第5話空太の復讐相手
「・・・で、これからどうしようか・・・」
手を組むことを決めた二人だったが、今後のことは、まだ何も考えていなかった。
ふと、空太は疑問に思っていたことを問いかけた。
「あんた、衣食住はどうしてたんだ?」
「一応釈放されるときにこの時代の現金はいくらか渡されたけど、エミリーにたどりつくまでにどれくらい時間かかるかわからないから、お金はあまり遣わずに橋の下で寝たり、炊き出しもらったり」
「やってる事ホームレスじゃねーか」
「そもそもホームレスですけど?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・この後、事件の予定は?」
空太が尋ねると、彼女はタブレットを開いてデータを検索した。
「今日は・・・この近くではない。明日の朝、隣の市で虐待事件が起こるから、それに間に合うように準備して・・」
「・・・じゃあ、これからとりあえず、俺の家、行く?大学の近くで、一人暮らししてるから」
「え?」
「こんな泥だらけの格好で歩き回れねーだろ。今後の話し合いとかしたいし・・色々、まだ、聞きたいことあるし。外にいても、また警察に追われるかもだろ?」
「いや、あんたの家は、〝二ケ月前〟のあんたがいるでしょ?」
「今は大学が夏休みで、部活の合宿に行ってる。二週間くらい、帰ってこない」
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空太の家は駅からほど近い1Rマンションだった。
家に招き入れられた彼女は、不思議そうに中を見渡した。
「ふーん、ここがあんたの家・・・」
「これ、替えの服。俺の部屋着だけど」
「・・・ありがとう」
どうやら替えの服も持っていなかったらしい彼女に、空太は自分の服を貸してあげた。
「そういえば、あんたの本名は何ていうんだ?」
「砂原エリ」
「さはら、えり・・・・」
「エリーでいいよ。周りの友達からはそう呼ばれてたみたい。もちろん、記憶はないけど」
「エリー・・・・」
彼女はポケットからタブレットを取り出し、画像フォルダを開いた。
「これ。事件当時の写真。このとき、中学三年生」
「ちゅうさん!?」
(俺と同じ年!?)
タブレットに映っている砂原エリはテーマパーク前で友達と楽しそうにポーズを決めて笑っていた。そして・・・・。
「か、かわいい・・・・」
「何言ってんの」
大きい目にすっきりとした鼻立ち。事件当時のエミリーは、かなりの美少女だった。こんな少女が、あんな猟奇殺人を犯すとは、とても結びつかなかった。
(そして、こんなおばさんになるのか・・・・)
そう思い、エリーの顔をちらっと見た。
しかし、口元のストールを外したエリーの顔を見ると、確かに昔の面影はあった。
「中三であんな事件起こすのかよ・・・末恐ろしいな」
「今の私が〝末〟だけどね」
「・・・・・・・・」
(・・・・でも、素手で普通に骨折ったりできるもんな・・・)
写真のエリーからは想像もつかないが、確かに今のエリーの身体能力は並大抵じゃない。
「・・・・そういえば、今あんたいくつなんだ?三十年後から来てるから、えっと・・」
「肉体は五十歳」
「そっか。・・・ちなみに、この・・・当時のエリーってさ・・・」
「なに?」
「あの・・いわゆる、サイコパスってやつ・・・?」
「多分そうだと思う。記憶失くしてるから当時の精神鑑定はできないけど、十五分足らずで二十人も躊躇なく殺すなんて、普通の神経じゃできないから」
(・・・・・こんな奴に立ち向かうのか・・・)
勢いでエリーと手を組むことまでしてしまったが、もしかして自分はとんでもないことに首を突っ込んでるのではないかと、今更自覚してきた。
「・・・事件の動機とか、もちろん、全く覚えてないんだよな・・・?」
「そうね。最初は警察に色々聴取されたけど、なんにしても全く何も思い出せないし、それに、事件当時のことや、被害者のことを思い出そうとすると、拒否反応が出て・・・」
「拒否反応?」
「事件の資料なんかを見ると、激しく頭痛と眩暈がして、ひどいときにはそのまま失神してしまうこともあったから・・・。医者に見ても原因不明で、結局動機も何もわからないまま」
「・・・・そうか。まあ、動機といっても、たまたま集まった二十人全員に共通するものなんてあるはずないしな・・・やっぱサイコパスなのか」
サイコパスによる快楽殺人だと、当時のネットや報道でもたくさん書かれていた。
(そんな奴のせいで、有未は・・・・)
やるせない気持ちでタブレットの画像を見つめていると、不意に後ろから声をかけられた。
「あ、これ、これ食べたい!いい?」
「え?」
空太が振り返ると、エリーはキッチンの食品棚にあるカップラーメンを指さしていた。
「これ、美味しそう!食べたい!」
「食べたことないのか・・・?」
空太が問いかけると、エリーはニコニコしながら頷いた。おれは、初めて見るエリーの笑顔だった。
(なんか、可愛いな・・・・・)
そんなエリーの様子についほだされ、空太はお湯の準備を始めた。
「病院では何食べてたんだ・・・?」
「記憶を失くしてからはずっと隔離病棟にいたせいで、ほとんど病院食しか食べたことがなかったし、テレビやスマホもなかったから、外の情報もほとんど知らない」
「そっか・・・」
そう話している間に、カップ麺が二つ出来上がり、空太とエリーはテーブルを挟んで向かい合って食べ始めた。
「・・・病棟ではいつも何してたんだ?」
「本読んだり、職員の人と運動したり、母が死ぬまでは毎日面会来てくれてたけど」
「・・・・面会は母親だけ?」
「うん。友達とかには会えないから。会っても記憶がないから、話も通じないし」
「そうか・・・・・・」
(てゆうか、何かのきっかけで、〝エミリー〟に戻ったりしないよな・・・?)
空太は急に不安になり、カップ麺のスープに反射した自分を見つめた。
(もしかして俺、すげー危険なことしてるのかも・・・)
「ねえ、これ!これやりたい!」
「え?」
顔を上げると、カップ麺を食べ終わったエリーが、テレビの下に置いてあるゲームコントローラーを指差した。
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「このボタンでジャンプで、そのボタンで連打・・・そうそう」
空太が操作方法を解説し、エリーはゲームに夢中になっていた。
「次、次はこのゲームやりたい!」
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半日かけて家のゲームをやりつくし、すでに夜になっていた。ゲームで疲れた二人は、リビングで仰向けになって休憩していた。
(・・・・てゆうか、何やってんだ、俺・・・・)
空太は、横にいるエリーを見た。カップ麺とお菓子で満腹になったせいか、目を閉じてうたた寝している。
事件の後、犯人を心底憎んだ。もしどこかで会ったら、刺し違えてでも殺してやる、くらいに思っていたのに。
何故か最愛の人の仇であるはずのエミリーを家に招き入れ、向かい合ってカップ麺をすすり、一緒にゲームして、仲良く並んで寝ている。
(今ここで、エリーを殺せば・・・俺の復讐になるのか・・・?)
空太は静かに上体を起こし、眠っているエリーを見つめた。
「・・・・・・・・・」
そして、エリーの首に、手をかけようとした。
しかし。
(・・・こんな事しても、有未は帰ってこない・・・)
漫画や小説などでよく聞くセリフだが、今の状況はまさにそれだった。
(エリーがエミリーを殺せば、有未は戻ってくるんだ・・・)
「いいよ、殺しても」
「うわ、起きてたのか」
急にエリーが目を覚まし、空太は後ずさった。
「大事な友達が殺されたんでしょ?私を殺したら、その友達も浮かばれるかもよ」
「・・・俺にお前を殺せるわけねーのわかってるだろ。あんな馬鹿力・・」
「別にいいよ、あんたには飯も御馳走になったし。殺されてあげても」
「本気で言ってんのかよ」
エリーは仰向けで天井を見上げたまま、呟いた。
「・・・エミリーを追ってずっとタイムトラベルしてきた。けど、私の命がいつまでもつかもわからない」
「エミリーを殺せずに病気で死ぬくらいなら、その前に復讐者に殺されるのも、殺人者として最高の死に方かもしれない・・・・」
「・・・そ、そんな厨二くさいこと言うな。そんな事しても、有未は帰ってこないんだから・・」
「・・・・・・・・」
「・・・て、何で被害者の俺が、加害者のお前にこんな言葉かけなきゃいけねーんだ!普通逆だろ」
「・・・・・ははは・・」
一人でしゃべって一人でつっこんでいる空太を見て、エリーは笑った。
しかし、空太は全然笑っていなかった。どこか怒ったような表情のまま、呟いた。
「それに、こんな事しても、俺の復讐は終わらない。俺が恨んでるのは、エミリーだけじゃない」
「・・・他にもいるの?」
エリーは起き上がり、空太を見つめた。
「・・・・俺だ」
「え?」
「あの日・・・俺が、有未を強引に・・・エミリーの館に、入れた・・・・」
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