第4話エミリーを殺すために

「・・・あんたは、それでいいのか・・・?」

「・・・・・・・」

「犯人はアンタでも、やったのは別の人格なんだろ・・・?しかも、事件の記憶もないのに」

「・・・仕方のないことよ」

「で、でも」

「・・・母親のためにも」

「母親?」


彼女は頷き、目を細めた。


「事故で意識を失って、数日後に病院で目覚めたとき、目の前で母親が泣いてた・・」


〝すみません、すみません、


自分の娘が、とんでもない事をしたのはわかってるんです。


でも、娘が助かって・・・・嬉しいんです〟


「・・・・そう言って、周りにいた警察に頭を下げながら、私の母は泣き崩れていた」


「父は幼い頃に死別したけど、母は女手一つで自分の子を懸命に育てていた。何の不幸か、産まれたこどもがたまたま〝普通じゃなかった〟だけ。そして、私が目を覚ました数か月後に・・・母は自殺した」

「じさつ・・・・」

「母は何も悪くない。でも、自分の娘が取り返しのつかない大罪を犯したこと、そして、世間に嘘をつき続けなければならない罪悪感に耐え切れなかったんだと思う。だから、エミリー事件を止めれば私のお母さんは死なないし、罪の意識で苦しむこともなくなる」


「で、でも・・・その為に、自分を殺すのか・・・?」

「私・・・末期ガンなんだよね」

「え!?」

「警察病院の定期健診で判った。でも、治療は拒否した。あれだけの事件を起こして、税金で助かるわけにはいかないし・・」

「・・・・・・・」


「どっちみち死ぬなら、親の命と尊厳を取り戻して死にたい。そうやって毎日悔いてる私を見た警察幹部が、極秘にすすめていたプロジェクトの第一人者に私を指名したみたい」

「極秘プロジェクト・・・?」

「私みたいに、過去を悔いている人間をタイムトラベルさせて世界を浄化する取り組みだって。詳しくはよく知らないけど・・・」

「な・・・なんだそりゃ・・」


まだ混乱している空太をよそに、彼女は立ち上がり、タブレットで時間を確認した。


「そろそろ時間だからもう行く。隣町の車事故止めないと・・・」

「ちょ、ちょっと待って!」

「なに?」

「俺は・・・どうすれば?」

「知らない」

「えっ?」


戸惑う空太を、彼女は冷たい目で見つめた。


「ついてくるなって言ったのに、勝手についてきたのはそっちじゃない。あんたのことまでは面倒見切れない」

「え、ええ・・・・・」


「言っとくけど、この世界にはこの時間軸の・・つまり二ケ月前のあんたがいるんだからね。余計なことして、迷惑かけないように」

「え、俺もう一人いんの?」

「そうよ、過去だもの。じゃなきゃ私もエミリーを殺せないでしょ」

「あ・・・そっか、」


「だからもう一人の私もいる。警察病院で隔離されてる状態だから会えないけど」

「み、未来に戻る方法は?」

「知らない」

「え!」


「私の目的は、過去の自分を殺すこと。未来に戻る必要ないから、知らない」

「え、じゃあ、俺一生このまま!?」

「私がエミリーを殺せば、あんたと会う未来もなくなるから、そしたら戻れるかも」

「かも!?かもなの!?」

「専門家じゃないからわかんないよ、もう時間ないから行くわね。ヤケ起こして変な暴走はしないでよ」


そう言い残して、〝エミリー〟は走り去っていった。


「・・・・・・・・・」


前のように本気を出して追いかければ捕まえられるだろうが、今の空太にはそんな気力も湧かなかった。


(有未を殺した犯人が、捕まってて、記憶喪失・・・・)


(そして、その犯人は、自分を殺すために・・・・)


「・・・・・・・・・」


(・・・これから、どうしよう・・・・)


(・・・この世界では、俺は存在しない人になってる・・)


(エミリーが殺されるまで、どこかに身を隠して生きていくしかないのか・・・)


空太はその場で頭を抱え、しゃがみこんだ。


「・・・・・・・・あ」


足元を見ると、有未の遺品である、メダルが落ちていた。


「・・・・有未」


呆然としたまま、空太は、とりあえず歩きだした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


気が付くと、空太は広い霊園の中にある、有未のお墓の前にいた。


「有未・・・俺は・・・どうすればいい・・・?」


そう呟くと、後ろから、足音が聞こえた。振り向くと、有未の両親がこちらへ向かってきていた。


(やば・・・!隠れないと・・・!)


(あれ?隠れないといけないのか?)


頭を傾げながらも、有未の両親に気づかれないように、有未の墓から少し離れたお墓の裏に隠れた。


有未の両親は、物陰に隠れる空太には気づかずに、墓の前で手を合わせていた。


(おじさん・・・おばさん・・・)


あの事件から、有未の両親とは、ほとんど会っていない。自分だけ助かってしまった罪悪感もあり、合わす顔がなかった。


「うっ・・・ううっ・・・」

「おい、大丈夫か・・・」


墓から顔を出して覗き込むと、有未の墓の前で泣き出してしまった有未の母親の背中を、父親がさすっていた。


「有未、ごめんなさい・・・私が、あの時・・・止めてれば・・」

「おい、もう今更そんなこと言っても」

「でも、空太くんから誘われて遊びに行くって聞いて、最初止めたのよ。〝受験生なんだから、遊ぶのは受験終わってからにしたら?〟って。私があの時・・もっと強く引き留めていたら・・・」


「・・・しょうがないだろう。有未はもう、いないんだ・・・・」


そう言って、有未の両親は二人とも泣き崩れた。その様子を、空太は影から黙って見つめることしかできなかった。


「・・・・・・・・・」


(おばさん・・・・本当は行かせたくなかったんだ・・・)


(きっと俺の事・・・恨んでるだろうな・・・・)


有未の葬儀で顔を合わせたとき。有未の両親は空太を責めなかった。二人とも顔面蒼白だったが、空太も負けないくらいガリガリになっていた。精神的に深いダメージを受けていることは、一目瞭然だった。


そんな空太を見て、有未の母親は声を絞り出すようにして、言った。


〝有未も・・・空太くんと遊ぶの、きっと楽しみにしていたと思う。だから、自分を責めないで。悪いのは全部、犯人なんだから。〟


〝・・・・・有未のことは残念だったけど、空太くんが無事で、良かった・・・〟


その言葉を聞いて、空太はその場で泣き崩れた。

その時のことを思い出し、空太は、また涙を流した。


(きっと・・・本当は俺を責めたかっただろうに・・・俺を気遣ってくれて・・)


(なのに・・・俺は自分の事しか考えないで・・・・・)


(おばさん、おじさん・・・・本当に・・・ごめん・・・・)


空太は涙を拭い、その場から動き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、どこだ!?あっち行ったぞ」


一方。元エミリーである彼女は、警察から逃げ回っていた。


人身事故を起こす予定の車を事前に見つけて、駐車中にタイヤをパンクさせたまではいいが、その現場を通行人に目撃されてしまい、器物損害で自分が追われる羽目になった。


大きな橋がかかっている用水路の橋の下に隠れ込み、警察が去るのを待つが、橋の周りを捜索していて、なかなか離れていかない。被害者の髪はまだ手に入れてないので、タイムトラベルで逃げることもできない。


(もっと奥に行くか・・・・)


そう思い橋の下を移動しようとしたら、右足がぬかるみにはまってしまい、抜けなくなった。


(・・・抜けない・・・!)


足を抜こうと焦っていると、橋の上から、男の人の声が聞こえた。


「あ、あの・・・黒いコート着た女の人っすか?俺、見たっすよ」

「え、どこで?」

「この橋渡った向こうのスーパーのトイレに、入ってくの見ました」

「・・・ありがとうございます!」


「・・・・・・?」


橋の上から、警察が走って去っていく音が聞こえた。どうやら、その男の人は警察に誤情報を伝え、追い払ってくれたらしい。


不思議に思って橋の下から顔を出すと、橋の上から、先ほどの青年がこちらを覗き込んでいた。


「・・・あんた」


警察に嘘を教えたのは、空太だった。


「俺も・・・連れてってくれ!!」

「え?」


「これから、エミリーを殺すんだろ?俺も、協力させてくれ!使いっぱしりでも、囮でも、なんでもするから!」

「え・・・・?」


「一番大切な人をエミリーに殺されたんだ、俺も、エミリーが許せない!復讐したい!」


「だから・・・連れてってくれ!あんたを・・・過去のあんたを・・・」


「エミリーを殺すために!!」


そう言って、空太は彼女に手を差し出し、彼女も、その手を握りしめた。


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