第16話ハロウィン当日
(顔・・・見られた・・・)
母親は、不思議そうな顔でこちらを見ている。空太は頭の中が真っ白になった。
「え?あ・・・お知り合い、ですか?」
母親の言葉で、警備員は空太を抑える手を緩めた。
「・・・・・・!」
その隙を逃さず、空太はすばやく立ち上がり、ガラガラを突き飛ばして、走り出した。
「お、おい!待て!」
後ろから、ガラガラの大きく倒れる音と、警備員の叫び声が聞こえたが、振り返らずに走り去った。
「はあ・・・はあ・・・」
店を出て、商店街を走り抜け、誰も追ってきてないことを確認した空太は、その場にしゃがみこんだ。
(ど、どうしよう・・・・顔・・・顔・・・見られた・・・・)
まさかの事態に、空太の頭が完全にパニックになっていた。
(どうしよう・・・もう、観念して家に行って全部話すか?)
(で、でも・・・・・)
「・・・・・家・・・・」
空太は息を整え、少し冷静になった。
あの場では誰もケガしていないし、被害者も出ていない。母親は普通にあのまま家に帰るだろう。
(家に帰れば当然五年前の俺がいて・・・あの日はずっとリビングで親父とテレビ見てたから・・・)
もし、母親が空太に〝今どこにいる?〟と電話で聞いても、〝家だけど?〟と普通に答えるだろう。しかもあの日は、空太の父親も家にいたから、アリバイはちゃんとある。
(それに、顔を見られたのも一瞬だし・・・・)
〝空太に似ている気がしたけど、人違いか〟となるはずだ。しかも今の自分は確かに空太本人だが、五年後の空太だ。髪型も、顔立ちも、五年前の自分とは少し違う。
(それに、ガラガラ倒すことには成功したんだから・・・)
おそらく母親はチケットを当てられないはずだ。やるべきことはやった。
あとは、エミリー事件を阻止するだけだ。
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〝ねえ・・・・・〟
〝ねえ・・・・何で・・・・〟
〝何で、笑ってるの?〟
「・・・・・・はっ」
エリーが目を覚ますと、心配そうにこちらを覗き込んでいる空太がいた。
「・・・・大丈夫か、エリー?」
「・・・ここ、どこ・・・」
「ビジネスホテルだよ。砂原エリの家から逃げてきて、ここに泊まることになった。でも、あの夜から高熱がずっと続いてて、意識もなくてうなされた。・・・覚えてないのか?」
エリーが辺りを見渡すと、ここは確かにホテルの一室で、窓の外は明るかった。
「そうだ。あの後、ホテル、泊まった・・・」
「良かった。また記憶喪失かと思ったよ」
「ずっと、夢・・・見てた。たくさん・・・」
「そりゃあれだけ寝たらな(笑)」
空太は安心したように息をついて、備え付けのペットボトルの水をコップに注いで、サイドテーブルの上に置いた。そして、エリーのベッドの横に置いてある椅子に腰かけた。
「いま、何日・・・?」
「十月三十一日」
「え!うそ!」
エリーは驚いて、ベッドから身を乗り出した。
「お、落ち着け。まだ昼の十二時だから。事件が起こったのは夕方だったし・・・あ、ちょっとは熱、下がったみたいだな」
エリーのおでこに当てた体温計を見て、空太は安堵の息を吐いた。
「・・・・私が寝てる間に、何かあった・・・・?」
「いや、何も。俺たちの事件もテレビのニュースになってなかったし。砂原エリを襲った次の日はお前の看病とか色々やることあって何もできなかったんだけど。その次の日からは、砂原エリを尾行してた。もちろんバレないように最大限気をつけてたけど」
「・・・・どうだった?」
「何も変わりはなかった。彼氏に学校まで送り迎えしてもらってて・・・」
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空太は事件の翌々日の朝、砂原エリの家の前を張っていた。待ち合わせ時間になり、玄関前で待っている彼氏のもとへ、砂原エリは駆け寄って行った。
「いつもお迎えありがとう、裕司くん」
「今日は時間通りに起きれたな。昨日みたいにまた寝坊するんじゃないかと心配してたけど」
「ひどい~。そんな何度も同じ失敗はしないよ~」
「まあ昨日も始業時間には間に合ったから良かったけど。でも昨日、なんか機嫌良くなかった?」
「朝から裕司くんが迎えに来てくれるかと思うと、ドキドキで寝れなかったの♪」
少しおどけた様子で答える砂原エリを、その彼氏は優しく小突いた。
「ばーか。何言ってんだ」
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「・・・二人の会話から察するに、前日も普通に学校行ってたみたいで、事件の事も話してないっぽい。大分やばいよな」
「やばいって?」
「だって、前日の夜にいきなり見知らぬ奴らが家におしかけて来て殺されそうになったんだぞ?普通、怖くなってしばらく学校休むとか、警察に保護してもらうとかするだろ。・・・・まあ、あの夜の一件で砂原エリのやばさは身を持って知ったけど」
空太は、あの日の夜のことを思い出していた。昼間に見た砂原エリとは全然違う、恐ろしい一面を目の当たりにしてしまったことを。
「だから言ったじゃない。〝普通じゃない〟って」
「そうだよな。ごめん」
エリーの言葉に空太は神妙な面持ちになり、深く頭を下げた。
「なに急にそんな謝って」
「いや、あの夜に砂原エリに襲われるまではさ、心のどこかで砂原エリは実は犯人じゃないかも・・とか少し思ってたから。まさか本当にあんなに怖い人間だったとは思わなくて・・・ちょっと、油断してたから。エリーがいなかったら、多分俺殺されてたし」
「それはお互い様よ。私だって、あんたがいなかったらやられてた」
「・・・・そういえば、もう〝大丈夫〟か?」
「何が?」
「いや、メンタル的な部分で・・・・」
実の母親に人殺し呼ばわりされてしまった。おそらくそのショックと今までの心労、病気が重なってエリーは数日間も寝込んでしまっていたのだろうと思っていた。空太は、エリーを心から心配していた。
「・・・大丈夫。てゆうか、落ち込むっていうより、寝すぎてまだ頭がぼーとしてる」
「大丈夫かよ。もう当日だぞ?」
「動いてるうちに回復すると思う。それで?そのままずっと砂原エリ張ってたの?」
「ああ。授業中のときはここに戻って、お前の看病してたけど。あと塾がある日は学校帰りにそのまま直行してた」
「塾・・・?」
「ああ、家から少し離れてるとこだけど、ツクヨ学院ってとこ。知ってる?」
「塾に通ってたのは聞いてたけど・・・・」
「すげえ優秀なんだな。講師の人達も噂してたぜ」
「噂・・・?」
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砂原エリの通う塾は、駅裏の二階建ての建物だった。砂原エリが建物に入ったところを確認してから、空太は塾の入口前を張っていた。入口には、難関高の合格者数などが大きく書かれた紙が貼られていた。
(なんか、エリートの塾って感じだな。まあ、大分優秀らしいし・・・)
「志望校の話、またお母さんに相談してみます!」
「はい、またいつでも相談のるからね~」
「明日は遅刻するなよ?」
「はあい!」
入口で立ち尽くしていると、中から複数の生徒と講師らしき二人の男性の声が聞こえてきた。
(やば・・・!こっち来る・・・!)
空太は咄嗟に入口付近の物陰に隠れた。
「「鈴村先生じゃね~!!」」
「はい、気をつけて帰ってね。じゃね~」
「おい、俺は!?(笑)」
「あ、はい。二宮先生もさようなら~(笑)」
「おい、ついでかよ(笑)」
二宮と呼ばれた講師は苦笑した。年齢はおよそ三十代半ばくらいに見える。まだ若いせいか、生徒からいじられキャラになっているようだった。もう一人の鈴村と呼ばれた講師は五十代くらいの年配で、生徒を優しい目で見送っていた。
入口で生徒を見送り終えたところで、二宮が鈴村に声をかけた。
「鈴村先生、これ見ました?」
二宮は、教科書にはさんで持っていた冊子を鈴村に見せた。
「ああ、生徒に配る前に少しだけ目は通しましたが・・・」
(何だ・・・?)
空太が物陰から二宮の冊子を覗き込むと、表紙には、〝全国統一模試結果〟と書かれていた。
「やっぱ特進クラスは強いですね。全員、全教科百位以内ですから。その中でもほら、うちの砂原エリ、数学一位ですよ。ほかの教科でも上位二十位に入ってます」
「ほう。素晴らしいですね。彼女は確か、清明中学の・・」
「そうです。まあ、このまま高等部に内部進学するようですが。・・・学校でも小学部の時から無欠席だそうで遅刻も一回だけのようです、推薦でもっとレベル高い高校目指せると思うんですがね~」
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「・・・て噂してた。今までほぼずっと無遅刻無欠席らしいし、なんか完璧主義っぽいから、どうしても学校は休みたくなかったのかな」
「・・・・・今日の砂原エリは?」
「今日の朝、普通に登校してた。今はまだ授業中のはず・・・」
「警察に聞いた当日の私の足取りは、学校終わりにそのままピースランドに向かったらしいから、これから用意しても十分間に合うと思う。行きましょう」
空太とエリーは立ち上がり、準備を始めた。
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昼の十三時。仮装した二人はピースランドに到着し、周りを観察した。ハロウィンだけあって、入口から仮装した客でにぎわっていたが、砂原エリも、怪人のコスプレも見当たらなかった。
「学校の前で張ってたほうが良かったかな?」
「仮装してると目立つし、尾行しながら仮装する時間ないでしょ。それに、まだ砂原エリが犯人と確定したわけじゃないから。もし他に真犯人がいるのに砂原エリの動向追ってたら、犯人を取り逃がすことになる」
「えっ・・・真犯人て・・・砂原エリが犯人じゃないのかよ!?」
「私はそうは思ってないけど、あんたが言ったんでしょ。とりあえず何にしてもエミリー事件を止めるのが先決だって。もうタイムトラベルはできないし」
「そうだけどさ・・・あの、ちなみに、」
「何?」
空太はエリーの全身を一瞥した。
「・・・・何で警官のコスプレ?」
砂原エリにバレないように仮装の準備をしてきた二人だが、黒いマントを羽織っただけの空太に対し、エリーは黒マントの下に、警官の制服を着こんでいた。そして、空太はチーター、エリーはゴリラのリアルなマスクを被っていた。
「いいじゃない。よく病院で見てたし、一回着てみたかったのよ。ほら見て、警察手帳もついてる」
「いや、お前の天敵だろ・・・」
「そうゆうあんたこそ、マントだけだと寒くない?」
「下にパーカー着てるからそこまで寒くない」
空太の服の防寒を気にするエリーに、空太はマントを広げて中を見せた。
「・・・ちょっと待って。このパーカー、砂原家に侵入してたときに着てたやつじゃない?」
「そうだけど、他の服洗濯してまだ乾いてなかったから、これしかなかったんだよ。あの日暗かったし、ちゃんとマントで隠せば問題ないだろ」
「ちゃんと隠してよ。もし私たちがピースランドにいるってバレたら、エミリー事件どうこうの前に私たちが殺されるかもしれないんだから」
「こ・・・・」
(そ、そっか。俺たちだって、殺される可能性あるんだよな・・・・)
エリーが伏せている間、一人で砂原エリを尾行していたが、よく考えればものすごく危険行為だったと自覚し、空太は青ざめた。
「でも、もし砂原エリが現れなかったら・・・」
「事件が起きなかったらとりあえず一件落着でしょ。そのあとどうするかは、今日乗り切ったあとに考えればいい」
「そ、そうだな」
「あんたの服装もだけど、あんたと彼女ちゃん、今日ここに来るんでしょ?それも見つからないようにしないと・・・」
「あ、それは大丈夫。もう手は打っておいた」
母親に姿を見られたあの日以来。母親とは接触していない。しかし、その後の動向が気になった空太は、ネットカフェで有未のSNSをチェックした。
【今週末合宿だあああ(*´Д`)】
どうやらあの後母親はピースランドのチケットを当てなかったらしい。SNSの書き込み内容が変わっていたことに安堵した。
情報収集の為、砂原エリのアカウントを検索してみたが、鍵がかかっていて見ることはできなかった。
(とりあえず、有未の命は確実に守れた・・・。良かった・・・)
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ピースランドの入口で砂原エリを待つこと、約一時間。
「・・・・まだかな?」
「今はテスト期間で学校終わるの早いから、そろそろ来るはず・・・あ、あそこ!」
エリーが指さした方向を見ると、砂原エリの姿があった。しかし、仮装はしていない。
「仮装してないぞ・・・?」
「これから着替えるんじゃない?大きい鞄持ってるし。・・・ほら、更衣室入ってった」
ハロウィンの仮装客のために、ランドの入口の前には特設の更衣室が設けられていた。たくさんの仮装客に紛れて、砂原エリは更衣室に入っていった。
(ここで着替えたのか・・・・)
更衣室のカーテンが開き、中からホラー映画の怪人に扮した砂原エリが現れた。
「・・・・・・・!」
「やっぱり、砂原エリが・・・〝エミリー〟ね」
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