第11話二人の行方

「・・・・え?」


何が起こったのか、その場にいた全員、瞬時に理解できなかった。


星野は、エリーに向かって拳銃を発砲した。


エリーはその銃撃を寸前でかわし、星野の後ろに回って首をおさえつけ、星野から取り上げた拳銃を、星野の頭に突きつけていた。


「・・・・っ」

「空太を解放しなさい。でなきゃ、この女を殺すわよ!!」


「ほ、星野さん・・・」

岩田は動揺し、空太に突きつけたナイフを持つ手は震えていた。周りの男たちも困惑していた。一斉にとびかかればエリーは捕まえられるだろうが、星野は確実に殺される。


「ま、惑わされないで!絶対言うこと聞いちゃダ・・・!?」

そう強く言い放った星野の太ももに、エリーが拳銃を発砲した。


「あ、ああっ・・・!」

「ほ、星野さん!!!!」

「解放しないと、次は腹を撃つわよ」

「・・・・・・・」

「その次は心臓・・・言っとくけど、私は二十人も殺してるの。今更、一人増えたところでどうってことはないの。わかるでしょ?」


エリーは冷たいまなざしで岩田を見つめた。


「それとも、そこのあなたが空太を殺してみせる?その瞬間、私と同類になるけどね。まあ、空太を殺したところで、その数コンマ後にこの女が死ぬだけだけど」

「・・・い、岩田さん、ダメ・・・」


「どうする?」


岩田が迷っている間にも、星野の足から大量の血が流れている。一刻も早く、手当する必要がある。しかし、星野は解放を拒否している。


「早く答えを出さないと、失血死するわよ」

「わ、私は大丈夫だから・・・絶対解放しないで・・・」

「・・・・・・・・・」


「時間がないわよ。決めなさい!!」


岩田は、空太からナイフを離した。


「・・・・わかった。解放する・・・」

「い、岩田さん・・・何で!」

「星野さん、すみません・・・俺は、これ以上、人が死ぬところを見たくありません・・・・」


解放された空太に、エリーはハサミを投げて渡した。

「空太、そいつら全員の髪切って集めて」

「え・・何で?」

「いいから!!」


エリーの指示に従い、空太は首を傾げながらも、その場にいた全員の髪を切って集めた。


(・・・・?何なんだ・・・?)


「それ持ってこっち来て」

「・・・・?」


エリーは星野と空太を連れて、倉庫の入口に向かった。


「お、おい、星野さんを解放しろ!」

「はいよっ」


エリーは星野の倉庫の中へ蹴とばし、倉庫ドアを閉め、外にあったドラム缶で入口を封鎖した。


「これで時間稼ぎにはなるでしょ・・・ふう疲れた・・・」

「エリー、何で来たんだ!それに髪集めろって」

「それはこれから話・・・・ゴホ、ゴホ」

エリーは急に苦しそうにうずくまり、血を吐いた。


「ど、どうした!?」

「咳が止まらな・・・ゴ、ゴホ」

「えっ!?」


(そ、そうか・・・こいつ、ガンなんだった)


そうしてる間にも、入口がこじ開けられていく。


「と、とりあえず逃げるぞ!俺の背中に乗って!」

咳混んでいるエリーをおぶって、空太は走り出した。


「今までの髪は持ってるか!?」

「も、・・てるけど、、咳で・・・呑み込めないっ・・ゴ、ゴホッ」

「てゆうか、何であいつらの髪切ったんだよ!?」

「きょ、今日・・・死ぬよてい・・だったから・・ゴホッ」

「はあ!?」


「昨日言ってた・・・ゴホ、トンネル事故で・・・全員、死ぬ予定だった・・ゴホ」

「・・・・・!」


空太は、海岸に向かう途中での会話を思い出した。


(そうだ・・・確かトンネル事故で通行止めになってて・・・)


(あそこで死ぬ五人は・・・あいつらだったのか!!)


そうすれば、タイムトラベル前に星野達が空太に会いに来なかったことにも合点がいく。星野達は、空太のマンションを訪ねた後に、死んでいたのだ。


(タイムトラベル前は家を留守にしてたけど、今回はつい玄関開けちゃったから・・・)


偶然にも、マンションで空太達とひと悶着あったことがタイムロスとなり、彼らはトンネル事故に巻き込まれなかったのだ。何も知らなかった空太だったが、間接的に彼らの寿命を伸ばしていた。


無我夢中で走っていると、背後から銃声が聞こえた。振り返ると、岩田に支えられた星野が、こちらに拳銃を向けていた。


「あいつ、まだ銃隠し持ってたのか・・!」

後ろを警戒しつつ、空太は再び走り出した。


「・・・ゴホ、ゴホ・・・」

「大丈夫か、エリー!今の弾、当たってねえか?」

「ちょっと、腰にかすったけど、大丈夫・・・ごほ」

「・・まだ呑み込めねーのか!?」

「あ、あいつらに・・消えるとこ、見られたら、まずい・・・もっと、早く、走って」


「お前が重いんだよ!こんな体形でエミリー殺れんのかよ!?」

「動けるデブだから・・・大丈夫」

「自分で言うかソレ・・・あっ」


コンテナの横を走り抜けた空太の前には、海が広がっていた。後ろを振り返ると、拳銃を持った星野がこちらへ迫ってきている。


「エリー!飛び込むぞ!」

「え?ちょ・・・」


エリーの返事も聞かずに、空太は海へダイブした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


空太とエリーの後を追って、星野達もコンテナの横を抜け、二人が飛び込んだ海を覗き込んだ。しかし、二人は浮き上がってこなかった。


「・・・浮かんでこないですけど、大丈夫ですかね?」

「もしかすると・・・いや、でも」


星野は何かを言いかけて、言葉をつぐんだ。


「な、なんですか?星野さん、言ってください!」

「・・・絶対信じられないと思うけど、違う次元に言ったのかも」

「え?な、何ですか、それ?」


「・・・これも警察の知人に聞いた話だけど、警察内部で過去の犯罪や不祥事を失くすために、更生した受刑者を過去にタイムトラベルさせる研究がなされてるって・・・」

「はああ!!??そ、そんなバカな」

「・・・もちろん私も信じてないけど。もし、何十年後の未来で、その方法が確立していたら・・・もしかしたら・・」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ぷっ・・はあ」

空太とエリーが海岸から顔を出すと、空には太陽が昇っていた。空太達が海に落ちたのは夜だった。どうやら、タイムトラベルには成功したらしい。


「エリー、大丈夫か!?」

「う、うん・・・」


水浸しの二人が海岸を上がると、コンテナはなく、地元の漁師らしき人がこちらを不思議そうに見ていた。


「だ、大丈夫かえ?」

「あ、すみません、・・・ちょっと、海に落ちちゃって・・・」

「ケ、ケガは?きゅ、救急車呼ぼうか?」


心配そうに携帯を取り出し、救急車を呼ぼうとした漁師を、空太は慌てて制止した。


「ケ、ケガないです。呼ばなくて大丈夫です!!」


「・・・それならいいけど・・」

「・・・・すいません、今、平成何年ですか?」

「え・・・?今?・・・」

「あ、ちょっと、見せてください!」


そう言って、少し強引に漁師の携帯を覗き込むと、画面には2018/10/25と、表示されていた。


(十月・・・二十五・・・日)


エミリー事件が起きたのは、五年前のハロウィンの夜だ。


ということは。


「エミリー事件がまだ起きてない・・・・」


(じゃあ、〝今〟・・・有未は・・・生きてる・・・)


(会える・・・生きてる有未に、会える・・・・!)


「す、すいません、最寄り駅、どこですか!?」

「・・・え、ここまっすぐ行ったら、電車走ってるけど・・」


空太は、漁師の男性に駅までの道を聞いた後、笑顔でエリーに向き合った。

「エ、エリー!俺、今から有未に会いに行ってくる!!」

「は、はああ?何言ってんの」

「み、見るだけ!物陰から見るだけ!絶対話しかけないし、正体バレないようにするから!」

「・・・・それ意味あるの?」

「あるよ、ある!とにかく、俺、行ってくる!」

「ちょっと、待ち合わせ場所決めとかないと・・・!もうスマホ使えないんだから!」

「あの、俺のアパートの場所で、えっと・・夕方四時待ち合わせ!よろしく!!」

「ちょ、ちょっと」

「エリー!助けてくれてありがとう!!」


そう言って、空太は駆け足で駅の方へ向かった。


「・・・・たく・・・・」

エリーは溜息をついて、タブレットを取り出した。


「タブレット・・・壊れちゃった・・・」


エリーのタブレットには、大きな傷がついていた。


出雲の銃弾は直撃はしなかったものの、エリーの腰をかすめていた。そして、上着のポケットに入れていたタブレットに当たっていた。タブレットの電源を入れようとしたが、入らない。


念のために防水加工のタブレットを渡されていたが、まさか銃撃されるとは想定外だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一方、空太は自分の通っていた中学校へ向かった。


(そろそろ下校する時間だよな・・・?)


校門付近に到着すると、門には下校する生徒で溢れかえっていた。物陰に隠れながら、有未の姿を探すと、門にはなぜか、有未の母がいた。


「え・・・・おばさん?何で?」


首を傾げながら見ていると、校舎から有未が出てきた。


(有未・・・有未だ・・・・!)


五年ぶりの再会に目頭が熱くなり、いますぐにでも全力で駆け寄って抱きしめたい衝動をおさえるのに必死だった。


今の空太は五年後の二十歳の姿だ。今の姿で有未の前に現れることはできない。


(まあ、五年前の俺の姿でもハグなんてできねーけど・・・・)


「あれ、お母さん、どうしたの?」

「やっぱり忘れてた。今日お父さんの誕生日だから、学校終わりにプレゼント買いに行く約束してたでしょ、スマホに連絡入れたのに」

「あー、電源入れるの忘れてた」

「もう」


とぼける有未に呆れて歩き出し、有未は母を追って、申し訳なさそうに手を合わせて、母の腕を取り、母は許したように笑った。


(有未・・・おばさん・・・・)


その光景をみて、空太も幸せな気分になった。この笑顔達を守りたい、取り戻したい、心からそう思った。


そうして空太はエリーとの待ち合わせ場所へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


約束の時間。空太がマンション下に駆けつけると、神妙な顔のエリーがいた。


「エリー、ごめん、待ったか?」

「・・・・・・・・」


空太が声をかけると、エリーは何も答えずに、空太をまっすぐ見つめた。


「・・・・あ、ごめん。やっぱ、怒ってるよな・・あんな、急に」

「決めたわ。空太」

「・・・・何を?」


「今日の夜・・・エミリーを・・・・」


「砂原エリを・・・暗殺する」

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