第8話 屋内プール

 週末の土曜日、大地は四季と一緒に駅近くの時計台前に立っていた。

「どうして駅で待ち合わせるんだ? 現地のプールでいいじゃないか」

「なーに言ってんのさ。プール前で男二人が待ってたらナンパ目的だと思われるだろ? そんなのゴメンだね。それに一星たちもナンパ目的の野郎どもに捕まるかもしれないからな。せっかくテストの打ち上げでプールに行くのに嫌な思いしたくないだろ、だからその対策」

「そういうことか」

 四季の言った通り、今日は期末テストの打ち上げとして大地、四季、岬、天音、美嘉の五人でプールに行くことになっていた――美嘉は数学教科の二科目で赤点を取ったらしいが、中間テストで取った点数との平均で補習は受けなくて済んだようだ――。

 始めは海に行こうとも話していたが、結局水温が安定していて日焼けもしづらく、暑さも凌げる屋内プール施設にしたのだった。

 四季はチャラチャラとした軽薄そうな見た目だが、むやみやたらに女性に話し掛けたりはしない。しかし、女子の友達も多いようで、放課後に学校の廊下や教室で話し掛けられている場面を大地は度々目にしていた。もっとも、彼がイケメンであることも一つの要因なのだろうが、今のようにさり気ない配慮を当然のようにできるところも人気の理由なのだと大地は思う。

 時刻は午前十時を少し過ぎ、時計台前には大地たちと同じように待ち合わせ場所として利用する人が数人立っている。その誰もが涼し気な服装をしてはいるが、待ち合わせ相手が早く来てくれないかとチラチラとスマートフォンを確認していた。まだ太陽は登りきっていないというのに、大地の額にはうっすらと汗が浮かび始めていた。冷感スプレーやボディシートで対策はしてきているものの、十分も外にいればこの有り様だ。次回からは待ち合わせも室内にした方がいいかもしれない。

「おはよ〜」

 大地がそんなことを考えていると、天音が姿を見せた。

 デニムパンツにカットソーのTシャツを合わせた夏らしい格好。頭には白の帽子を被っていて、暑さ対策も兼ねたカジュアルな服装だ。いつもは可憐な制服姿だったため新鮮でとてもよく似合っている。

「二人とも早いね」

「そりゃあ暑いなか女子を待たせたら海原にしばかれそうだからな」

「あはは、それをミヨに聞かれたら時間に関わらずしばかれると思うけど」

「待ち損じゃねーか」

 四季と天音がお互いに冗談を交わしたことで和やかな空気が流れる。待った、待たせたという関係は待ち合わせにおいて絶対に避けられないものだが、待たせた側は申し訳なく思ってしまうものだろう。しかし、軽い冗談を踏まえた会話でそんな空気は一瞬にして霧散していった。これも四季の気配りがあってこそ為せる技だろう。見えないところまでイケメンな男だ。

 もっとも、大地と四季の方が早く来ていたというだけで、天音も待ち合わせ時間の五分前に到着している。遅れてきたわけではない。

「あとは海原と岬だけか」

「ミヨからさっき連絡来て、あと一分もしないで着くって。梅雨風先輩も同じバスみたい」

 美嘉と岬は家の方向が同じらしく、利用するバスも同じであるため、知り合ってからはたまに登下校も一緒にしている。待ち合わせ時間と行き先が同じならバスを利用する時間帯もあまり変わらないだろう。

「おっはよ〜!」

 美嘉と岬はすぐに到着した。美嘉は黒のスカートと肩元に二つのリボンがあしらわれた赤いトップスという可愛らしい服装。それに対し、岬は暗めの紺色のフレアスカートにグリーンの薄手のニットセーターを合わせた大人っぽいコーディネート。

「お、来た来た。全員待ち合わせ時間内に着いたな」

「榊は何時に来たの?」

「俺も大地も十時すぎぐらい」

「あっはは! 二十分前とか、楽しみにしすぎでしょ!」

 遠足に行く小学生じゃないんだから、と美嘉は朝から元気に笑い「美嘉ちゃん、笑いすぎじゃない?」と、岬から苦笑いを浮かべられている。今日も美嘉は絶好調のようだ。

「んじゃあ行くか」

 四季はそんな美嘉に構うことなく、駅の改札へ向かって先頭を歩き出した。そのあとに美嘉と岬が続き、大地と天音はさらにその後ろに続く。

「平くんたちは毎年プールに行ってるの?」

 隣に並んだ天音が大地に自然に話し掛けてくる。

「いや、去年は四季と梅雨風先輩と三人で海に行った。その前の年はまだ二人と知り合っていなかったな」

 去年の夏は四季と岬が既に付き合っていたため、どこへ行っても二人がイチャつき始めたら空気に徹していたなと、大地は一年前を思い返す。

「そうなんだ! 榊くんは中学からの友達なのかと思ってた。二人すごい仲いいし」

「四季は距離感の掴み方が上手いんだ。一星は海原とは中学から?」

「うん。部活が一緒で仲良くなったの、バスケ部。ミヨは三ヶ月で辞めちゃったけど、それからも廊下で話したり遊びに行ったりして。懐かしいなぁ〜」

 美嘉との出会いを楽しそうに話す天音。天音が運動部に所属していたのは納得だが、大地はあまり運動が好きそうではない美嘉がバスケ部に入っていたことは少し意外に思った。

 改札を抜けて三番ホームから電車に乗り込む。三つ並んで席が空いているため女子陣に譲り、大地は天音との会話をやめて四季と二人、吊り革を掴んで立つ。

「今日行くとこ、温水プールとかお風呂とかもあるんだってさ」

「え〜いいね。冷たいところにずっと入ってると身体冷えちゃうから助かる〜」

「ウォータースライダーも一緒に滑ろうね! 浮き輪二つ繋がってるやつで」

 すぐに女子陣は雑談を始めた。

 大地と四季も時折会話をして暇を潰し、しばらくしてプールのある最寄り駅で電車を降りた。

「ん〜っ! 着いたー!」

 美嘉は少し眠そうに伸びをして身体を起こしている。

「そんなんじゃプールで足つらないか?」

「もしつっても天音が助けてくれるから大丈夫だも〜ん」

 美嘉は天音に全幅の信頼を寄せているのかそう言うが、急を要する場面にめっぽう弱い天音が本当に助けられるかは微妙なところ。しかしそれは大地しか知らないため、いざという時に備えて大地も助けられる位置にいようと密かに決心する。

「岬先輩は泳ぐの得意ですか?」

「うーん、どうだろう? 平泳ぎとクロールぐらいなら……。美嘉ちゃんは?」

「あたしはクロール一筋です」

 美嘉は胸を張ってそう言い切る。まったく誇れることではないが、なぜか自信満々に言われると猛者の台詞のようにも聞こえる。実力がその台詞に伴っていることを期待したいところだ。

 そんな会話をしているうちに大型屋内プール施設が見えてきた。

 大きなウォータースライダーのあるプールや六レーンの五十メートルプール、流れる温水プールにお風呂など様々な種類のエリアがあるため、建物自体がかなり大きい。

 さらに、その隣には飲食店やショッピングモールもあり、広い通りは昼前から多くの人で賑わっていた。人が多いのは面倒だが、遅めの昼食にすれば食べるところに困らないのはありがたい。

 大型屋内プール施設の建物前まで行くと、美嘉がふと大地たち四人の後ろで立ち止まった。そしてスマホを構え、自分以外の四人と大型屋内プール施設の看板が入るように写真を撮る。

「お、いい感じにエモい写真!」

 大地たち四人の元へパタパタと駆け寄ってきて今し方撮った写真をみせてくれた。

 大地が画面を覗き込むと、そこには大地たち四人の後ろ姿、大型室内プール施設の入口と装飾が綺麗に写っていた。

「よーし、今日は楽しむぞい!」

 いい写真が撮れてご満悦な美嘉はそのまま勢い十分に入口へと入っていく。大地たち四人も同じ気持ちでそれに続いた。

 四季と大地を中心に受付を済まる。

「んじゃ、着替え終わったらまたこの辺で合流ってことで。行こうぜ大地」

「私たちも行こっか」

 大地たちは男子陣と女子陣でプール入口横の更衣室に別れて入っていった。

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