第3話彼女の正体
「え?」
強い光に、反射的に目を閉じてしまった空太が目を開けると、彼女の腕を掴んだまま、先ほどと同じ、裏路地にいた。
周りを見渡してから彼女の顔を見ると、信じられないといった表情で空太を見ていた。
「・・・・・・・・あんた、何てこと・・・」
「な、何だよ、さっきの光は」
混乱する空太を無視して、彼女はタブレットを開いて見せてきた。
タブレットには、2023/09/01と表示されていた。
「なにこれ?」
「今日の日付」
「は?今は十一月・・・・」
言いかけて、空太は、違和感を感じた。
(・・・・あれ、何か暑いな・・・もう冬なのに)
そして、十一月なのに、何故かセミの鳴き声も聞こえる。
「だから、タイムトラベルしたのよ。さっきまで私とあんたがいた場所から、二カ月前に」
「は、はあああああ!?」
空太は混乱して、自分のスマホを取り出した。すると、待ち受けの日付が2023/9/01になっていた。そして、圏外だった。
「ど、どうゆうことだよ、これ!!??」
「・・・だからついてくるなって言ったのに。もう、わかった。順追って話す・・・」
彼女はその場に座り込み、話始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・何でこんな事してるかっていうと、過去にタイムトラベルするため。そして、その条件は、これから死ぬ予定の人間の命を助けて、寿命を伸ばす。そして、その人間の体の一部・・・髪とか爪とかを体内に取り込むことで、そのエネルギーでタイムトラベルできるの。大体、寿命が一年伸びたら、一日分過去に戻れる」
「な、なんだそれ・・・」
「未来に死ぬ人の情報はこのタブレットに入ってるから、この情報を見て、いつ誰がどこで死ぬか逆算して行動してる」
そう言って、彼女は空太に、またタブレットを見せてきた。そのタブレットに表示されているデータフォルダを開くと、時系列ごとに、日付、場所、死亡人数、その死因が細かく書かれたデータが大量に出てきた。
タイムトラベルなんて漫画や映画などでしかみたことがないので、にわかには信じられないが、実際、今の自分は過去に来ている。それに、彼女はこれから死ぬ人間も知っていた。彼女の話を否定できる要素はない。
(・・・えっと・・・・ど、どうゆうことだ・・?)
混乱しすぎて頭が痛くなってきたが、空太はなんとか、言葉を絞りだした。
「な・・何でこんなことを?てゆうか、お前は、〝いつ〟の人間なんだ?」
彼女の言動からみて、おそらくタイムトラベルは初めてではないだろう。ということは、彼女は空太よりも未来からやってきたということになる。
「私は、〝今〟から約三十年後の未来からタイムトラべルしてきた。その目的は・・・ある人間を、殺すため」
「え、えええ・・・・・」
(なにそれ・・・・!怖っ!!)
〝殺す〟という物騒なワードに、空太は思わず後ずさった。
「ち、ちなみに、どこの誰を・・・?」
「・・・・・・・・」
空太の質問に、彼女は答えず、何故かうつむいて黙ってしまった。
「・・・・・・・・」
何となく言えない事情があると察した空太は、質問を変えた。
「・・・タイムトラベルって、未来人だと誰でもできるもんなのか?他にも、未来から来てる人がいるってこと?」
「・・・私以外には知らない」
違う質問には答えてくれたことに安堵して、空太はまた質問を続けた。
「・・・なんか、超能力とか、そうゆうこと?」
「違う。私の体に埋め込まれた装置が、寿命の伸びた人間の細胞に反応して、タイムトラベルを可能にしてる。ただ、どれだけ寿命が伸びたかは、タイムトラベルしてからじゃないとわからない」
「だ、だから、持病とか聞いてきたのか・・・」
「そう。若い人の方が寿命が伸びる可能性が高いから。だからなるべく若者とか、子供とかを助けるようにしてる。でも、持病とかあるならあんまり寿命は伸びないから事前に一応確認してる。ただ、事故とか他殺と違って、自殺は止めてもまた次の日に死ぬかもしれないから、さっきみたいに物理的に自殺できないようにしてんの」
「で、でもいくらなんでも骨まで折ることねーだろ」
「いちいち説得なんかしてる時間ないし。さっきの子だって、大けがしたことでしばらく学校休めるし、その間に親の考えも変わるかもしれない。実際、二カ月タイムトラベルできたってことは、大体七十歳半ばくらいまで生きたってことでしょ。あのまま死ななくてよかったじゃない」
「そ、そうだけど・・・・」
二人の間に、再び沈黙が流れた。
「・・・そ、そもそも、あんたは、何でその〝装置〟ってやつを持ってるんだ?なんか、話聞いたかぎり、誰にでも手に入るようなものじゃなさそうだし・・・」
「・・・警察で、極秘に手術されて、埋め込まれた」
「警察で?な、何で?」
「・・・・・・・・・」
彼女は、再び黙り込んでしまった。
「も、もうここまで巻き込まれたんだ、全部話せよ!」
「・・・・・・・・」
思わず感情的になってしまった空太だが、彼女は複雑そうな顔で空太を見た。その様子を見た空太は、少し冷静になり、声のトーンを少し落として、彼女に訴えた。
「べ、別に、誰にも言わないし・・・」
「・・・・・・・・」
「てゆうか、信じてもらえないと思うけど・・こんな話・・・」と、小声でぶつぶつ呟く空太を見て、彼女は意を決したように溜息を吐いた。
「わかった。全部話す」
「お、おう・・・」
「・・・・・・まず私がタイムトラベルする目的は・・・・〝エミリー〟を殺すため」
「え、エミリーって、あの?」
「そう。あの事件が起こる前にタイムトラベルして、犯人のエミリーを殺して、あの事件を止める。それが私の目的」
「な、何であんたがそんなことを・・・?てゆうか、エミリーが誰か知ってるのか?」
「知ってる」
「どこの誰だよ」
「私」
「はあ?」
(な、何言ってんだ、この人・・・)
(やっぱ・・・ただの頭おかしいおばさんなんじゃ・・・)
「・・・実はエミリーは警察に捕まってんのよ、事件があった数か月後に」
「え?」
「きっかけは〝エミリー〟の母親の通報。家に帰ってきた娘と玄関ですれ違ったとき、血の匂いがしたって。それで警察が家まで来ると、〝エミリー〟は窓から逃げ出し、遅れて家の前に到着した別の警察の車に轢かれて、頭を打って意識不明の重体になった」
「・・・・・・・!!」
「数日経って意識を取り戻したけど・・・〝エミリー〟は何も覚えていなかった」
「記憶・・・喪失?」
「そう。それが〝私〟。つまり私は、〝記憶を失ったエミリー〟」
「な・・・何だって・・・!?」
(こ・・・このおばさんが・・・あの・・エミリー!?)
「で、でも警察は、犯人は捕まってないって・・・・!」
「それは嘘。私の部屋のパソコンから、犯行に使われたナイフやマントの購入履歴も見つかったし、犯行当日、ピースランドに向かう私の姿も監視カメラで確認された。そして、現場に置いてあったマントや仮面に微量に残っていたDNAとも一致し、他に犯人とおぼわしき人物もいない」
「・・・しかし、目覚めた私は、事件のことも、自分自身のことも、何一つ全く覚えていなかった。精神鑑定も異常なし。事件の記憶がない人間を裁判にかけても意味がないし、そんな人間を服役させても意味がない」
「けど、犯人が記憶喪失になったから罪に問えない、こんなこと言っても遺族が納得するはずもない。しかも、当時、私を轢いた車を運転していたのが配属したての警視総監の息子だかで、世間からのバッシングを恐れた警察は、この事故のことも、犯人逮捕も隠ぺいすることになった。だから、エミリーが捕まったことは、警察内部のごく一部の人間しか知らない」
「記憶がない私は、刑に服さない代わりに、警察病院で一生隔離生活を送ることとなった。いつ、私の中で〝エミリー〟が目覚めるかわからないから・・・」
「・・・・・・・・」
衝撃の真実を聞かされ、空太は絶句した。
(・・・エミリーは・・・逮捕されてたのか・・・)
確かに、彼女の言う通り、もしこの事実が公表されてたとしても、空太も他の遺族も誰も納得しなかっただろう。
そして、彼女がタイムトラベルの目的を聞かれて、黙ってしまった理由も判った。間接的ではあるが、事件の被害者である空太には話しづらかったのだろうと察した。
「警察に捕まってたのに・・・何で今ここに・・・?」
「ある日、警察の幹部の人から、極秘に呼び出されて・・・」
〝君が寝ている間に、君の体に過去にタイムトラベルができる装置を埋め込んだ。死ぬ予定の人間の寿命を伸ばすことで、過去に遡ることが可能になる。その能力で事件前のエミリーを探し出し、始末してほしい〟
「そう言われて・・・」
「は、はああああああ!?」
「それで本来その日執行予定だった死刑囚の髪を食べさせられて・・・・」
「いやいや、警察が何言ってんだ!?そんな装置あるなら、自分達でやればいいじゃねえか!」
「私もそう言ったけど、事件を起こす前ということは、エミリーはまだ無罪。無罪の人間を裁くことはできないからって」
「いやいや、でも!何でわざわざ本人に頼むんだよ!しかも・・・えっと・・・」
「なに?」
空太は口をもごもごさせながらも、言葉を発した。
「えっと・・・過去のエミリーを殺したら・・・エミリー本人のあんたも、死ぬんじゃ・・・?」
「そう。エミリーを殺したと同時に、同一人物の私も死ぬ。理論上はね」
「えっ・・・・・」
(自分が死ぬのわかってて・・・自分を殺すために・・?)
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