第1話 ウクライナ戦争と岸川ドクトリン
2022年2月23日、世界は変わった。
国連に加盟し、国際的に認められているその国のルールに則り成立している正当な政府を持つ主権国家に対して、その主権を全面的に否定する侵略作戦を国連安全保障理事会の常任理事国が行った。この出来事は世界に衝撃を与えた。
無論、常任理事国だろうと国連加盟国だろうと領土内の一部に主権が行使できなくなっている場所や主権があやふやになっている地域での武力紛争といったものは、残念ながら21世紀にも起こっているというのは世界も理解していた。あるいは民主主義というルールを押し付けて、現地の政府を常任理事国に都合のいいものに変えようとする謀略が行われているということも世界は理解していた。
それでも世界は、近隣国の武力行使により民主主義のルールに則り、成立した国連加盟国の正当な政府を打倒する動きが起きたのは過去の話で、20世紀の後半以降には起きるはずがない歴史上の出来事として捉えていた。
ところが、現実には、1950年代のチェコスロバキア侵攻と同じことを、半世紀を経た後にやってのけようとする国があり、しかも、それが国連安全保障理事会の常任理事国だったのだ。
国連による各国に対して提供されている安全保障の要である国連安全保障理事会が、機能不全に陥っていることは長く指摘されてきたが、機能不全どころか、機能そのものが国連加盟国に攻撃を仕掛けたのだ。国連安全保障理事会を信用して国家の安全保障を高めるというのは、がん細胞に自分の身体を守ってもらおうというのと同じくらい無謀なことだったと世界は気付いたのだ。
特に、日本政府は国連を主軸とした外交を基本方針としていたし、実態はアメリカによる安全保障の提供を受けて、日本国民への安全保障を提供しているが、題目としては国連安保理による安全保障体制の枠組みによる世界平和の実現を唱えていたのだから、その衝撃は大きかった。
<サイド 祝田咲>
国連外交、実態として申し上げますと国連加盟国にお金をお配りになられて、安全保障理事会の非常任理事国として世界の安全に貢献した実績をお積み上げになられて、安全保障理事会の常任理事国入りをするというのが外務省の方針でございますけど、この方針が根底からお揺らぎになられましたの。
これでお揺るぎにならないで、今まで通りお金をお配り続けられて、ご自分たちの気持ちのいい生活を維持なされたいと婉曲に述べられる外務省のお役人様方を拝見し、「とても世渡りに長けておられますわね。でも、世間様はそれはお許しになりませんわよ。」とお伝え申し上げ、外交政策の抜本的な方向転換を指示させていただきました。
お飾りとしか思っていなかった、
今夜の記者会見のセッティングを内閣官房に指示いたしまして、外務大臣の
<サイド 祝田和馬>
岸川ドクトリン。異世界にいたときに咲から聞いていた内容だ。
「
「安保は日米安全保障条約、安保理は国連の安全保障理事会だよな。」
「おぉ、ざっこの
総経大で学んだ学生をどう評価しているんだ?咲は。
東帝大と並び、日本の大学の頂点に立つ大学に自分は通っていたし、なんなら咲の先輩ですけど。
咲は政治経済学部で、自分は商学部だったが。
「じゃあ、安保理ってなにするところ?」
「安全保障理事会だから、戦争の抑止とか、戦争が起きたときに国連軍の派遣を決めたりするんだろ。」
「まぁ、概ね正解だけど、それだけじゃないんだな~。国連に加盟するとか、国連事務総長を決めるのは?」
「それは総会決議だろ。安保理は関係ないだろ。」
「ぷぷっ♡どっちも安保理の拒否権の対象なんだよ。
いや知らんよ、日本人のほとんどはな。なんなら政治家にも知らん奴いるだろ。
「日本は、よわよわだから、外交で金ばかり払うけど、実利を全く持ってこれていないよね~。」
安保理と安保の話はどこ行ったんだ?まぁ、いいか。
「まぁ、そういう話は聞くが、経済協定を結んで対中封じ込めとかで一定の成果はあげていると思うぞ。」
「日本政府が外交で何を目標にしているか明確に伝えることができる、そんな
「うーん、あまりいないな。安保理の常任理事国入りを狙っているとかいうが、常任理事国入りしてどうすのか?とか見えないな。アメリカに追従して、安全保障提供してもらって、アメリカが経済的に優位を保つなかで、そのお裾分けをもらい続けたいという程度にしか狙いが見えてこないな。」
「
いや、君より6年も長く生きているからねと胸を張ってみるが、その後に聞く岸川ドクトリンの内容を聞くと、自分では考えもしない外交方針を考えつく彼女は、リアルチーターだった。
<岸川総理記者会見>
「先ほど、ロシア政府がウクライナに侵攻したとの情報が入ってまいりました。
情報収集を指示しているところですが、現時点ではキーウにロシア軍が迫っており民間施設や民間人に被害が出ているとのことであります。
日本政府として、このロシアの侵攻を強く非難するとともに、駐日ロシア大使に対して侵略行為を直ちに停止するように要請しました。
戦後、わが国は国連外交により侵略戦争に対しての抑止効果を高める取り組みを行い、特に安全保障理事会に強い抑止効果を期待しておりましたが、安全保障理事国の侵攻に対して無力であるという欠点と向き合ってきておりませんでした。
これを痛切に反省し、新たな外交方針を打ち出すことといたしました。
今までと同様に国連外交を重視いたしますが、安保理を重視するのではなく新たに民間被害の被害回復、復興を担う新たな国連機関である民間被害回復理事会の設立を日本は提案いたします。
この機関は、国連加盟国の民間施設や民間人が被害を受けた場合、その被害回復や復興のために支援する機関でございますが、スキームとしては、被害額を早急に見積るため、衛星写真とAI技術の利用により推定被害額を被害発生の2日以内に出します。無論、最終的には、確定被害額を現地調査により算出し、民間被害回復理事会により被害額の決定をいたします。
地震などの災害による場合は、被害額の最大20%を国際社会が負担しますが、戦争被害、一方的な侵略を受けて被害が発生するなど加害国や加害団体等がはっきりしている場合には、その加害国や加害団体等が最大100%を負担するスキームとなります。ただし、被害国が安保理決議に違反しているなどにより、安保理から警告を受けていた場合などは、この対象とはとなりません。
加害国、加害団体の賠償については、国連加盟国が加害国、加害団体に対する輸出および輸入に対して民間被害回復関税をかけることにより賄うとの仕組みになります。加害責任者がどの国で、その責任割合がどういう割合なのか、課すべき民間被害回復額をもとに各国に民間被害回復関税をどの程度かけるべきかを民間被害回復理事会が勧告をいたします。この勧告は、推定被害額をもとにした1次勧告、確定被害額をもとにした2次勧告と2回することとなります。
これらの勧告を受けて、当面は一つの案件ごとに、国連総会での3分の2の決議と、国連加盟国の3分の2が国内法を改正してこの条約への批准をしてから当該国への課税義務が発効することとし、批准しなかった国や批准しているにもかからず加害者から徴収するべき民間被害回復関税を課税していない場合は、その当該国に加害国に課せられる回復関税の半分までの関税率をかけることができることとします。
特定加害国がない災害被害の場合は、すべての輸出輸入に対して関税をかけることになりますが、関税額は1%を超えることがない範囲でと考えております。
細かい内容はこれから国際社会と協議していきますし、今申し上げたスキームも一部が変更となるかもしれませんが、概ね、こういった内容の国連機関を設立し、当面の間、日本は、国連民間被害回復理事会の理事を務めたいと考えております。
この提案は、戦後日本の歩んできた平和外交を確かなものとし、世界から信頼を獲得できるものであり、世界各国の平和と繁栄に資するものだと考えております。また、過去において各国の民間人や民間施設にも被害を与えてしまった加害者としての側面も持つ我が国の義務でもあると考えております。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます