第7話 夏休みの予定
二日目、三日目のテストを乗り越え、大地たちは最終日を迎えていた。
科目は英語表現と古典の二科目。
大地はいつも通りシャーペンと消しゴムを二つずつ用意し、机に並べる。
今日を乗り切ればすぐに夏休みを迎えるため、解答用紙が配られ始めた教室内はやや騒がしい。
しかし、すぐに監督の先生から注意を受け静かになった。そこからしばし沈黙の時間が続き――
「はい、ちょっとチャイム鳴らないみたいなんですけど始めてください。なにか印刷ミス等ありましたら教えてください」
先生の合図でテスト開始となった。
テスト開始から三十分ほどが経った頃、天音が挙手をした。
「はい、今行きます」
先生がそう言い天音のもとへ歩いていく。それから一言二言会話をすると、先生は床を見下ろして何かを探し始めた。
しかし、どこにも見当たらないのか暫くすると――
「えー、テスト中にすみません。消しゴムを二つ持ってる人いますか? ちょっと先生今日ボールペンしか持ってきてないので貸してくれると助かります」
先生からそんな言葉が発せられた。
だが、シャーペンの予備を準備している人はいても、消しゴムの予備まで机に置いている人は少ない。また、自分のために用意している予備なのだから貸したくないという人もいるだろう。
そこで大地はスッと手を挙げた。
「ありがとうございます」
先生は大地の前まで歩いてくるとお礼を告げてすぐに天音のもとへ行き、大地の消しゴムを渡した。
「ご協力ありがとうございました、残りの時間も頑張ってください」
そんな先生の言葉で教室の弛緩した空気は適度な緊張感のある状態へと戻っていった。
「夏休みだぁ!」
テスト終了のチャイムがなり、先生が解答用紙を回収すると教室中はまたうるさくなった。
期末考査の最後の監督教師は担任の先生であるため、クラスの雰囲気もある程度理解しており「あなたたちホントに元気だね〜」と、笑って済ませている。
大地はテストの疲れで机にのべっと突っ伏していたが、すぐに四季が大地へと話し掛ける。
「どうよ、無事に赤点回避できそうか?」
「なんとかな。ちょっと勉強しただけじゃ英語科目はどうにもならなかったけど、それでも赤点は回避できたと思う」
「そりゃご苦労さん」
伸びをしながら答える大地に対し、まだ余力がありそうな四季は労いの言葉を掛ける。
「んで、夏休みはどうするよ」
テストの話もそこそこに四季が切り出した。
「どうするって?」
「みんなでどっか行こうぜ。一星たちも誘ってさ」
そんな何気なく発せられた四季の言葉に対し、大地は首を傾げる。
「どうして一星が出てくるんだ?」
大地と天音はあくまで勉強と手助けの上に成り立っている関係だ。友達と言えるのかどうかは微妙なところ。大地としては協力関係を利用して天音に近づいているような気がしてよくないんじゃないかと思えてくる。
「そりゃあだって、最近よく話すだろ?」
「話すには話すけど……」
大地は四季に対し、天音と協力関係であることを話すことができない。天音が努力して誰にも悟られまいとしていることを大地がペラペラと話すわけにはいかないからだ。
どうにか適当な言い訳を、と考えていたところ。
「はーい終礼始めますよ〜」
「んじゃ、席戻るわ」
大地は先生の言葉に助けられた。
しかし、いつまでも言い逃れをしているわけにもいかない。
「友達、か」
大地は天音をずっと尊敬してきたし、今もそれは変わらない。だが、遠くから憧れていた頃とは違う感情も確かに抱いている。
それは正しく、友達になりたいという思いだ。
今日までのテストで大地が赤点を大きく上回る点数を取れば、きっと彼が天音から勉強を教わる時間はぐっと減る。大地は勉強がしたいわけではないし、効率の良い学習のやり方を教わった今なら天音に頼らずとも自力で赤点を回避できるからだ。
そうなれば比例して天音と関わる時間も減っていく。そもそも大地が天音の力を必要としなくなるため、協力関係自体が破綻してしまう。
大地はそれでも天音を手助けしたいと思っているが、律儀な天音は自分だけが助けられることを認めはしないだろう。
互いの利を重点に置いたこの関係はあまりに脆かった。
「一星、ちょっといいか?」
終礼が終わると大地は一直線に天音のもとへ行き声を掛けた。
「あ、平くん。テストお疲れ様〜。……その、どうだった?」
話し掛けた大地に対し、天音は緊張を含んだ声色でテストの手応えを聞いてくる。と言っても、昨日までの教科については既に報告済みでチェックもされているため、天音が聞いているのは今日の二科目の手応えだ。
「まだ自己採点ができてないから分からないけど、七割前後ってところだ」
「すごいじゃん! 平くん頑張ってたからよかった〜」
「全部一星のおかげだよ」
天音は勉強を見てくれるだけでなく、テスト前に確認しておくべきポイントを教えてくれたり、予想問題を作ってくれたりと、大地がテストで良い点を取れるよう献身的にサポートしてくれていた。
「私が教えたとしても平くんにやる気がなかったら、きっと予想問題も意味なかったよ。勉強って結果が出るまではすごく苦しいから、ホントによく頑張ったと思う!」
少しは自分の手柄だと誇っても良いところだが、そのような振舞いは一切見せずに大地を褒める天音。そんな天音に対し、大地の天音と友達になりたいという気持ちは一層強くなる。
簡単に崩れてしまう協力関係ではなく、もっと強固な関係を築きたいと思う。
しかしその一方で、協力関係をダシに近づこうとしていると天音には思われたくなかった。
「……打ち上げ」
「え?」
「テストの打ち上げとしてどこか遊びに行かないか? 夏休み」
大地は天音を誘う口実としてそう提案した。
大地としては、なんの理由もなくいきなり遊びに誘うのは気が引けた。しかし、ともに勉強を頑張りテストを乗り切った打ち上げであれば、今の二人の関係からでも後ろめたい気持ちを抱かずに誘えると思ったのだ。
「平くん……」
その瞬間、天音は大きな目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。
あぁ、断わられる。大地はそう思った……が、しかし。
「気が合うね。テストが返ってきたら私も誘おうと思ってたんだ」
照れたような笑顔で天音はそう言った。
「そうか、それならちょうどよかった」
大地は断られなかったことに安堵する。そして、天音も同じように誘おうとしてくれていたことが嬉しかった。
「四季には俺から伝えておくから、一星は海原に伝えといてくれ」
「…………みんなも一緒なの?」
「あぁ、一応勉強会は一緒にやったしな」
「そ、そうだね。そうだよね!」
天音は取り乱したように視線を彷徨わせている。心なしか早口になっているが、それだけ打ち上げを楽しみに思っているのだろうと大地は考える。
「いつどこに行くかはみんなで決めよう」
「おっけー」
天音の返事を聞いてから大地は四季に報告へと向かった。
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