第4話 解けない呪い
その日の夜、大地は夢を見た。幼い頃の何気ない冒険の夢だ。
「お母さん……どこぉ……?」
当時まだ小学校低学年の平大地は、公園で迷子になっている同じ年くらいの女の子と出会った。
「どうしたの? 迷子?」
不安で今にも泣きだしそうな彼女に、正義感の強かった平少年は考えることなく声を掛けた。
「ブランコで遊んでたらいなくなっちゃって……。ブランコ、なかなか止まってくれなくて……」
涙が零れ落ちそうになるのを必死にこらえるように唇を噛む少女に対し、平少年はどうにか笑ってほしいと思い口を開く。
「……なるほど。――お母さんはかくれんぼがしたかったのか」
「ふぇ?」
「キミがブランコで遊んでて構ってくれないから、隠れてキミが探しに来るのを待ってるんだよ」
「……そうなの?」
「あぁ、うちの母さんもよくやる」
「ほんと?」
「ホ、ホント、ホント……」
もちろん本当ではない。しかし、それ以外に彼女を笑顔にする方法が思いつかなかったのだ。
「だから一緒に探しに行こうよ。キミが鬼で、キミのお母さんが逃げる役。おれも探すの手伝うから」
「……うんっ!」
すっかり笑顔を取り戻した少女の手を引いて、平少年は少女の母親探しの冒険に出た。
「お母さん、ブランコにヤキモチやいちゃったんだね。かわいいね!」
「ウン、ソウダネ」
そんな会話を交わしながら公園を出て、まずはすぐ外側の道を一周する。
「いないねぇ?」
「そうだな、きっとかくれんぼの日本チャンピオンなんだ」
「お母さんすごい!」
「おれたちも本気出すか。ついて来て!」
そう言って平少年は少女の斜め前を、歩幅を合わせながら歩く。少女が不安にならないよう、ぎゅっと手を握りしめながら。
そうしてやってきたのは、公園から大人の歩幅でわずか十数歩先のデパート。距離としてはすぐ近くだが、一人で来たことのないデパートに、それも迷子の少女を連れながら、さらにはその子の母親を見つけてあげなければいけないという条件つきでの十数メートルは、平少年にとって、とてもとても長い道のりだった。
ようやくたどり着いたデパートだが、平少年は迷わずエスカレーターに乗った。
「どこにいるか分かるの?」
「分かんない。でもきっと遠くにはいないと思うから、屋上から見下ろして探すんだよ」
屋上は一面芝生になっていて、分厚いガラスフェンスで囲われているため、背が小さくても景色が見られるようになっている。平少年はそれを知っていたのだ。
「そっか! あたまいい!」
「へへっ、そうかな」
少女は「これならすぐにお母さん見つけられるかも!」と嬉しそうに話し、平少年も我ながらよく考えついたと自分を褒めた。
屋上に着くと小さな子どもを連れた家族が数組いた。楽しそうに話しているのを見て、平少年は早く母親を見つけてあげたいという気持ちになる。
二人でガラスフェンスの前に立ち、公園や近くの道を見回してみる。
「どうだ? キミのお母さんいたか?」
「いない……」
しかし、少女の母親を見つけることはできなかった。
「お母さん……うぅ」
少女はとうとう泣き出してしまった。
少年からかくれんぼと聞いて、今までは不安よりワクワクが勝っていたが、広い範囲が見渡せる屋上から探しても見つけることができなかったため、母親がいなくなってしまったことをより強く意識させられたのだろう。
「大丈夫、まだまだ探し方はいっぱい思いついてるから」
正直、ここから探して見つからないなら、もう見つけられないかもしれない。そんな不安に駆られながらも、平少年は少女に声を掛け続ける。
「もう一回公園に戻ってみよう。キミのお母さんも、キミがいないことに気づいて探してるかも」
「お母さん隠れる役なのに、わたしのこと探してるの……?」
「え? ソウダヨ。た……確か、最近できた特別ルールで隠れる役も鬼に見つからずに鬼をタッチできれば勝ちなんだ。難しいからやる人少ないけど、キミのお母さんは日本チャンピオンだから……」
自分で言っててわけが分からなくなってきた平少年だが、少女に自身の不安な気持ちを感じ取らせないよう必死に言葉を並べ立てる。
「そうなんだ……じゃあもうちょっと、がんばる」
平少年は見事に少女の心を繋ぎ止めることに成功した。
それから公園へ戻ると、程なくして少女の母親らしき人と警察が公園内を見回しているのを見つけた。
「お母さんだ!」
少女は母親だと確信すると、平少年と繋いでいた手を離してぱたぱたと走っていき、むぎゅっと母親へと抱き着いた。
「私が目を離したから……。怖かったよね、ごめんね……」
「うん……。お母さんがいなくなっちゃったと思ってすっごく怖かったけど、でもお兄ちゃんが一緒に探してくれたから平気だったよ!」
それから安心した少女は母親に冒険の話を聞かせる。
平少年は自分の役目を果たしたことにより、今まで感じずにいた疲れがどっと押し寄せてきた。今日はもう帰ろうと思い少女たちに背中を向ける。
「少年、少しいいかい」
しかし、そんな背中に警察官が声を掛けた。
「彼女と一緒に母親を探してくれてありがとう。キミの勇気ある行動にあの親子は救われたよ。さっきあの子も言っていたけど、キミが一緒にいてくれて、心強かったと思う!」
警察官の男は人の良さそうな笑顔を平少年に向けて賛辞を贈った。
しかし、次の瞬間には真剣な顔つきに変わる。
「だけど、今度からは一緒に待っていてあげてほしい。そして、周りに大人がいたら警察に連絡してもらう。探しに行っちゃダメだ、キミまで迷子になってしまうかもしれないからね」
警察官の男の言葉は、平少年自身を思っての言葉なのだと伝わってくる。
「あの親子も、母親が目の前のお店にトイレを借りに行っただけだった。子どもに伝えたみたいだけど、ブランコに夢中でよく分からずに返事をしてしまったようで、母親がいなくなってしまったと感じたみたいだ。だから、待っていれば大事にはならなかった」
警察官は平少年に目線を合わせるようにしゃがみこんで話す。
そこで平少年は、自分ならかっこよく見つけられると思っていたことがとても恥ずかしくなった。探している側だと思っていたが、実際には少女の母親や警察官を困らせ、探させていたのだと気づく。
平少年がしていたのは、まさに迷惑なかくれんぼだった。
「親は誰よりも子どものことを思っているから、必ず探しに戻ってくる。だから、これからは迷子を見つけたら一緒に待っていると、僕と約束してほしい」
警察官のそんなお願いに対し、平少年は力なく頷いた。
「はい……。迷惑かけてごめんなさい……」
「そんなことはないさ、キミはあの子を助けてくれた。本当に助かったよ、ありがとう」
落ち込んでしまった平少年を警察官は家まで送り届け、親に説明をして何度も褒めてくれた。さらには、件の親子までもがお礼を言いに家まで来てくれた。
しかし、平少年の心には称賛の言葉より忠告の言葉が強く残った。決して自分を過信してはいけないという考えが、心の奥深くにしっかりと根づいた。
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