきたんだ)


 魔物たちは魔力器官を失っている。


 カイが使っている魔法が切れれば、すぐに生きられなくなるだろう。

 いや、魔法が切れる前に、死ぬだろう。


 (ああ、私も最後にせめて———)


 私の魔力器官を魔物に分け与えて、できる限りの魔物を治そうとした。


 私の魔力器官では、数万は居る魔物の数百も治せないだろうけど。




 その時———


 カイがやってきた。



「やあ、姉さん」



(———カイじゃない)


(覚えてるから、分かる)


 神の世界でよく聞いたことを思いだした。


 ———最上位の神には、はじまりの神が宿る、と。

 そして、その神は、他人など考えず、すべてを破壊する。


(カイじゃない、まったくカイじゃない)


 カイは消え去っていた。

 存在が別者になっていると分かった。


 もう、戻せない。



 だから、ライリーは言った。


「カイ、目を覚まして」


「…ごめん姉ちゃん、俺、父ちゃんに言われて目が覚めた。俺は最低だ」


 カイは、絶望したような顔をして、言った。


「…違う、私が助けられなかったせいだよ、本当にごめん」


 ライリーは、カイを見て言った。


「…姉ちゃん、許して、くれるの?」


「うん」


「ありがとう、姉ちゃ」



「ほんとに、ごめんね」



「≪創造魔法:ドレイン≫」


 ライリーは、もう意味もないと知りながら、謝って、カイだったものに魔法を使った。


「え」


 相手の魔力器官を、吸収する魔法。

 維持の魔法を持たない神相手だからこそ、使える創造魔法。


(まずい!なぜ我がカイではないと分かった!記憶通りに完璧な演技をしたはずだ!なぜ———)


「クソがぁ!≪創造魔法:レジスト≫!」


 はじまりの神は、ライリーに取り込まれながらも、反抗した。


(このままじゃ、押し負ける!)


 ライリーの創造魔法では、はじまりの神に勝てなかった。

 だから、決断した。


「≪創造魔法≫」


 魔法を使うことで、自分もろとも、はじまりの神に限界を迎えさせる。


 もしこのはじまりの神を放置しておけば、生物は蹂躙されつくされる。


 だから———

 最低な自分でも、最後に役に立ちたかった。


(カイと、会いたかったな)


 ライリーの創造魔法によって、世界が生まれた。


 魔力器官が、消耗した。


 だが、まだ二人の魔力器官は消滅しない。

 それは、普通の魔法ではなく、魔力器官の限界を超えることのできる創造魔法を使っているからだ。


 なぜ、創造魔法を使ってまで世界を新しく作ったのか。


 それには、理由があった。


「≪創造魔法:テレポート≫」


 自分の創った世界の中に、魔物たちを転移させた。

 そして。


「≪創造魔法:魂魔法≫」


 自分とはじまりの神の持つ魔力器官を、魔物の中に流し込んだ。


 だんだんと、魔力器官が小さくなっていくのを感じる。


(これで、生きられるはず)


 魔物に魔力器官を与えて命を吹き返させても、その魔力器官は新品だ。

 即ち、意思とともに記憶を失っている。

 その状態でこの世界でもう一度生きることは難しい。


 だから、新しい世界を創った。

 魔物が1から生きる場所を創ったのだ。


「この調子!」


 どんどん魔力器官が流し込まれていく。


 けれど———

 魔力器官が消耗し、更に小さくなったせいで、一瞬、ドレインの魔法が緩んでしまった。


「≪スリープ≫」


「———あ」


 簡単な魔法。しかし、それが大きな敗因だった。


 意識が、浅くなる。


(これで眠りに落ちたら我の勝ちだ、すぐにこいつから抜け出して———)


 しかし。


「≪創造魔法:ミックス≫」


 自分と相手の魔力器官を、完全に混ぜる魔法。

 吸収はしきれなくても。


(これで、逃げられない)


 眠りが、共有される。

 はじまりの神の意識も、ともに薄れていく。


そして。


「≪創造魔法:ロック≫」


 自分を、創造魔法によって封印した。


 そして、封印が解けるまで眠り続けるようにした。


 ———もしはじまりの神が自分より先に目覚めて、世界を滅ぼさないように。


 自分という危険な存在を、永遠に封じ込めておくために。



(———カイ、ごめんね)


(———封印など、すぐに解いてやる)


 それぞれの眠りは、まだ覚めない。

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