5.喪失の少年

ライリーが抱いていた、黒髪の幼児、カイの話。



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 父ちゃんが言った。


「ライリーを、頼む」


 なんでだよ。

 なんで、こんな俺なんかに———


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≪デアスが創造魔法を使った瞬間≫



 

 ライリーに抱かれていた俺は、上位の神様に殺されると思ってた。


 けど、急に中位の神様が目の前に走ってきて、叫んだと思ったら、目の前が真っ白になって、気が付いたら知らない場所にいた。


「カイ、大丈夫!?」


 ライリーもそこにいた。

 俺が生まれて、スラムに捨てられた時から、ずっと俺のことを助けてくれた、俺と同じ下位の神だ。


「…あー」


 俺はその頃はまだ赤子だったから、返事なんてできるわけがなかったのだが。



 ———俺は、小さい頃の記憶がある。


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 その知らない場所は、デアスが新しく創った世界だったらしい。


 ライリーのことを、俺は姉ちゃんみたいな存在だと思っていた。

 そして、デアスは父ちゃんだ。


 強い父ちゃんと、優しい姉ちゃんが好きだった。



 ある日、視界の陰で何かが動くのを見かけた。

 僕たち以外の他の神が、この世界に侵入してきたのかと思って父ちゃんは身構えていた。


 でも、それは神じゃなかった。


「なんだ、これ…」


 それは、小さな虫。

 初めて、生物というものに出会った。


 父ちゃんが世界を創った魔法。


 それには、僕らに「生きてほしい」っていう意思が籠っていたという。


 それはとても、というか滅茶苦茶珍しい現象だって父ちゃんは言ってたんだけど、ともかくそれによって魔法が「生きようと」したらしい。


 魔法ってのは、なんでかわかんないけど核を持ってる。

 それが俺たちの魔力器官と同じ働きをして、自分に「維持」の魔法をかけ続けることで、存在し続けることができてる、という。


 意志を持ちながら、自分で動く魔法。もはや生きている。

 俺たちはそいつに「生物」と名付けた。


 姉ちゃんと俺は、そいつを観察するのを楽しんでいた。




 理想的な家族だったと思う。


 たとえ血が繋がってないって知っていても、俺はずっと二人と一緒に居たかった。



 でも、ある日父ちゃんと姉ちゃんが話してるのを聞いてしまった。



「カイにどうやって伝えようか、実は本当の家族じゃないってこと」


「もしかしたら、家族に会うために出ていくって言うかも…」


「そうかもしれない、本当の家族を探しに行く、なんて言われたら…」



 多分、「本当の家族」ってのは、ただ単に血が繋がってないってだけで、俺のことを家族だと思ってないわけでは無かったんだと思う。


 でも、まだ子供だった俺は、二人から避けられているように感じて、自分が二人と別者だって感じて、怖くなった。


 俺はスラム街の怖さを知っていた。

 人を出し抜いて上に立つことしか考えてない神が蔓延っている。


 もしかしたら、あの場所に戻されるかもしれないと思ってしまった。


 分からなかったんだ。

 だって、俺も多分昔から———


 ———二人のことを「俺をなぜか助けてくれた他人」だと思っていたのだから。


 母に、捨てられたせいかもしれない。

 その記憶をずっと覚えていたからかもしれない。


 けれど———


 普通、神ってのは、上に立つ事しか考えてないものだったから。

 そして、俺もそんな神だったのだろう。


 二人のことを、「家族」だと思えなくなってしまった。


 感情が薄くなったのも、この時からだったかもしれない。


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「生物」が、発展してきた。


 子供を産んで、生存競争をして、生き残って———それを見るのが好きだった。


 そうして、一番栄えたのはサルだった。

 言語を使って国を創った。

 昔俺が居た神の世界と、似たような世界になっていた。


 俺は、時々魔法で他の生物を倒したりして、サルの国を助けてみた。


 たぶんそれは、そこに自分の居場所を作りたいっていう欲だったんだと思う。



 寂しかったのだ。




 ある日、その国の王女と出会った。


 彼女は、俺を見て言った。


「なんじゃ、飛んでおる、変な奴じゃ」


 俺に驚かなかった奴は初めてだった。





「おいそなた、そこに資材運んでくれ」


「はいはい、ていうか俺一応神なんだけど」


「知らんわそんなの」


 なんていうか、俺の扱いが雑な奴だった。



 ある日、質問をした。


「なんで王なんかやってるんだ?」


「みんなを助けられるからじゃ」


「民を助けるってこと?意味が分からない、そんなことしても嬉しいことなんてないじゃん」


「まったく分かってないの、民といったが、私の中で民は家族なのじゃ。

 妾を愛してくれる限り、私も愛すのじゃ!


 だって、愛してくれる者ぐらいは助けたいからな!」


 意気込んだことを言って、王女は言った。


「妾にはそれしかできんからな!

 何か言われたり何かあっても、構わないって決めたのじゃ!」


 ふんっ、と胸をそらし、そう言った。


「…そっか」


「それじゃあ、俺も家族なのか?」



「もちろんじゃ」



 強く優しい王女がただただかっこよくて、支えたいと思った。





 ———王女が病気を持っていると、分かった。


 それも、致死性の。



 何万年も、生存競争を見てきた。

 だから、死ぐらい慣れている。


 ———そう、思っていたが、



「なんか、嫌だな」


 全力で、治癒魔法を掛けた。


 でも、効かなかった。



「もう、いいぞ」


 王女は言った。



「妾はできることをした。十分じゃ。


 そなたの生きたいように生きよ」


 そう言って笑った。


「多分病気の理由は分かっている。

 妾のような、小さい魔力器官を持つものは、自分を維持しきれないのじゃ」


 人間という現象を、まかないきれないことが理由。

 普通は生まれる前に死ぬが、奇跡的に今まで生きてこられた。


 維持の魔法は、非常に複雑だ。

 人体活動の全てを把握しないと、使うことができない。

 無意識下で本人によって使われるから、使うことができる。


———創造魔法で、魔力器官そのものを治す必要があった。




「俺、父ちゃんに頼んでくるよ、治せないかって」







「駄目だ」


 何万年ぶりかに会った父ちゃんの言葉にふらついた。


「私は他の国で信仰されている。その神が敵対国の王女を治したと聞かれると、争いが起きる。


 多くの人が死ぬだろう」


「それでもいい。俺が助けたいのは、王女だけだ」


 だって、俺が初めてかっこいいと思ったのは、生きててほしいって思ったのは———



「…私は人が死ぬのを見たくない」


 それは、本心なのだろう。


 父ちゃんは、俺を裏切った。


「…それなら、創造魔法を教えてくれよ。それなら———」


「…ごめん、カイ」


 そう言って、去って行った。






(魔力器官は、創造魔法によって魔法的親和性がある魔力器官を譲渡することで治癒できる。

 しかし、私と王女なら一部の魔力器官を譲渡することが可能でも、カイと王女では不可能だ。

 私とカイには、魔法的親和性が低いのだ。

 もしカイの魔力器官を受け取った場合、王女は発狂して、やがて死ぬだろう。


 その上、王女の血族はすでに死んでいる。父はクーデター、母は出産によって。

 カイが創造魔法を覚えても、王女を救うことは無理なんだ)



 デアスは肩を落とした。


 嗚呼、せめてそれをカイに言っておけば良かったのに。

 家族で無いと知られるのが———怖かったから。


 心の奥底を見せること———デアスは、それができなかった。


 だって、それは神にとっては本当に難しいことだから。

 存在を目的として生きている神にとって、自分の存在が崩れ去るかもしれなという恐怖は計り知れないものだった。



 腹を割って話し合うということが、できなかった。




(なんで、助けてくれないんだよ…


 俺より他の人間を取るのかよ…)


(それに、結局、本当の家族じゃないってことも———)



(俺はまた、奪われるのか)



 眠る王女を見ながら、思った。


(また一人になるなんて———)



「カイ」


 王女が口を開いた。


「私の魔力器官をもらってくれないか」





 創造魔法。難しいことをするには技術が必要だが、原理は単純だ。


 尋常ではなく強い意志を持って、魔法を行使する。


「この前試してみたらな。強い意志があれば私でも自分の魔力器官にぐらいなら使えることが分かったのじゃ」


「強い意志———そんな単純なもの、俺なら———」


 試してみたが、使える気配はしなかった。


「できないものは仕方ない。何万年も生きているカイには難しいじゃろう」


「くそ!なんでだよ!俺なら、できる———」


「カイ!」


 王女は強く俺を見た。



「妾は、怖いんじゃ」


「妾が生きた意味が無くなるのが」


 本心だと、伝わってきた。



「どうか、カイが妾の生きた意味を遺してくれ」


 そう言って、笑って、唱えた。



「≪創造魔法:魂魔法≫」



 魂が、流れ込んだ。



 気が狂うような感覚とともに、王女が微笑みながら目を閉じるのが見えた。



(もし魔力的親和性が低い魔力器官を受け取った場合、発狂して、やがて死ぬだろう———)





 この日、俺は変わってしまった。

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