33 悪趣味な⑤



「非検体って、どういうことですか? 治療の為に連れて行くのでは……」


 少女を抱える腕に力が籠りつつ、ケイデンスが馬車の窓に近寄る。

 プラトヴァーニは目を丸くした後、相変わらず穏やかな様相で微笑んで見せた。


「治験のようなものですよ、ケイデンス殿。それに彼らは悪しき集団です。本来なら慈悲をかけるだけの価値もありません。騎士団長も目的のためなら、多少は目を瞑ると言っておりましたが」

「ティエラ王国の騎士団が、『秘境の使徒』の活動を規制しているのは事実です。ですが人道に劣る扱いをするつもりはありません。父だって、城から連れ出す事を目を瞑ると言っているはずだ」

「ケイデンス殿のお考えは素晴らしいですね。ですがそれは、最前線にいないからこその理想論でしょう」


 絶妙に噛み合っていない会話に、ケイデンスは歯噛みする。

 ハルキナ公爵領が、『秘境の使徒』に脅かされているのは事実なのだろう。プラトヴァーニの言葉端から、彼女たちに対する憎悪が垣間見える。

 そもそもケイデンスが巻いた種の一部だ。自分が出しゃばるのはお門違いで、公爵の采配に任せるのが筋である。思惑は別として、少女の外部治療を騎士団長が許可した以上、息子と言えど覆すことはできない。

  

 視界の端で捉えられた男性が、公爵家の従者に促されて立ち上がる。

 彼はケイデンスが抱える少女を見ると、ケイデンスの背後を去り際、一言だけ呟いた。


「…………問題ない、余計なことはするな」


 (問題ない?)


 振り返って背の高い相手を見上げたが、三白眼はそれ以上ケイデンスを捉えることなく、殊勝な態度で後続らしき別の馬車に乗せられる。

 スライ、と呼ばれた老齢の従者が再び「うた」を紡ぐと、プラトヴァーニが乗る馬車が歪な音を立て修繕されていった。


「……貴方は優秀ですが、やはりこういった場所は不向きですね」


 苦笑するプラトヴァーニに黙礼し、スライはケイデンスに両手を差し出す。

 言外に少女を渡せと圧をかけられ、ケイデンスは強張った表情でその手を見つめた。


(ここで渡さなければ、不審に思われる、けど……)


 ケイデンスは少女を従者に預け、数歩、後ろに下がった。

 従者はこちらに対して深く頭を下げると、そのまま歩き出して再び馬車に乗り込んでいく。


「それではケイデンス殿。またお会いしましょう」


 朗らかに片手を振り、馬車の窓を閉めて程なく、御者が馬を操り車輪が動き出す。

 ケイデンスは遠ざかる車体を見つめ、徐々に視線を地面に落とした。

 そして側に転がる矢を目に留め、ハッとして周囲を見渡す。


 (そうだ、まだ近くにいるんじゃないか……!?)


 公爵家の従者が一人残り、騒ぎを聞きつけてやってきた他の騎士団員へ、状況説明を行なっている横を通り抜ける。

 騎士団の数人は怪訝な顔でケイデンスを見たが、今は気にしている場合では無かった。


 矢を一本掴み、悟られない程度の弱い魔法をかけ、矢の時間を巻き戻す。

 暫くケイデンスの片手を、弓矢としてはあり得ない動きで軽く引っ張っていたが、数秒経過した後にようやく直線状へ変化した。ケイデンスは誘導する動きに逆らわず、足を踏み出し着いていく。

 不審にならぬよう調整が難しいが、上手くいったようだ。傍目に見ればケイデンスが、リリアリアのところへ歩き出したように見えるだろう。


 (城に入る、すぐ横……)


 他騎士団員の視界から外れ、ケイデンスは馬車の乗り継ぎ場から、城の裏門までの城壁を伝っていく。

 石垣の隙間から丁度、今しがたまで居た場所が見える位置に来ると、人影が地べたに座って壁に寄りかかっていた。

 汚れたローブを見る限り、ただの浮浪者にも見える。裾から見える手首や足首も、骨と皮ばかりだ。しかしその横顔は確かに、対峙したことのある人物だった。


 ケイデンスは矢の魔法を解くと、半歩ほど前に膝をつく。

 深くローブを羽織り顔を隠す女性が、胡乱げな様相で視線を向けた。


「……? なんだい、アタシゃ物乞いじゃないよ。疲れて座ってるだけさ、アッチに行き……な……」


 胸の内で強く念じ、初老の女性に欠けていた魔法を解く。そうすれば彼女は皺のある顔で、大きく目を見開いた。

 そして微かに息を吸い込んだ瞬間、「うた」を放とうとして、ケイデンスは咄嗟に魔法で声を封じる。自身の変化に意識が追いつかず、両手で己の喉を押さえる女性の肩を、強めに掴んだ。


「俺の事を、思い出したな」

「……っ!! っ、っ!」


 真っ青な顔で逃げようとする腕を掴み直し、ケイデンスは視線を合わせる。

 初老の女性は唇を引き結び、小刻みに震えつつもこちらを睨み返した。

 ケイデンスは声を封じた魔法を解き、再び歪な影のゆらめきを捉えると、相手を牽制するように魔法を行使する。女性がローブの下に隠し持っていた矢筒から、全ての矢が内側より飛び出すと、一斉に矢尻を女性の顔面に向けて空中に静止した。


 女性は息をのんで硬直し、降伏を示すよう、両手を自身の顔の横に掲げて見せる。

  

「さっきの仲間は、もしかしてわざと捕まったんじゃないか」

「なんてそんなこと、アンタに言わなきゃならないんだい」

「…………無理やり喋らせる事だって、出来るからな」


 知れず低まったケイデンスの声に、相手は小さな悲鳴を飲み込んで、矢を見つめたまま首を左右に振った。


「こんなババァ捕まえて、悪趣味な野郎だよ……! 分かった、分かったって! ああそうさ、わざとだよ。あのクソ野郎共が囲っている物を、手に入れる為にね……!」


 

 





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