第2話死ぬ〝予定〟の少年

彼女が向かったのは、橋近くの駅のホームだった。駅の発車標を見ると、あと一分足らずで次の電車が来る。ホームは、大勢の乗客で混みあっていた。


「間に合うか・・・・?」


そう呟いて人込みの中へ入ろうしたところで、後ろから「おい!」と呼び止められた。

振り向くと、先ほど橋で命を助けた青年がこちらに駆けつけてきた。


「あら、足早いのね」

「おい、さっきの何だよ!もうすぐ帰ってくるって・・・」


必死で問いかけてきた空太の眼前に、彼女はタブレットを押し出した。


「え・・・・?」

「この子探して。次の電車が到着する前に。そしたら全部教えてあげる」


タブレットには、赤い服を着た中学生くらいの少年が映っていた。


「はあ!?何で・・・」

「次にくる電車に轢かれてこの子は死ぬ。だからその前に助けるの!手伝って!」

「は、はあああ!?」

「人が死ぬとこ、もう見たくないでしょ!」

そう言って、彼女は人ごみの中へ入って行った。


「あ・・・あああ!もう!!」


空太は混乱しながらも、とりあえず画像の少年を探すことにした。


(轢かれるってことは・・・多分飛び降りだよな・・・?)


おそらく、事故か自殺だろう。


(でも、何であのおばさんがそんな事知ってるんだ・・・?)


疑問を抱えながらも、人込みを掻き分けて、赤い服の少年を探した。


(・・・・いた!)


空太の目の前に、赤い服の少年が俯いて立っていた。そして、電車の到着のベルが鳴り、少年は停止線より前に踏み込んだ。


「や・・・やめろーーーーーー!!」


空太はダッシュして、線路に飛び込もうとする少年に飛び掛かった。


「え・・・?」

いきなり横から押し倒された少年は、混乱した様子で空太を見上げた。


「今、線路に飛び込もうとしただろ!」

「そ・・・それは・」


少年は口をもごもごさせたが、そう話している間に列車はホームに無事到着し、周りの乗客はホームに寝ころんだ状態の空太たちを避けて、電車に乗り込んでいった。


「よくやったね」

後ろから声がして顔を上げると、そこには未来を予言した彼女が立っていた。


「あ、あんた、何で」

「あんた、死のうとしたね!?」

疑問をぶつける空太を無視して、彼女は少年の胸ぐらを掴んだ。


「え、な、何で知って・・!?」

「話は後。ほら行くよ!」

「「どこへ?」」


空太と少年の質問には答えず、先ほどのように、彼女は馬鹿力で少年の腕を掴み、強引に駅の外へ連行し、空太も首を傾げながらついて行った。


(何だこの人・・・?世直し的なアレか・・・・?)


(でも、何で、未来がわかるんだ・・・?)


しかも、彼女は飛び込む寸前の少年の画像まで持っていた。ただの占いや直感などとは違うだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彼女が少年を連れ込んだのは、駅前の大通りから外れた、人気のない裏路地だった。


不思議そうな顔をしている少年と向き合い、彼女は口を開いた。


「あんた、健康診断は?」

「え?何でですか?」

(この人、また聞いてる・・・・・)


まだ混乱している少年に、彼女は質問を続けた。


「持病とかある?何か大病患っての自殺とか?」

「ち、違います!僕は、その・・・学校で、いじめられてて・・・」

「いじめ?」

「僕の友達が・・・いじめられてて、庇ったら、次は、僕が標的にされて・・・それで、助けた友達も、一緒になって僕のこと、いじめるように・・・」


そう言って、少年は力なくその場にしゃがみこみ、膝を抱えて泣き出した。


「じゃあ、病気とかはないのね?」

「は、はい・・・。でも、僕なんて・・・どうせ・・」


「そ、そんな辛いなら、学校なんて行くなよ!転校するとかして、親に相談して・・・」


二人の会話を後ろで聞いているだけの空太だったが、思わず声を上げてしまった。


「お、親に相談しました・・。でも、引っ越す金なんてないから、我慢しろって・・」

「ひでえな・・・」


「そう・・・いじめが辛かったのね・・」


彼女はかがみこみ、涙ぐむ少年の両腕をそっと握った。


「は、はい・・・だ、誰かに味方してほし」


ボキ、ボキ


次の瞬間、何故か。


骨が砕ける音が、聞こえた。


「え・・・・・?」

泣いている少年も、自分の身に何が起きたか、瞬時に理解できていなかった。


彼女は、自死も考えるほど傷ついている少年の両腕の骨を、素手でへし折った。


「え・・・?あれ・・・?」


ボキ、ボキ


彼女は躊躇せずに少年の両足を握り、足の骨も折った。


「ちょっと、あんた、何やって・・・・」

予想外の展開に理解が追いつかないながらも、空太は彼女を止めようとした。しかし。


「そこのあんた、体、おさえて。次は歯を折るから」

「歯!!!???」

「舌噛んで死ぬかもしれないでしょ」

「ぎゃ、ぎゃああああああ!」


混乱して泣き叫びだした少年の体を、彼女は逃げないようにおさえつけた。


「おとなしくして。大丈夫、将来差し歯でいけるから」


少年の抵抗むなしく、口を捕まれ、再び骨の砕ける音が響き渡った。


「公衆電話で救急車呼ぶから、ちょっと待っててね」

「~~~~!~~~~!」

「いいかい、これに懲りて、自殺なんか考えるんじゃないよ。親がダメなら、児相とかにでも相談しな」


そう言って苦しむ少年の髪の毛を数本ちぎり取り、彼女は再び走り去っていった。


「お、おい、待てよ!」

少年も気がかりだが、空太は再び彼女の後を追った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・はい。そこの裏路地に、少年が倒れています。至急、保護してください」


彼女は駅前の公衆電話で救急車を要請し、電話ボックスから出ると、外では空太が待ち構えていた。


「・・・・おい。どうゆうことだよ」

「・・・まだいたんだ」

「いるわ!!」


「あ・・・あの二人です!」

背後から聞こえた声に振り返ると、通行人の女性が空太たちを指差し、警察がこちらに向かって来ていた。

どうやら線路での騒ぎを見た人が、通報したらしい。


「・・・通報されてたのね・・・チッ」


めんどくさそうに舌打ちをした彼女は再び走り出し、空太はまた彼女の後を追った。


「ついてこないでよ!」

「つけたくてついてるんじゃねえよ!さっき、協力したら全部答えるって言っただろ!あんた何なんだよ!」


彼女は狭い路地に入り込み、空太も入り込んだ。すると、彼女は小脇に置いてあった、大量の段ボールを空太の前に倒した。


「わ・・・うわっ・・・」


大量の段ボールで道が塞がれ、前方が見えなくなった。


「くそ・・・・!」


(どうしよう・・・回り道するか?いや、それじゃ見失うな・・・段ボール登るか)


空太が段ボールに足をかけると、段ボールは空太の体重を支えきれずにくずれて、転びそうになった。


(足場が不安定だな・・・かといってどかしてる時間ないし・・・)


段ボールを押してみたが、中身が何かの製品なのか、かなり重みがあった。


倒れた段ボールの高さは空太の身長と同じくらい・・・およそ百七十センチだった。


(飛び越えるか・・・。高跳びは体育の授業でしかやったことないけど・・・)


空太は、ポケットの中のメダルを握りしめた。


あの女性の正体はわからないが、おそらくエミリーのことを何か知っている。


あの事件から約五年。空太も犯人を捕まえるために色々調べたりもした。しかし、警察でもお手上げの事件を一般人が解決できるわけもない。ネットでは、犯人は宇宙人だとか、他国のテロリストだとか、しょうもない陰謀論ばかりがはびこる始末だった。


(やっと見つけた、犯人の手がかり・・・!)


(有未・・・力を貸してくれ・・・・!)


空太は助走をつけて、高く飛んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はあ・・・・しつこかった・・」


空太をまいて裏路地の隅に逃げ込んだ彼女は、先ほど骨折させた少年の髪をポケットから取り出し、口に含んで、そのまま飲み込んだ。


「つかまえた」

「え?」


彼女が振り向くと、空太に腕を捕まれていた。


「あ、馬鹿!」

「え?」


次の瞬間、二人は光に包まれ、その場から消え去った。

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