ひみつのわんこ
佐敷てな
第1話 ひみつのわんこと目が合ったなら。
出るよ。
出るわけ。ばっかじゃねえの。
兄貴も姉貴もやいやい言い合う。
あたしを挟んだ両側。布団の中での怪談話。
「ね、玲はどう思う?」
姉貴はあたしに訊いてくる。『出るよ、きっと』そう言って欲しそうな顔だった。
「知らない」
正直、どっちでもいい。出たら出ただし、出ないなら出ないでいい。姉貴は楽しそうに訊いてくるけど、あたしは興味がなかった。
「もう、玲はつれないなあ」
姉貴はふてくされた。もういいもん、絶対いるもん。と吐き捨て、姉貴はあたしと反対方向を向いてしまう。
「芽依も頑固だな」
笑いながらいう兄貴。あたしに言っているのだろうか。
「兄貴はどうしていないと思うのさ、ゆうれい」
興味はないが訊いてみる。優しい兄貴がここまで意見をゆずらないのもめずらしい。
あたしに訊かれた兄貴は、一瞬話すか話さないか迷ったような表情を見せたが、意を決したように、でもあたしから目をそらしながら
「昔みたものが、幽霊じゃないって信じてるんだよ」
と答えた。
何言って。見たんならいるじゃん。
「あの時は本当に怖かったんだよ…」
兄貴が呟くのを横目に、あたしは眠りに落ちた。
兄貴の言うことは、小学生のあたしにはよくわからなかった。
ランドセルの中に必要なものを入れる。
つめ込んだら、せおって、
「いってきまーす」
学校と反対方向に歩き出した。
あたしの住む町はいわゆる田舎だ。2つに結んだ黒いかみの毛ををゆらしながら、あたしは田んぼ道をゆく。小さな公園をめがけて、どこまでもゆく。
「おーい。太郎」
公園に着くなり、草むらに向けて声をかけた。
一度や二度では出てこないので、5回くらい声をかける。寝起きが悪いのだ。
「ん…おれはたろうじゃねぇ…」
ぶつぶつ言いながら眠気なまこで出てくるが、あたしがおはようと言うと、すなおにおはようを返す。いいやつ。
犬だけど。
まほうつかいの生まれ変わりらしい。
しゃべる犬なんているわけないと思ってたけど、生まれ変わる前は人間だったと言うなら、しゃべれるのもわかる。
あたしは生まれた時からしゃべれたわけではないので、きっと生まれ変わる前は人間じゃなかったんだろう。
「ほら、ごはん。これでよかった?」
あたしは太郎の前に昨日のばんご飯のしょうが焼きと、冷とうされた白ごはんを出した。
「お、うまそうだな。ありがとうよ」
そう言って太郎は前足を手のひらのように広げてほのおを出す。まほうだ。
太郎はまほうで出したほのおで器用に白ごはんをかいとうして、冷め切ってしまったしょうが焼きにもう一度火を通す。
「ねえ、犬なのに人間のご飯を食べても死なないの?」
あたしは今までずっと気になっていたことをたずねてみる。
「あ?ああ、ドッグフード、まじぃんだよ」
「まじぃ…おいしくないの?」
「ああ。おいしくない。お前、言葉遣い綺麗なのな」
「きれい…?そうかな」
まただ。昨日の兄貴にひき続き、太郎もよくわからないことを言う。言葉は言葉。誰がどう使おうが変わらないのに。
「あー、んなこたぁいいんだよ。おまえ、学校はいいのか?」
太郎に言われて思い出す。そういえば、今日は学校だ。
「……いいや。めんどくさいし」
「そうか。でもおまえそれ、怒られねえのか?」
「…おこられたって、殺されるわけじゃないんだし、いいよ」
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだよ」
そんな会話をして、あたしはしばらく太郎がしょうが焼きを食べているのを見ていた。不可解な光景だと、何度見ても思う。
やがて、太郎はあたしが持ってきたご飯を食べ切ってしまった。
「ご馳走さん。今日の飯もうまかったぜ。おまえのかーちゃんにもうまかったって伝えてくれや」
「わかった。おいしかったって言っとく」
「ああ、よろしくな」
そこでいったん会話がとぎれる。私はよっこいしょ、と立ち上がった。
「どこ行くんだよ」
「学校、行こうかなって」
「おお、行くのか」
「うん」
ご飯としょうが焼きがなくなって軽くなったランドセルを背負う。
「気をつけて行ってこいよ」
「うん」
「いってらっしゃい」
いってらっしゃいとか言うんだ、太郎。完全にキャラ変わっちゃってるけどいいのかな。
「いってきます」
あたしは振り向いて言った。
あたしはずんずん歩き出した。なんかちょっとゴキゲンだ。
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