その王女は死を望む

ありま氷炎

 

「ジョシュア。最後は私よ。私を殺してちょうだい」


 ☆


 私は、その奴隷が一目で彼だとわかった。

 父が簒奪した王位、その正当な継承者であるジョシュアだと。

 顔は醜く焼かれていたが、右脇腹に鳥のような痣があった。

 私は知らないふりをして、彼を買った。

 いつか、私を殺してくれるだろう思って。


 父の唯一の子である私は、父が王になると自動的に王太子になった。

 我が王国、ウィラーでは女でも王になれる。

 私は父の言いなりの、駒のような存在だった。

 私の未来の配偶者もすぐに選ばれた。

 前王を殺した男が私の婚約者だ。


 ジョシュア。

 どうか、私を殺して。

 あの男の妻になる前に。


 あなたは、自らの手で顔を焼いたの、それとも誰かに?

 正視できないほど醜くなった顔。

 髪も必要ないと思ったのか、剃り上げていた。

 体躯も全然違う。

 前はほっそりしていて、肌なんて私よりもとてもキメが細かくて、女の子みたいだった。

 きっと、彼がジョシュアだなんて、誰にもわからない。

 私以外は。

 妄想?

 そうじゃないわ。彼はジョシュア・ウィラー。

 前王の子。


「お父様。私はあの奴隷が欲しいわ」


 父に逆らったことがない私が唯一、父の反対を押し切ってしたこと。

 それはジョシュアを私の奴隷にしたこと。

 父が王になり、五年。

 街に降りた時、私は偶然彼を見つけた。奴隷市場で。

 顔が潰れた奴隷など、次期王の私にはふさわしくない。

 そう言われたけど、私は我儘を通した。

 そのせいで頭がおかしいなどと言われたけど、ある時彼が私を命懸けて庇ったことで、そんなことを言うものはいなくなった。

 父は彼に褒賞として甲冑を与え、彼は兜を被り鎧を身につけ私の護衛になった。

 部屋も与えられた。

 私を狙ったのは、反王制派と呼ばれているが、実際は前王を支持する者たちだ。ジョシュアと顔見知りではなかったはず、彼は賊から私を庇い、止めを刺した。迷った素振りはなかったから。


 前王は帝国との会談中に命を落としている。

 その場には王太子ジョシュアも同席していて、前王と共に帝国の使節によって殺されたことになっている。


 だけど、実際ジョシュアは生きていた。

 どうやって生き延びたのか、殺されたと言われているのに生きているのが不思議なのだけど。

 でも、彼はジョシュアだ。

 謝って彼の服を汚してしまった時に、着替えを手伝っていて私はその痣を見た。とても綺麗な鳥の形をしていたから覚えていた。

 なぜ私が彼の着替えを手伝ったかって、私は当時侍女として時たま王宮をウロウロしていた。キャロルって偽名まで名乗って。あの時は楽しかったわ。

 王女、いえ、あの時は、公爵令嬢ね。公爵令嬢として、彼の従姉妹として会話したことはなかったけど、侍女キャロルとしてよく話をしたわ。

 気さくな人で、本当にあの時は王宮が輝いていた。

 今と違って。

 帝国の言いなりの父。もはや独立した国とは思えない。帝国民を歓迎し、自国の民には重税を課す。王都は荒れ、貧民街にはもはやまともな人は暮らせないと聞いたわ。

 以前はお忍びで出かけたこともあったけど、今は絶対に無理。

 王都は活気がなくなり、警備団の秩序も乱れている。

 五年も持ったと思う。


 ジョシュア。

 私があなたに機会をあげる。

 父を、私を殺して。


 ☆


「ねぇ。今日は父との謁見がある。ついてきてくれる?」


 彼は寡黙だ。

 けれども彼には断ることはできない。

 以前は焼き爛れていてもその目から彼の感情が少し見れた気がしたけど、今は兜に隠れていて、何を考えているかわからない。

 だけど、私が機会を作れば彼はきっとやってくれる。


「ベリンダ。顔をあげよ。今日はどういう要件だ。その奴隷まで連れて」

「陛下。人払いをお願いできますか?」

「よかろう」


 父は謁見の間にいた宰相と控えていた侍女たちを下がらせた。

 護衛は数人残っているが、ジョシュアは強いから大丈夫だろう。


「陛下。私は王位を正当な者に返すべきだと思っているのです」

「何を言うのだ?ベリンダ。正当とは?」

「あなたは帝国と組んで、前王を暗殺した。そして王位を簒奪した。あなたは正当な王ではないのです」

「ベランダ。気が狂ったか!誰か!」

「ジョシュア!」


 私が彼を呼ぶのと、父の首が飛ぶのはどちらが早かっただろうか?

 同時に駆け寄ってきた護衛たちも彼によって切り捨てられる。


「こ、これは一体」


 騒ぎを聞きつけて宰相が戻ってきて、血の海に沈む父や護衛たちの姿に慄いていた。


「ジョシュア。最後は私よ。私を殺してちょうだい」

「いいえ。殿下。あなたは女王になられる方です」

「何を言っているの?正当な後継者はあなたでしょう?」

「私は、ジョシュア殿下の影武者をしていた者。あの時、本来ならば私があの場にいるはずだった。なのに急に体調を崩して、殿下自らが参加してしまい、そのまま帰らぬ方になってしまった」

「……影武者?ジョシュアではないの?」

「ええ。申し訳ありません。長らく騙すことになってしまって」

「そ、そんな」

「殿下、いえ、女王陛下のおかげで、我が国は救われました。今度こそ正当な王が我が国を治めるのです」

「何をふざけてことを言っているのだ。奴隷如きで!王女、いえ、陛下。惑わされてはなりません」


 やっと我に取り戻したらしい、宰相が言い募る。


「……あなた、名前はなんていうの?」

「ロニーです。陛下」

「ロニー。ハスバル卿を捕らえなさい。近衛、私は第十五代ウィラー王です。私の命令に従って」


 扉の向こうから現れた近衛が戸惑ったのは一瞬で、私が声をかけると膝を床につき、首を垂れた。


 ジョシュア、いえ、ロニーはジョシュアの母方の子だった。

 幼少期の時から、彼の影武者になるように育てられ、それは王と一部のものしか知らなかったみたい。

 私がよく会っていたのも、ロニーだった。本当に全然区別がつかないほど、彼はジョシュアと似ていた。

 彼は主を守れなかった自身を悔いて、自らでその顔を焼いた。復讐の機会をうかがって、奴隷に扮していた時に、私がたまたま彼を見つけ、奴隷にした。

 私が、彼を選ぶことがわかっていたみたいで癪だけど、実際、私は彼を選んだ。


「あなたが死を望んでいたことはわかってました。だけど、私はあなたに生きていてほしい。ジョシュア殿下が継ぐべきだった国の姿に戻して欲しいのです」

「いいわ。でも条件があるの。あなたは私の王配になりなさい」

「それはできません」

「それなら、私も王女なんでごめんだわ」

「そんな無責任な」

「あなたもあなたの義務は果たしなさい。ジョシュアを守れなかったなら、今度は私を守って頂戴。そして一緒に国を豊かにしましょう」


 ロニーはしばらく考えた後、膝をつく。


「私の全てをあなたに捧げます。あなたを決して傷つけないとこの命に誓いましょう」


 私は死ぬつもりだった。

 ジョシュアの、ロニーの手によって。

 だけど、最後の王族として、ジョシュアが守ろうとした国を治める。


「ロニー。ずっと言ってなかったけど、私はキャロルなの」

「知ってましたよ。そんなこと」

「嘘」

「本当です。このように爛れた顔の夫などあなたにはふさわしくありません。けれども、臣下としてだけではなく、夫して愛しいあなたを守るつもりです」


 前王が帝国の使者によって倒れてから、五年。

 悪政を引いた王が、娘であるベリンダ王女によって討たれた。

 娘は前王の忘れ形見であり、王太子であったジョシュアと婚姻を結び、ウィラー王国を帝国の脅威から守り末永き平和を築いた。


 ウィラー王国の歴史書にはそう綴られている。






 

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