第13話エミリー暗殺計画

砂原エリとその彼氏は、閑静な住宅街の中にある、砂原エリの家の前に到着した。砂原エリの家は一軒家で、住宅街の角を曲がった、少し奥まった場所にあった。


「裕司くん、ありがとう」

「いいよ。明日の朝も迎えに行くから」


こうして、砂原エリは彼氏に手を振り、そのまま帰宅した。

そんな微笑ましい情景を、エリーはずっと険しい顔で見つめていた。


「・・あの彼氏のことは、もちろん覚えてないよな?」

「身の回りのことは警察や母から聞いてたけど、もちろん記憶にはない。まあ、〝計画〟には関係のないことだから」

「・・・で、暗殺って、どうやってやるんだ?」


空太に聞かれたエリーは、砂原家の二階の窓を指さした。


「今日の夜、砂原エリが就寝した頃に、二階の自室に忍び込んで殺る」

「え!」

「それが一番成功率高いでしょ。外で襲うと抵抗されたり騒がれて人が駆けつける危険がある。しかも今週末まで彼氏くんが毎日送り迎えするって言ってたし。いつ外で一人になるタイミングがあるかもわからないから。それに、丁度家の位置も目につきにくい場所にあるし」

「そ、そうだけど・・・・」

「じゃあさっそく準備するから」


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夜十二時を周り、人気のない住宅街に、二つの影が忍び込んできた。空太とエリーはできるだけ目立たないように、空太は黒色のパーカーに黒色のパンツ、エリーは黒いトレンチコートに身を包み、二人とも黒いキャップを被って、顔はマスクと眼鏡で変装していた。


「な・・なあ、本当にするのか?」

「ここまで来て何言ってるの」


怖気づいて小声で尋ねる空太に対し、エリーに迷いはない。


砂原家の裏に到着したエリーは、荷物をおろし、準備を始めた。


その様子を見ながら、空太は夕方にしたエリーとの会話を思い出していた。


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「まず、二階の窓際の部屋が砂原エリの部屋だから」

「・・・住んでた記憶はあるのか?」

「警察で写真を見せてもらったことがあるだけ。もちろん住んでた記憶はないけど、その時の写真の画は覚えてる・・・・まず、この梯子で二階ベランダまで登って、窓ガラス割って部屋に侵入してそのまま絞殺する」

「こ、絞殺って」

「正確には首の骨を折って即死させる。起きて騒がれる前に」

「く・・首の骨を・・折るって・・」


エリーの怪力なら可能だろうが、あまりに残酷に聞こえた。


「な、なんか酷すぎないか・・・他に」

「凶器もいらないし、これが一番最適でしょ。それに・・・」

「それに?」


首を傾げる空太に、エリーは目を細めた。


「・・・砂原エリが寝たまま死んだら、第一発見者は母親でしょ。娘が血まみれになってる状態をみるよりは、まだ、苦しまずに眠ってるように死んでた方がマシだろうから・・・」「・・・・・・・・」

「もちろんどんな死に方でもショックは受けるだろうけど」


一応、エリーなりに母親を気遣っていたらしい。その気持ちを察して、空太は黙ってしまった。


「全部私がやるから、あんたは下で人が来ないか見張ってて。もし人が来たら二階に石投げつけて知らせて」

「あ・・・・うん・・・」


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荷物からホームセンターで買ってきた簡易梯子を取り出し、組み立て始めたエリーの背中を、空太は、ただ、何もせずに見つめていた。


今までエミリーを殺すためにここまで頑張ってきた。しかし、急に今になって、どうしようもない不安が襲ってきた。


(・・・・本当に、こんなことして、大丈夫なのか・・・?)


砂原エリが本当にエミリーだという確証はない。


もし、砂原エリがエミリーではなかったら。


無実な人間を殺したことになり、しかも砂原エリであるエリーは消える。


(俺はどうなるかわからないけど・・・もし、本物のエミリーを殺せずに現代に戻ったとしたら・・・・)


有未は死んでいる。

エリーもいない。

タイムトラベルももうできない。


今度こそ、本当に有未に会えなくなる。


(いいのか・・・それで・・・・)


それで・・・・


それに・・・・


空太は、二階のベランダを見上げた。


(俺・・・今から、人殺すのか・・・・)


正確には空太が殺すのではない。直接手を下すのはエリーだ。


しかし。


(でも・・・俺も、無罪ではないよな?もし捕まった場合・・・)


目の前の人間が殺人を犯そうとしているのを、止めるどころかむしろ見張りまでして協力している。言い逃れはできない。


言いようのない不安と罪悪感が、空太の体を駆け巡った。


そもそもこの時代の人間ではない自分達が捕まるだけでも大混乱になるのだが。もし捕まらなかったとしても、誰にも知られなかったとしても、自分はこの罪悪感に耐えられるのだろうか。


(どうしよう・・・怖い・・・)


エリーは確実に殺る気だ。止めるなら今しかない。


(でも・・・どうやって・・・)


力で敵う相手ではない。かといって説得している時間もない。


(今までだってすぐ論破されてたし・・・・)


(どうしよう・・・怖い・・・)


(誰か・・・助けて・・・・)


身も世もなく、誰かにすがりついて助けを求めたい。この不安な気持ちを、少しでも和らげてほしい。


逃げたい。何もかも捨てて、逃げたい。


(助けて・・・・誰か・・・・)


空太は、ふと、自分の両親のことを思い出した。


(父さん・・・母さん・・・)


空太の両親は共働きで、加えて二人とも所謂〝仕事人間〟タイプであり、いつもあまり家にはいなかった。かといって不仲でもなく、空太も両親を尊敬していたし、他の家庭に比べて家族イベントは少なかったかもしれないが、特に不満はなかった。


しかし、エミリー事件は、そんな藤崎一家に大きな衝撃を与えた。


(あの後・・・二人とも、しばらく仕事休んでくれてたよな・・・)


事件のショックで寝込んでしまった空太を心配して、両親はずっと家に居てくれた。仕事はいいのかと父親に聞くと、「・・・丁度、今休みだから」としか答えなかった。


(今思えば、このままほっとくと自殺しそうだからって心配もあったと思うけど・・)


でも、何も言わずに、ただ黙って、ずっとそばに居てくれた。


柄にもなく家族で出かけてみたり、事件のショックで眠れずにいたら母親はそのままそばで寄り添ってくれて、食事が喉を通らずトイレで吐いてる時は父親が無言で背中をさすってくれ、病院にも毎回付き添ってくれた。


そのおかげで、空太はなんとか回復することができたのだ。


(ガキの頃は冷めた親だと思ってたけど・・・・)


(同級生には学校終わりに実家の店の手伝いさせられてる友達や実家が金ないからって大学行かずに高卒で働いてる奴とかいたし・・)


(今思えば・・・バイトとかやらずに部活にだけ打ち込んで大学まで行けたのも・・全部、親のおかげなんだよな・・)


(そんな一生懸命育ててくれたのに・・俺は・・・・)


自分達の息子がこんなことしてるなんて、親が知ったら・・・・


「え、エリ「後悔してる?」

空太の言葉をさえぎるように、エリーは言葉を発した。


「私をここまで連れてきたこと」

「・・・・・あ、いや・・・」


「辛かったら、もう帰っていいよ。私は辞めないけど」


梯子を組み立て終わったエリーは、ベランダに立てかけ、登りだした。


「エ、エリー・・・」

「ありがとね、ここまで連れてきてくれて」


そう言い残し、エリーはベランダに登った。


(ど・・・どうしよう・・・)


(帰れったって・・・帰る居場所なんてないのに・・・)


どうしたらいいかわからない状況に、空太は軽くパニックになってしまった。


(で、でも・・・・)


とにかく、エリーを止める。止めなきゃいけない。


何の根拠もないが、その考えだけが、空太を突き動かした。


「・・・・・エリ、」


エリーを呼び止めようとして辺りを見渡した。ここは住宅街だ。大きな声は出せない。それに、もし砂原エリを起こしてしまったら、最悪な事態になる。


上を見上げると、エリーは既に梯子を登り切って、ベランダに侵入していた。ベランダの柵が死角になっていて下からはよく見えないが、おそらくすぐに窓を割って部屋に侵入するつもりだろう。


止めるなら、今しかない。


空太は迷いながらも、震える手で梯子を握り、登りだした。


(と・・・止めなきゃ・・・エリーを、止めなきゃ・・・!)


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