第6話 定期テスト

 その後も勉強会は週に二回、三週間に渡って行われた。

 テスト三日前からは大地と天音で放課後にファミレスに入り、ドリンクバーを片手に天音が作成した予想問題を解いてラストスパートを駆け抜けた。


 そして四日間のテストが幕を開けた。


 大地たちは文系選択のため一日目の日程は、数学、化学、現代文の三教科。

 文系科目と理系科目の筆頭とも言える現代文と数学があるため、大地にとってはハードな一日になるだろうと思われていた。


 しかし、開始直後から天音の予想問題がズバズバと当たり、大地は解答欄にシャーペンを走らせる。いつもは空欄が多い大地の解答欄だが、今回はどのテストも八割型埋まっていた。


 得点配分の高い応用問題など、分からないところは飛ばしているし、ケアレスミスや覚え間違えている場合もあるため高得点とはいかないかもしれないが、それでも大地は確かな手応えを感じていた。


 大地はこれ以上は解けないと感じ、シャーペンを置くと、斜め前方にいる天音を見る。

 既に四十分ほどが経ち、残すところ十分となったが、まだ天音はシャーペンを置いていなかった。


 彼女のことだから既に解き終わって確認作業をしているのだろう。最後まで一点でも多く取りにいこうとするその姿勢は大地からは感じられないものだった。


 そうして一日目の全教科が終わると、クラス中を様々な声が飛び交う。


「ぐぁ~! 終わった~!」

「お前どうだった? 今回わりと簡単だったよな」

「大問三の二問目って答えなに?」

「明日って英語表現と古典と世界史だよね。世界史とか全然勉強してな~い」


 友達とたった今テストを受けた教科の答え合わせを始める人や明日の教科の話をする人など、教室内に飛び交う声は皆テストの内容だ。


 大地は明日行われるテスト教科のノートや教科書、資料集などをすべてスクールバッグに入れる。


 ほどなくして先生が終礼を始め、テスト一日目は終了となった。


「大地はテストどうだった?」


 四季とともに帰路についた大地は、先ほどのクラスメイトたちと同様に今日実施されたテストの話をする。


「赤点は無事に回避した」

「お前……そんなに……」


 一星天音に教わって、なおそんな点数を取るのか。そう言いたそうな呆れ顔を浮かべる四季。


 しかし、今日の大地にはノーダメージだ。


「安心しろ、いつもに比べれば高いはずだから」

「それならいいけどよ。その調子で明日の教科も頑張ろうぜ。んじゃ、またな」


 大地としても天音の貴重な時間を無駄にしたような結果を見せることはできない。


「また明日」


 大地が応えると四季は引いていた自転車にまたがって去っていった。


 大地はその後、数分で家に着くと着替えをしてそのままファミレスへ向かった。


「申し訳ない、少し遅れた」

「お、平くん。全然いいよ、私が早く来すぎちゃっただけだしさ」


 ファミレスで待っていたのは一星天音。

 今日は昼食を摂りつつ自己採点と明日のテスト教科の勉強をする約束をしていた。


 テストの正誤確認自体は、テストを返却されたあとに授業内で行われるが、天音が言うには自己採点をするという癖をつけることが目的らしい。検定や大学受験などでは基本的に回答のみが伝えられるため、それに備えた対策というわけだ。


 また、たった一つでもテストの回答に不安が残っていると、他のテストを受けている時に気になってしまい、集中力を欠くこともある。そういった事態を防ぐこともできるのだと言っていた。


 天音は既に自己採点を始めていたのか、右手に赤いボールペンを持っている。

 テーブルにはテストの問題用紙と教科書類、お冷がある他に、リンゴジュースが入ったグラスが置かれていた。どうやらドリンクバーだけを注文して大地を待っていたらしい。


 大地も天音の対面に座りドリンクバーを注文すると、早速スクールバッグからテストの問題用紙と赤ペンを取り出す。


 問題用紙には天音から言われていた通り、解答欄に書いた自身の回答と同じ答えをメモしてある。これがなければ、よほどの記憶力がない限りは自己採点をすることができなくなってしまうため、文章で回答する問題に関しても忘れずにメモをしておいた。


「自分で一通りチェックが終わったら私にも見せてね。どこを重点的に教えればいいか確認したいから」


 大地がドリンクバー用のグラスに天音と同じくリンゴジュースを注いで席へ戻ると、天音がそう声を掛けてきた。


「あぁ、分かった」


 大地はノータイムで返事を返す。しかし、数秒遅れて天音が慌てた様子で言葉を紡ぐ。


「あ、でも私に見せたくないとかだったら無理に見せなくていいからね?」


 強制のような言葉となってしまったことを訂正したかったのだろう。


「見せびらかすような点数じゃないけど、見られても特に気にしないから大丈夫だ」


 大地は天音に答えながら数学の問題用紙と教科書に載っている例題を見比べる。教科書や問題集に載っている問題がそのままテストに出題されているものもあれば、数字だけ変更して出題れているものもある。応用問題に関してはオリジナルの問題が多い。数学に限らず、すべての教科がそうだ。


 大地は問題用紙の間違えている箇所と分からなかった箇所にチェックをつけ、その問題に該当する、教科書に載っている例題にも同じようにチェックをつけた。


 その作業を二教科分続け、気づくと一時間が経っていた。


 正誤の判断は勿論、正解できなかった問題の正しい解き方も一つ一つチェックしなくてはいけないため、想定していたより時間が掛かった。


 そろそろお腹も空いてきた、そう思った頃。


「平くん、キリも良さそうだしそろそろ一旦中断してお昼にしよっか」


 天音がちょうど良いタイミングで声を掛けてきた。


彼女は既に三教科すべての自己採点を終え、明日のテスト教科の勉強を始めている。

 自己採点自体を今回から始めた大地に対し天音は毎回やっていて慣れているのだろう。

 また、単純に誤答や分からなかった問題が少ないというのもある。


 そのため、自己採点は三十分程度で終えていた。


「そうだな。一星から頼んでくれ」


 大地はそう言って、テーブルに備えつけのタブレット端末を天音に手渡す。


「ありがとう! なににしよっかな~」


 彼女は端末を左右にスワイプしながら画面に映し出されるメニューを見て考え込む。視線もメニューも画面上でシャトルランのように行ったり来たりしていた。


「ごめんね、食べ物選ぶ時は優柔不断になっちゃうんだよね~」


 大地にもその気持ちは理解できた。ファミレスでドリアかハンバーグかパスタ、どれを選ぶかと、大枠だけを聞かれても即決できる自信はない。そこからさらにハンバーグであればデミグラスソースにするかおろしポン酢にするか、チーズ入りにするかなど、新たな選択を求められる。すぐに決めることなど到底不可能だ。


「それなら、一星の食べたいものを二つ頼んで半分ずつ食べるか?」

「え、いいの?」

「四季とたまにやってるんだ。同じぐらいの値段で二種類食べれて得した気分になるから。だから一星が嫌じゃなければ」

「やった! ありがとう!」


 男女間の友達ではあまりしないような行為ではあるものの、二つに絞るのと一つに決めなくてはいけないのとではかなりの違いがあるため、大地はあまり悩まずに提案した。例え断られたとしても、それで天音が大地を遠ざけるようなことはないと、これまでの関わりからなんとなく分かっていたからだ。


 しかし、天音があっさりと受け入れたことは意外だった。ただ分け合って食べるだけのことだと考えているのだろう。

 であるならば、大地もあまり意識せずに注文することにした。


 それから十分ほどで配膳ロボットがすべての料理を乗せて運んで来る。


『配膳中です、ご注意下さい』

「あ、来た来た! かわいい〜」


 天音は配膳ロボットを見ながら、まるでヨチヨチ歩く小さな子どもを見守るように暖かな笑顔を浮かべている。


『三番テーブルのお客様、お待たせいたしました。コーンのスープ、春雨とハムのサラダ、和風ハンバーグ、デミグラスソースのオムライス、小盛りナポリタン、エビトマト煮込み、です。トレーの上の商品と、伝票をお取り下さい』


 リーン、リーンと電子音で料理の到着を知らせる配膳ロボット。


 大地と天音は立ち上がり、配膳ロボットに設置されているトレーから料理をテーブルの上に並べていく。


 大地が頼んだのは小盛りのナポリタンとエビトマト煮込み。天音はコーンのスープと、春雨とハムのサラダを注文。和風ハンバーグ、デミグラスソースのオムライスは二人で半分ずつ食べることにした。


『ご注文、ありがとうございました』


 全ての料理と伝票をテーブルの上に移すと配膳ロボットはその場で九十度回転して厨房の方へと戻っていく。


「ありがと〜」


 天音はその背中へと声を掛けた。

 料理を運んでくれたことへの感謝。その相手がロボットだとか人間だとか、天音にはそういったことは関係ないのだろうなと大地は思う。


「取り皿取ってくる」


 そう言って席を立ち、戻ってきた大地に対しても、やはり彼女は感謝を述べた。


「さ、食べよっか! いただきます」

「頂きます!」


 手を合わせてから箸を持ち、大地と天音はそれぞれ料理に舌鼓を打った。どの料理もファミレスのメニューとは思えないほどに美味しく、途中、ドリンクバーに飲み物のおかわりを注ぎに行ったり、ハンバーグやオムライスを取り分けたりして、あっという間に間食してしまった。


 男子高校生の大地でも十分にお腹を満たせたが、それでも二人合わせて三千円程度で済むのだから驚きだ。


「ごちそうさまでした!」

「ご馳走様でした」


 二人揃って両手を合わせてご馳走様を言い、食後のミルクコーヒーを飲みながら大地は中断していた自己採点を再開する。


 現代文は自分なりの文章での回答もあるため、正誤の判定が難しい。文字数は適切か、文末表現は正しいか、必要な言葉が含まれているかなどをチェックしていく。


 自己採点では判定が緩くなりやすいが、むしろ厳しめに見るぐらいでなくては意味がない。


 不十分な回答をあやふやなまま片づけてしまうと、不十分な回答のまま覚えてしまうし、実際にテストが返却された時に自己採点より点数が低いと、その後のモチベーションが下がってしまう。そのため、自己採点では実際に取れるだろう点数よりも少し低めにつけるぐらいが丁度いいのだ。


「よし、これで終わりだ」


四十分ほどで大地は自己採点を終えた。


「お疲れさま! それじゃあ私もチェックするから、平くんは少し休んでて〜」


 大地から手渡された問題用紙を受け取り、早速赤ペンを持ってチェック作業に入る天音。


 大地は食後に入れたミルクコーヒーの残りをちびちびと飲みながらそれをぼんやりと眺める。


 絶対に関わることはないと思っていた天音とテスト後に二人きりでファミレスでご飯を食べ、明日の教科の予習をする。そんな未来を誰が予想できただろうか?


 世間一般からすれば紛れもなくデートに見えるだろう。しかし、天音と大地からすれば両者が交わした約束の範囲内。天音が純粋に大地のテストの点数を向上させるための行動を取っているだけにすぎない。


 未だ大地が天音を助ける機会は訪れていないし、それが訪れるのかも分からないが、そんな状況でも天音は一切手を抜かずに大地へ協力してくれている。


「感謝してもしきれないな」


 大地は気づけばそんなことを口走っていた。


「なにか言った?」


 とうの天音はそんな大地の思考に気づくことはなく、そんな彼女の協力を無駄にしたくないと大地は思う。


「いや、なんでもない。ドリンクバー行ってくる」


 真剣な表情で自身と大地の問題用紙を見比べる天音にバレないよう、大地はこっそり伝票を抜き取って席を立ちレジへと向かった。

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