32 悪趣味な④
魔法使いという面から見て、プラトヴァーニも魔法の扱いは不得手だという。
日常生活で困ることはないが、ケイデンスの状態をいつも耳にする度に、感心しきりであったという。
「この国に限らず、世界の仕組みはあなたにとって、とても生きづらい事でしょう。それでもケイデンス殿は、逆境の中、己の立場を掴み取っています。それは誇って然るべきです」
掴み所のない様相から一変し、プラトヴァーニの顔は真剣そのものだ。隣で黙している老齢の従者も、姿勢を正し頷いている。
ケイデンスは呆気に取られて返答が出来ず、何度か口を開閉させた後、己の膝に置いた両手を握りしめた。
「……お言葉、嬉しく思います。ですが自分と関わることで、公爵家の評判に差し障りが……」
「心配及びません。幸い私には、交友する相手を選ぶだけの立場があります」
柔らかく笑った彼は、こちらに向けて片手を差し出す。握手を求められている、そう気がついてケイデンスは呼吸を震わせた。
「……ありがとうございます、ハルキナ公爵子息様」
「どうぞプラトヴァーニと。私は貴方のお役に立ちたいのです。貴方の名誉回復にむけて、必要な手段も、経験も、少しづつ貴方にお伝えしましょう」
やや恐々とだがケイデンスも片手を出せば、彼は両手を添えて固く握手を交わす。
顔を見せれば誹られた経験しかない場で、リリアリアと彼女の周囲以外、繋がりを持てた試しがない。実家の辺境伯家では家族の一員と見られておらず、騎士団内でもずっと肩身の狭い日々だった。
そんなケイデンスの境遇を慮り、社交界で必要があればいつでも頼ってほしいと、プラトヴァーニは表情を綻ばせる。
プラトヴァーニから連絡先を伝えられた後、御者が馬車の扉を開けたので、ケイデンスは席を立って昇降台に片足を乗せた。
そのまま振り返り、従者が抱えたままの少女を一瞥して、プラトヴァーニに視線を向ける。
「……彼女の容体は、回復するのでしょうか」
万が一、手練の回復職が居る可能性もある。
ケイデンスが緊張を顔に乗せつつ問い掛ければ、彼は少女を見つめた後、朗らかに口角を緩ませた。
「断定はできませんが、医師団に任せましょう。色々試してみたいと言っていましたから」
「……、試す?」
「はい。彼女たちには散々、煮湯を飲まされてきましたから。本当に良い機会を得ることができました」
「え……、それは、っ!?」
邪気のない声音で紡がれた内容に、嫌な予感が胸へ膨らみ慌てて体ごと振り返る。
しかし続く言葉が音になる直前、上空に人影が現れ、馬車の上に勢いよく着地した。
大きく揺れた荷台に足を取られ、ケイデンスが外に転がり出ると、多方向から複数の矢が飛んでくる。鞘から剣を引き抜いて叩き切るが、一部はあり得ない軌道を描いてケイデンスの脇を掠めて行った。
(この、魔法……!)
頭上を見上げれば、荷車の上に乗った体格の良い男性が、片手剣を両手で構えて天井に突き刺す。魔法で強化されたそれは難なく板を突き抜け、プラトヴァーニが息を呑んで座席に背中をつけた。
隣に座っていた従者が腰を浮かせ、外に少女を放り投げる。咄嗟にケイデンスが抱えると、従者は昇降台を飛び越えて地面に降り立ち、振り向きざま大きく息を吸い込んだ。
力強く、けれども酷く暴力的な歌声が、周囲一体に木霊する。あまりの威力に馬車の装甲が剥がれ落ち、片手剣を支えていた男性が、呻き声を上げて荷台から引き剥がされた。
おおよそ見た目にそぐわ無い「うた」だが、おそらく防御魔法を応用し、攻撃に転じたものだろう。役割分担された騎士団では用いない戦法だ。ケイデンスも三半規管を刺激され、酔いに似た症状に襲われる。
(っ威力が凄すぎて、敵も味方もあったものじゃないだろ、これ……!)
馬車の向こう側に投げ出された人物が、地面の上で頭を抱えて蹲っていた。自在に動き回っていた弓矢も、あっという間に空から落ちてくる。後方支援に回っていた仲間もやられたらしい。
ケイデンスは周囲の魔物的存在の揺らぎを捉え、自身の聴覚に回復魔法を施しながら、ゆっくりと立ち上がる。
ついでに抱えた少女にも魔法をかけると、そのまま従者と共に馬車を回り込んだ。
「……まさか構成員が、こんな場所にまで現れるとは……」
馬車の窓を開けたプラトヴァーニが、忌々しいと言わんばかりに呟く。
蹲る男性は未だ魔法の余波を受けながら、真っ青な顔でケイデンスを見上げた。
その顔は僅かに見覚えがある。『秘境の使徒』の本拠地を襲撃した際、ケイデンスへ最初に切り掛かってきた相手だった。
三白眼の双眸は抱えている少女に移り、唇を戦慄かせて必死に両手で地面を押し上げる。
しかし公爵子息が連れてきた他の従者たちが、魔法で身体を拘束し、彼は再び地面へ横倒しになった。
「申し訳ありません、ケイデンス殿。おそらく彼らは、この少女を取り戻しにきたのでしょう」
「……仲間を取り戻しに、こんな白昼堂々と……?」
「これは私の落ち度です。城から連れ出すことが読まれていた」
吐き捨てるに似た言い方で、プラトヴァーニは老齢の従者に指示を出す。
「スライ。その男も馬車へ。
「っ!? ま、待ってください!」
何気ない一言に耳を疑い、ケイデンスは思わず割って入った。
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