第9話 それぞれの対処法

 大地と四季は早々に着替えを終えて海パン姿で更衣室を出た。そして男女の更衣室とプール入口のちょうど中間あたりで女子陣を待つことにした。

「ここで待ってるのが一番合流しやすいけど、やっぱナンパ目的に見えるよな〜」

 同じ場所では更衣室から出てくる女性だけのグループに片っ端から声を掛ける大学生らしき男性二人組がいた。どちらも程よく身体を鍛えているようでガッチリした見た目をしている。いかにもナンパをしに来ましたというような風貌だ。傍から見ればきっと大地と四季も同類だと思われていることだろう。

「まあこればっかりは仕方がないだろ」

 一般客から誤解されるだけならなんの問題もない。だが、この大型室内プール施設は学校からそう遠くないため、同じ学校の人も来ているかもしれない。四季が嫌そうにしているのはそちらが原因だ。彼がいることが分かればまず話し掛けてくることは間違いない。それだけでなく、恋愛に飢えた他校の女子や同じ学校の男子連中からの反感にも注意しなければならないだろう。ナンパをされるかもしれないのは、なにも女子陣だけに限った話ではないのだ。

「四季は注意しなきゃいけないことが多くて大変だな。面が良く生まれてきた代償だと思って頑張れ」

 唯一そんなこととは無縁だと思っている大地は四季に対し労いの言葉を掛ける。

「早いとこ来てくれりゃ助かるけど」

 しかしここから離脱して先にプールサイドに入ってしまえば合流は難しい。

 結局十分ほどそのまま待機していると、更衣室から天音たち三人が出てきた。

 天音は水色、美嘉は赤、岬は黒の水着を着ていた。天音は上からパーカーを羽織っており、上半身は隠れている。また、美嘉はパレオを、岬はパレオとラッシュガードを着ていて水着だけでなく羽織るものにも性格が出ている。

 彼女たち三人はあたりを見回して大地と四季を見つけると歩いてきた。そして合流する直前、

「あれ見ろ、あんな子滅多にいねーぞ。ぜってー逃がすな」

 そんな声が聞こえてきた。

 これは面倒なことになる。大地がそう思うと同時、大地たちの後ろから男二人が天音たちとの間に割り込んできた。先ほどからナンパを続けていた男たちだ。

 まだ少し距離がある中、美嘉はきっと自分たちに声を掛けようとしていることに気づいたのだろう。ナンパ男たちの方を見てギョッとしたように目を見開いた。そして会話を続けながら天音と岬の前に出て、立ち止まった。

「あ、ゴーグル忘れちゃったから取ってこなきゃ! ついてきて!」

 美嘉は天音と岬の腕を引っ張って強引に更衣室へ戻ろうとする。

「え、ゴーグル?」

 しかし、天音と岬はそんな反応を見せる。友達とプールに遊びに来て本気で泳ぐとは思っていない。競泳水着や学校指定の水着を着ていないのがその証拠だ。ならばゴーグルは必要ないのではという疑問が生まれるのは当然のことだ。

 そして、そんな僅かな判断の遅れがピンチを招く。

「え! キミらめちゃくちゃかわいいねぇ!」

 ついにナンパ男たちが話し掛けたのだ。

「うわっ、ホントだ!」

「あ、ごめんね! ビックリしてつい声掛けちゃって」

 ナンパ男たちはそんな演技をしながら慣れたように言葉を並べる。

「そうだ、ちょ聞いてよ! 今日来るはずだった女の子たちが来れなくなっちゃってさ〜」

「そうなんだよ〜。んで仕方なく俺ら二人で来たんだけど、やっぱ華がねーなって話してたとこでさ」

「バカお前寒いダジャレやめろって。『華』がねーなって『話』してたとか」

「いやダジャレ言ってねーよ。ごめんね、キミら見てコイツなんかテンション上がっちゃってるんだよ」

「だってマジでかわいいからさ」

「それは分かるけど今のはさすがにオジサン臭いよな?」

 ナンパ男二人は天音たちに答えを求めるようにして無理矢理会話に参加させようとしてきた。

 だが天音は男たちを見ながら硬直し、美嘉はどうすればいいのか分からずあたりをキョロキョロしている。そんな二人を思ってか、岬が愛想笑いを返した。

「ほらお前笑われてんじゃん。ウケるよな」

「いや、今のはお前がそうなるように誘導したって!」

「もうコイツほっといて俺らだけで遊ぼうぜ」

 そう言った男はもう一人の男から離れて天音たちに近づく。一度片方の男を切り捨て、あとで合流する作戦なのだろう。

 大地はナンパ男たちが少し話し掛けてくるだけなら岬がいれば大丈夫だと思っていたが、天音と視線が合い助けに向かうことにした。

 大地は四季の腕を引いてナンパ男二人と天音たちの隙間に割り込んだ。

「すいません、天音たち……そこの三人はこいつの連れです」

 大地はナンパ男たちに四季を見せつけるように立たせる。ついでに天音を名前で呼ぶことで知り合いだと強調した。

 矢面に立たされた四季は苦笑いを浮かべながら「いやー、そうなんすよ。すんません」と言って対応を始める。

 嫌味なくらいにイケメンで、日頃から運動をして鍛えられている腹筋はうっすらシックスパックが浮き出ている。ナンパ男たちほどガッチリとした見た目はしていないが、ナンパ男二人に「この男から彼女たちを奪うのは無理だ」と思わせるには十分なルックスだ。その上、そんなイケメンが低姿勢で対応してくるのだからナンパ男たちは分が悪いと思うことだろう。

 その隙に大地は天音たち三人に声を掛けてプール入口へと引き連れていく。そしてナンパ男たちの横を通る時、

「四季、もう行こう」

 ナンパ男たちの対応を任せていた四季もしっかりと救出する。

「おう! それじゃあ僕ら行くんで」

 四季はナンパ男二人に適当にお辞儀をして大地たちのあとに続いた。

「……くそっ」

 うしろからそんな声が聞こえてきたが全員で無視してプールへと向かった。こういう時は無視が一番だ。

「榊やるじゃん! ありがとう、助かったわ」

「“しっくん”格好よかった」

「先に動いたのは俺じゃなくて大地だよ」

 美嘉と岬は見事にナンパから救い出してくれた四季を褒めるが、四季はそれを誇ることもなく軽い口調で言う。

「そうだったんだ。平もありがとね」

「俺は四季を放り込んだだけだけど」

「それでも助けてくれたことには変わりないよ。二人ともありがとう」

 ハプニングを乗り越えた大地たちはそんな会話を交わしながら洗浄用の温水シャワーを潜り抜け、プールサイドに出る。

「どこから行く?」

「流れるプールがいい。温水だし」

 大地の質問に対し、最初から決めていたのか美嘉がそう答える。誰もとくに異論はなく、そのまま流れる温水プールへと向かった。

 大地は水に軽く足を入れてみる。生温かくて最初に入るにはちょうどいい。いくら暑い夏とはいえ、温水からゆっくり身体を水に慣らしていく方が良いだろう。

 大地と四季はそのまま、女子陣は一度近くに設置されているロッカーに羽織り物をしまってから流れる温水プールへと入った。

「温かくていい……。落ち着く~」

 プカプカと浮かびながら気持ち良さそうに波に身を任せて流れていく美嘉。大地と四季は女子陣のやや後ろを平泳ぎで進んだ。

「大地、さっきのは普通ウソでも『俺の女にちょっかい掛けんな』ってカッコよく助けるところじゃねーのかよ」

 四季は水面から顔を出した状態で泳ぎながら大地に話し掛けてくる。

「格好良く助けるだけが正解じゃないだろう」

 大地は四季がいるのに自身がわざわざ矢面に立つ必要がなかっただけだと話す。彼はあくまで瞬時に自分ができる助け方を選んだだけなのだ。

「そりゃそうだけど、俺はもったいねーと思っちまったよ」

 四季はそう言って泳ぐ速度を少し上げた。

 その後も五人は流れる温水プールを思い思いに楽しんだ。

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