第2話 独り言は秘密にするものです。

 いつもより軽い足取りで去っていく少女を、1匹の犬は見送った。

 最後にあいつが学校に行くなんて言ったのはいつだったろうか。

 あまり長い付き合いなわけではないが、彼女について知っていることは他人に比べて少ない方ではないと思う。


 やがて、少女は見えなくなった。


 ひとりになった犬は、先ほど少女がくれた生姜焼きと冷凍ご飯を包んでいたサンラップを器用に口で咥えてゴミ集積所に向かう。

 今日はゴミの日だ。いつも袋の結び目が緩んでいる佐藤さん宅のゴミ袋に押し込むのだ。


 毎度毎度、決まり通りゴミ袋に名前を書いて出すような律儀な人なのに、袋の結び目だけはゆるゆるなのだ。なぜなのだろうか。


 そんなことをぼーっと考えているうちに、佐藤さん宅のゴミ袋に自分のゴミを入れ終えた犬は、もと居た公園に戻る。

 公園の入り口からいちばん遠い草むら。そこが犬の住みかだった。

 ガサガサと音を立てて中に入ると、小さな空洞になっている。


 犬はそこに座り込むと、物思いに耽る。


 前世ではいろいろなことがあった。


 いろいろなことをした。


 いろいろな人たちに出逢った。


 いろいろなものを見た。


 この世界には魔法の概念も、人類を脅かすナニカも居ない。


 俺はここにいても、なんの役にも立たない。


 逆に言えば、もうあんなふうに悪役を買って出るようなこともしなくていい。


 強いていうなら、あの少女……名を確か、玲と言ったか。の、居場所くらいにしかなってやれん。


 そんなことでいいのだろうか。


 使命とか、宿命とか、かっこいい言い方をして良いものではないが、そういうようなものを現在進行形で背負っている俺は、毎日、ほんの少しずつ焦りが増幅していくのを感じている。


 そこで犬はひとつ、ため息をついた。

 と、同時に、雨粒が一つ鼻の頭に落ちたのを感じた。


 この住みかは、雨は防げない。


 どこか雨宿りできる建物を探して、犬は歩き出した。


 それを後からつける人影には、気づく様子はなかった。

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