第14話運命の〝再会〟
体が震えていたせいで、梯子を登るのに時間がかかってしまった。空太がベランダに降り立つと、もうすでに窓ガラスは割られていて、エリーは部屋の中に侵入していた。
そして、窓際のベッドで眠る砂原エリに馬乗りになり、その首に手をかけようとしていた。
(・・・ど、どうしよう・・・)
エリーの意識は砂原エリにだけ向いていて、空太が登ってきたことには気づいていない。
エリーを止めたいが、今声を出したり、強引に止めに入れば、砂原エリが起きてしまうかもしれない。
「・・・・・・・」
空太が迷っている間にも、エリーは戸惑いなく、砂原エリの首に手をかけた。
次の瞬間。
「・・・・・・・・!」
砂原エリが目を開き、エリーの手を素早く払いのけ、エリーに覆いかぶさり、首を絞めた。
「エ、エリー!」
あまりの速さにエリーは呆気に取られて抵抗できずにいた。空太は思わずエリーの名前を叫んで部屋の中に入った。
「・・・・・・・」
瞬時に空太がエリーの仲間だと察知した砂原エリはエリーを蹴り上げ、ベッド横の勉強机からハサミを取り出し、空太に向かってきた。
「う、うわ・・・・!」
昼間に見た砂原エリとは全く違う形相に、空太は怖気づき、後ろ足で逃げようとするも、背後にあった本棚に激突し、その衝撃で本棚から参考書やらアルバムが空太の頭上に落ちてきた。
その衝撃で体勢を崩した空太の顔に向かって砂原江梨ははさみを突きつけ、空太はなんとか寸前でよけ、はさみは本棚に勢いよく刺さった。
「あ・・・あぶね・・・」
空太が一瞬安心したのも束の間、砂原エリは空太の首を締め上げてきた。
「・・・・ぐ・・・」
空太も抵抗するが、砂原エリはびくともしない。
(な・・・なんつう力だ・・・)
苦しむ空太の目に、砂原エリの背後で、むせながらも立ち上がるエリーの姿が映った。
エリーは散らばった本の中から硬そうな辞書を拾い上げ、背後から砂原エリに近づいた。
「・・・・・・!」
エリーが辞書を振り上げた瞬間、その気配を察知した砂原エリは空太から手を離し、エリーの攻撃をよけ、エリーに向かっていった。
「ゴホッ・・・」
砂原エリから解放された空太は床に手をつき、大きくむせた。
ふと、手元に落ちていた一枚の写真が目についた。
空太が本棚にぶつかった衝撃で、写真アルバムから落ちてきたらしい。それは、砂原エリの小学校卒業式の写真だった。写真の中の砂原エリは、校舎の前で、卒業証書片手に母親と並んで幸せそうに微笑んでいる。
(あれ・・・・〝この子〟、どこかで・・・?)
そんな空太を背に、砂原エリはエリーと格闘していた。しかし、足元に散らばった本に足を取られ、砂原エリは体勢を崩した。
その隙を突いて、エリーは砂原エリを押し倒し、口を抑え、隠し持っていたナイフを振り上げた。
その時。
「エリ、エリ!どうしたの?」
廊下から、砂原エリの母親の声が聞こえた。
二階の隣の部屋で寝ていたらしい。先ほどの物音で起きてしまい、廊下からここの部屋に向かってくる足音が聞こえる。
(や・・・やばい・・・)
エリーが母親の声に気を取られた瞬間、砂原エリは自分の口を抑えていたエリーの手に嚙みついた。
「痛っ・・・・」
「ママーーーー!助けて!殺される!!」
砂原エリがそう叫ぶと、部屋のドアが勢いよく開き、寝間着姿で血相を変えた砂原エリの母親が現れた。
「・・・・・・・・・」
散乱した部屋に、片膝ついている見知らぬ男。そして、自分の娘に覆いかぶり、ナイフを構えている中年女。
「きゃ、きゃあああああ!人殺し!」
一瞬の沈黙の後、母親は怯えて叫んだ。
「マ、ママ!!」
母親の姿を見て呆気に取られたエリーを突き飛ばし、砂原エリは母親の元へ駆け寄った。
「け、警察・・・警察を!!」
(やばい!)
こんな状態で警察を呼ばれたらとんでもないことになる。
「お、おい、逃げるぞ・・・エ・・」
空太は立ち上がり、エリーの手を引っ張ったが、エリーはその場に立ち尽くし、呆然としていた。
「おい!大丈夫か?」
「・・・・マ」
「え?」
「マ、マ・・・・・」
そう呟き、エリーは静かに涙を流した。
「・・・・・・・・」
どうやら、実の母親に人殺し呼ばわりされ、憎悪の目を向けられたことがショックだったらしい。エリーはその場に、固まってしまっていた。
「・・・・・・!」
迷っている時間はない。空太はエリーの手を強引に引っ張り、ベランダへ向かった。
すると、母親の影に隠れて怯えていた砂原エリが、こちらへ向かってきた。
「エ、エリ危ないわよ!」
「出てって!今すぐ出てってよ!!」
砂原エリは空太の背中を押し、力ずくでベランダに追いやった。
「・・・・・・・」
ベランダには梯子が立てかけてあるが、悠長に降りている時間はない。空太は動けなくなっているエリーを抱え、ベランダから近くの木に飛び乗った。
ほぼ木から滑り落ちて、地上に降り立った二人だが、一応ケガはなかった。ベランダを見上げたが、二人が降りてくる気配はない。
「に、逃げるぞ、エリー!!」
空太はエリーの手を引っ張り、走り出した。
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謎の二人が逃げた後、母親は砂原エリの両肩を掴み、全身を見た。
「だ、大丈夫?エリ!ケガは?」
「・・・大丈夫、ママ。ありがとう」
「と、とにかく、警察を・・・」
「待って、ママ」
混乱しながらも警察を呼ぼうとする母親を、砂原エリは引き留めた。
「え?何で・・・」
「警察は・・まだ待って、ママ」
「で、でも・・・・」
「・・・・は、恥ずかしいんだけど、さっきのショックで、ちょっと漏らしたかも。・・・トイレ・・行ってきていい?」
「・・・・・あ、わ、わかったわ」
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「こ、ここまで来れば・・・大丈夫か・・・」
砂原エリの家から逃げ出し、近くの人気のない公園にたどり着いた二人。周りを見渡して空太は安堵の息をついたが、エリーは未だに呆然としたままだった。
「おい、エリー、大丈夫かよ!?しっかりしろ!」
「マ・・ママ・・・ママ・・・ううっ!」
空太がエリーの両肩を掴んで呼びかけると、エリーはその場で泣き崩れてしまった。
「・・・・・・・・」
(そうか・・・エリーも本当は、不安だったのか・・・)
エリーの一番の目的はエミリー事件を阻止して母親を救う事だ。しかし、それは、母親の一番大切なものを奪うことでもある。迷いや葛藤がないわけない。
(そんなエリーの気持ちにも気づかず、俺は、自分のことばっか・・・)
空太はいたたまれない気持ちになり、泣き伏せているエリーの背中に触れた。
「エリー・・・ごめん。俺は・・・」
「も、もう終わりよ、砂原エリを殺せなかった・・・!もうタイムトラベルだってできないのに・・・!」
「・・・・・・・・・・」
「うわああああああ・・・・!」
エリーは絶望した気持ちをぶつけたが、空太は、何故かどこか、冷静だった。
「いや、まだ、終わってない」
「・・・え?」
空太の言葉に、エリーは顔を上げた。
「まだ、エミリー事件は起こってない。ハロウィンの・・事件が起こった三十一日まで、まだ時間はある。なんとかして、俺たちでエミリー事件を止めるんだ」
「ど、どうやって・・・」
「もうとりあえず、当日にピースランド行って、エミリーの館の前を張るしかない。事件があった時間だって覚えてる。十八時四十分だった。その時間に、あの今やってるホラー映画の、仮面のコスプレをして現れた奴が、犯人だ」
「俺は正直、砂原エリが犯人かはわからないし、何で犯人がエミリーの館で人を殺したのかもわからない。だから、それらを全て見極めるためにも、エミリーの館に行くんだ」
「俺たちにできないことはない。俺たちはここまでやって来れた。大丈夫だ、エリー」
「エミリーを止めれば、有未は助かるし、あんたの母親も救われる。俺たちの目的は何も変わらない。だから、エリー・・・」
そう言って、空太はエリーに手を差し出した。
「・・・・諦めないで、もう少し、踏ん張ってくれ。頼む」
エリーは戸惑いながらも、その手を取り、立ち上がった。
二人はその日、隣町のビジネスホテルに泊まり、明日からの作戦を練る・・・・予定だった。
しかし、それは敵わなかった。
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