4.感情を知った神
遥か昔、はじまりの神と呼ばれる神が存在していた。
はじまりの神は、「存在という概念そのもの」だった。
存在という概念があってこそ、概念が存在する。
だから、生まれずとも、神は元よりそこに存在していた。
はじまりの神は存在を司るために、はじまりの神と共に「時」「場所」「時間」「始まり」といった新たな他の概念も生まれていった。
しかし、「終わり」という概念も生まれてしまった。
「存在」を自らの存在意義とするはじまりの神は、自らが終わっても存在し続けるために多くの子を産んだ。
そして、「存在」という概念を少しづつ分け与えた。
はじまりの神の死体は魔力となって霧散した。
こうして、神たちは新しく概念を生み出すことは難しくとも、はじまりの神に分け与えられた存在を司る力を持つため、魔力から意志によって魔法を使って現象を起こし、自分の存在を支えることが可能となった。
つまり、魔法とは自らの足りないものを埋める存在なのだ。
存在の補完。自分自身、と言ってもいい。
だから、魔力器官と似た核を持っている。
そして、魔力とは始まりの神が最期に残した、魔法を使うための助けのようなものなのだ。
意志とは魔力器官に宿るはじまりの神の残滓である。
意志が強いと、はじまりの神の残滓が覚醒して、
無から概念を創ったり(生物や世界を産んだ魔法:この話に登場します)
概念に作用したり(魂装や調魔剤の製造、魔力器官の譲渡)
無から現象を起こしたり(リンが騎士団長に使った光魔法)
などといったことができる。
それらははじまりの神の力そのものであり、それを「創造魔法」と呼ぶ。
多くの神が生まれ、また子を産み、長く続いていった。
そうして生まれた、とある神の話。
(時代と登場人物が変わります)
〇登場人物
デアス
中位の神。
下位の神を煩わしく思っている。
●●●●
デアスの娘。
下位の神。
—————————————————————————————————
「汚らわしい、中位めが」
「……」
中位の神、デアスは沈黙した。
(誇り高き上位様に使えることは、最大の幸福なのだ)
◇ ◇ ◇
神の住まう土地【エーテル】では、魔法の素質から、神の格を3つに分ける。
上位、中位、下位と分かれている。
デアスは中位の女神から生まれ、上位に仕える。
母の名など知らぬ。
夫婦でなくとも、性別に関わらず子が生まれ、愛無しに生きる。
それが神である。
ただ【上に立つ】という、生まれた時から神に刻み込まれた欲求、それだけを満たすために神は生きる。
———いや、存在する。
それ以外の欲をほぼ持たぬまま、感情を強く揺らさぬまま、神はほぼ同じ格の子を産み、上の格の神に仕え、下を貶す。
下は上を敬い、上は下を蔑む。
そんな無機質な存在だ。
デアスは、納得している。
納得するほかないのだ。
それが、自分の存在だからこそ。
少ない概念の中で、空っぽのまま———。
そんなデアスに子が生まれた。
下位の神であった。
生まれた子が自らの格より下の格を持つこと———。
逆もしかりだが、それは稀にも稀なことであった。
下の位の子など要らぬ。
神は勝手に育つものだ。
デアスは娘をいないものとして扱った。
◇ ◇ ◇
「この雑魚が。魔法も使えないとは可哀想だな」
「……」
デアスは沈黙した。
魔法とは、自らの存在を補完するものだと言われている。
なぜ使えるかは分からない。
しかし、はじめから存在していたと言われる神様———”始まりの神”は、時間や世界など、たくさんの概念を創り出したという。
そして、私たちの魔力器官にははじまりの神の存在が分け与えられているという。
だから私たちも、自らの存在によってほかの存在に影響を与えたり。生み出したりできるのではないだろうか。
子供を生むことができるのも、魔法と同じなのかもしれない。
とにかく、私が上位様よりも魔法を使えないのは、当然のことだ。
魔法を使う能力———神としての器。
上位様と違って、私のものは小さいのだ。
◇ ◇ ◇
「ハァ...」
仕える時間が終わった。家の戸を開ける。
そこには、娘がいた。
「なぜここにいる」
暗黙に、出て行けと伝える。
格が落ちるだろう。
「お、おつかれさま」
娘はデアスに、少し歪んだ笑顔で回復魔法をかけてきた。
———中位の私に、下位の神として価値を示すためか。
そう思いながらも娘に聞いた。
「何故、私に回復魔法をかける」
「だって」
娘は答えた。
「そうしないと、生きれない...」
……”生きれない”とはどういうことだろうか。
私に頼らざるを得ない何かがあったのだろうか。
神ならば、普通”生きる”などという言葉は使わないのだが。
今を存在し続けるために存在する、それが神なのだから。
変な娘だ、いや、どうでもいい。
「勝手にしろ」
興味をなくしたように、デアスは家に入った。
◇ ◇ ◇
次の日も、また次の日も、娘は回復魔法をかけてきた。
確かに疲れに少しは効くが、自分で回復したほうがよっぽどましだ。
いつも、何か違和感のある笑顔をしている。
そんな娘を一目見て、すぐに背を向けた。
◇ ◇ ◇
今日は久しぶりに中位の仲間と会う日だ。
だから、上位様に仕えるのは短くして切り上げさせていただいた。
神は同じ格の神との間で会話をすることがある。
上位様についての情報や、仕えることについてなど。
待ち合わせの場所に向かう。
その途中、路地裏の前を通り過ぎたとき、白い何かが見えた気がした。
———娘の髪だ。
静かに路地裏を除くと、5人ほどの汚い身なりをした子供たちが座っていた。
そして、泣いていた。
(珍しい)
いつも笑っている娘が泣いているなんて。
「カイ...」
娘が喋った。いや、喋りかけた。
娘の隣の黒髪の幼児に。
「泣かないで」
そう、言っていた。
黒髪の幼児はまだ喋れないのだろうか。
隣には、様々な髪の色をした下位であろう少女らが居た。
「なんで、下位に生まれたんだろう、私たち」
「上位様とか中位様に、私もなりたかった…」
一人の少女は、腕を失っていた。
中位や上位様なら、腕ぐらい失っても生える。
しかしその少女は生えていない。下位なのだろう。多分、ほかの子供も。
彼らの身体には、あざや切り傷が見えた。
「でも、生きないと」
娘が言った。
娘の腕や腹にも、傷があった。
普段、ぶかぶかの服で隠れている場所だ。
そうだ、下位は蔑まれる。
運悪く上位様に仕えられなかった中位など、上の位の神が、【上に立とう】と下位に攻撃魔法を使うことがあるらしい。
傷があるなら、私に回復魔法なんか使わず自分に使えばいいのに。
———いや、私に自らの価値を示した方が得になると踏んだのだろう。
これぐらいの傷で死ぬことはない。
それよりも、毎日やつれて帰ってくる私に回復をかけて価値を示せば、私に守られる、そう考えたのだろう。
実際のところ、たかが下位の魔力の回復魔法など、価値など無いようなものなのだが。
理由は分からないが、下位にしては効果が少し高い気はする。それだけだ。
自分で回復してもいいが、断る理由も無いので毎日受け入れていただけだった。
多分何かあっても、守ろうとなど、しなかっただろう。
そんな私は、ただ見ていた。
子供達は、泣いて、しばらくして帰った。
中位との会談が終わり、家に帰ると、娘が笑顔で回復魔法をかけてきた。
———下位は上の位の神によって殺されることもある。
だから、娘は、子供らは、生きたければ抗わねばならないのか。
娘が、中位に蔑まれ、笑って私を見る娘が———
少し、辛いと思った。
◇ ◇ ◇
「屑が。本当にお前は何もできないな
「……申し訳ありません」
上位様に、私は今日も従う。
帰ると、やはり娘が回復魔法をかけてくる。
中位の役に立つ事は、神として【上に立つ】欲を満たすものなのだろう———そう思っていたが、そうではなかったと昨日知った。
自分の傷より、中位の私という味方を作りたい。
娘は、そう思ってやっているのだろう。
娘の言葉を思い出した。
「でも、生きないと」
娘が、上の位の神にいい様に扱わられねばいけない娘が、少し自分と重なった。
だから、娘に回復魔法をかけた。
「え」
困惑する娘を背にして、家に入った。
ただの気まぐれだ。
それからは、娘を家に入れることには、別に何とも思わなくなった。
やがて娘の傷は無くなった。
まあ、どうでもいいことだ。
◇ ◇ ◇
ある日のことだった。
家まで、上位様がいらっしゃった。
「クソみたいにボロい家だな」
「……はい」
ただ楽しみに来たようだ。
娘は家の外に出している。
「こんな場所でも住めるんだな」
そう言って、お帰りなさった。
私は送っていった。
「……」
そして、私は普段のように家に帰った。
今日は楽なお仕えだった。
しかし、【下】だと言われ続けるのは少しつらかったが。
戸を開けると、娘が居た。
疲労困憊の姿で。
「どうした」
娘は、上位様が常に首にかけている徽章を、手に持っていた。
———自分のために作ったのだろうか。
上位になりたいと思ったのだろうか。
そもそも、この徽章はなんの力もない、ただの装飾品のようなものなのだが。
ならば、今日の私の姿を———上位様に貶され続けていたところを、見ていたのだろうか。
そう思うと、私が下に見られているように思い、怒りを感じた。
怒りの眼を、娘に向けようとした時、
娘は、徽章を私に渡した。
私が、上位になりたいと思っている———そう思って。
そのために、少ない魔力が枯渇しきるまで、徽章を作っていたのだろう。
「これ、どうぞ」
娘が言った。
「いつも頑張ってるの、知ってるから、お父さんは認められてほしいの」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
だって、それは。
他人を認めるなんて、他人の辛さを味わうなんてしてこなかった私が知らない感情で。
辛い中、苦しくとも生きながら、デアスのことを知った娘だけが持った感情だったから。
娘に、認められたことに、私は何とも知れない幸せを感じていた。
よかった、と。
だが、なんとか言った。
「……上位様の徽章など、私がつけるべきものでは無い」
そう言って、徽章を娘に返した。
しかし、私は、娘の徽章を受け取れないことに、悲しみを覚えていた。
それは、”上位様の徽章”が得られないからではなかった。
その理由は、たぶん、辛い中生きている娘が作ったものだから、かもしれない。
位など、関係ない、そう少し思った。
(娘と私に、何の違いがあるのか。)
◇ ◇ ◇
そんな、私にとっては不自然な感情は、長く続いた。
これは、自分と娘を重ねて、自分勝手に同じようなものだと思うようになったから、感じるものなのだろう。
上位に縛られている自分が辛いと、同じように思っているから。
ある日のことだった。
「おい、聞いたか」
「何がだ」
中位の一人が話しかけてきた。
「上位様が新しい魔法を使えるようになったとかで、大通りらへんの下位のガキで実験するってよ」
「……そうなのか」
……下位を傷付けるのは、普通、中位だけだ。
上位がわざわざ下位に、【上に立つ】ことはしないのだ。
しかし、極稀に、上に立つ欲が強い上位はその例外になることもある。
そしてその場合、上位は下位を殺すだろう。
ためらいもなく。
上位とはこういうものだ。
逆らったら中位でも殺される。
だから、誰も逆らわない。
神とはそういうものだ。
だが、
中位の一人が「家の近くだろう、今日は近寄るなよ」などと言っているのを聞き流して、
私は大通りに走った。
そこには、いくつかの死体があった。
そして、娘と幼児だけが、まだ生きていた。
娘は、黒髪の幼児を抱いて、目をつぶっていた。
その目前には、上位様がいた。
ああ、しょうがないのか。
神とは、そういうものか。
娘が、泣いていた。
上位が、笑っていた。
娘が、何かを握っていた。
私には分かった。
徽章だった。
そして、ぎゅっとさらに強く握った。
最期を、恐れるように。
———私も、下位も、同じではないか、下位だからなんだというのだ!
———私は、何もできないのか!
「ライリー!!」
デアスは叫んだ。
娘の名を。
初めて呼んだ。
そして、デアスは魔法を使った。
その魔法は、デアスの限界を遥かに超えた魔法だったはずだった。
魔力器官には、遥か昔の原始の神が宿っている。
意志によってそれが胎動したとき、魔力器官は限界を超える。
それは、全てを創造したとある神の、再臨。
「≪創造魔法≫」
一筋の光がうねり、視界が白に包まれた。
(娘たちを、生きさせたい!)
願いに応えるようにして、新しい世界が産まれた。
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