第5話 秘密をバラされる方は防衛策がない。
あたしはぐったりしていた。
心も体も疲れて、何もする気が起きなかった。
いつもの公園のベンチ。隣で丸まった太郎。仰向けで寝転んだあたしが太郎を横目に呟く。
「…ヴァルトってなにさ。大罪人ってなにさ。知りたくなかった。……知りたくなかった」
太郎がひくりと耳を動かす。聞こえている。聞こえてしまっている。知りたくなかった。口から出たらもう、勝手に2回、3回と飛び出てしまう。
あのあと、あたしはあの男の圧が怖くて何も言えなかったし何もできなかった。
そのせいであたしはあの男から太郎の全てを聞かされてしまった。
太郎は元々世界屈指の魔法使いであったこと。
人から慕われ、尊敬されてきたこと。
そんな太郎がたくさんの人をザンサツしたこと。
全て聞かされてしまった。
あの時太郎があたしとあの男に気づいて割って入ってくれなければ、他にどれだけの秘密をばらされていたか、あたしには想像もつかなかった。
「……おれから話しておけば、よかったな」
隣からそんな後悔の念。あたしは、あわてて起き上がる。
「ち、ちがう、太郎。それは違う。それは。」
あたしは太郎に伝えようとする。秘密は、無理に話すものでは無くて、秘密は、秘密であっていいもので、秘密は……
しかし、それも言葉にならなくて、口ごもる。
いらない風が吹いた。それが太郎から秘密を奪っていった。
「おれは異世界で大罪を犯した。許されないほどたくさんの人をころした。魔法で一思いに、たくさんの人をころした。おれはそんな、魔法使いの風上にも置けない悪いやつだ。」
あたしは動かない。うん、ともすん、とも声に出せない。
「おれはそれが理由でさっきおまえが絡まれていたカルージュって男に裁かれたんだ。んで、異世界救済の刑をくらってこの世界に飛ばされてきた」
そこであたしはやっと息を吸って、言葉を吐く準備を整えることができた。あたしは一呼吸おいて太郎に問う。
「ねえ、そのいせかいきゅうさいの刑ってなに?刑罰なんだよね?」
「ああ、この刑を言い渡されると、ランダムに選出された異世界に送り込まれるんだ。そこで世界を救えたら、元の世界で転生させてもらえるんだ」
「そう……じゃあ太郎はもう、この世界を救う計画を立て終えてるの?」
あたしがそう聞くと、太郎は大きく息を吸って、空を見上げた。こういうのをたぶん、“仰いだ”っていうんだと思う。
「それがなぁ。この世界、平和なんだ。子供も女も笑って暮らしてやがるし、オマケに人類を脅かしている魔王もいないと来た。強いていうなら人間同士の戦争ごとや貧富の差、差別、飢饉くらいだ。でもそういうのは、おれじゃどうにもできねえ」
息を大きく吸って、太郎は続ける。
「魔法は自分の大切なものを守るために、相手を傷つけるための手段でしかない。それじゃあ人は救えないんだ。傷つけていいほどの極悪人がいないこの世界に来ちまった時点で、魔法を使うことしか脳がないおれは詰んでんだ」
太郎はそこまで言い切ると、その場に寝転がった。
「できることといえば、この公園でぼーっと暮らしてお前と駄弁ることくらいなんだよ」
あたしは寝転がった太郎に何か言いたくなった。何か言わなきゃいけない気がした。
でも、何をいうのか、わからないまま口を開いてしまった。
「太郎はさ………」
そこから先がやっぱり思いつかなくて口を閉じかけたその時
「やっと見つけましたよヴァルト!」
しっこくの男が再び姿を現した。
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