31 悪趣味な③




 公爵子息の口から聞こえてきた名前に、ケイデンスは表情を強張らせる。

 なぜ、という疑問が先行して返答ができず、プラトヴァーニは変わらず微笑んだまま、少女に視線を戻した。


「あなたの事を度々聞かれました。私がよく知らないと言っても、どういうわけか食い下がりましてね。ですがつい今朝方、話をした時にはもう、あなたの事は一言も出てこなかった」


 彼が目配せすると、従者の一人が一礼して、その場を離れていく。

 救護班に何事か伝えると病棟の中へ案内され、横たわる少女の側へ歩いて行った。


 横目で状況を窺いつつ、ケイデンスが眉を寄せれば、プラトヴァーニの瞳が再度こちらに向く。


「スラヴィル伯に、進言して頂いたのではないですか? 彼女たちの組織を撹乱するように。あの方は我々の声では、一歩たりとも動きませんから」

「……確かに、ヒースリングに父を手伝うよう、願ったことは事実です。礼を述べるのはどうぞ、ヒースリングに」

「ええ、もちろん」

「…………しかし、なぜ公爵子息である貴方が、『秘境の使徒』と接触しているのでしょうか」


 ケイデンスが問いを返せば、彼の眉が八の字に下がる。


「ケイデンス殿。今から不躾にあれこれ申し上げますが、どうぞ気を悪くされないでください」

「え……? は、はい」

「あなたは少々、人の腹を読むことに不慣れなのでしょう。良いですかケイデンス殿。あなたの受け答えは、アルコイが何者かを知っている人間がするものです」


 声を潜め、まるで忠告めいた言い回しをするプラトヴァーニに、ケイデンスは目を見開く。

 彼の表情からは、心から案じている様子が伝わってきて、それが逆に気味が悪いほど異質だった。


「あなたはまず、私が接触している相手が何者か、尋ねるべきでした。私は『秘境の使徒』の話をしましたが、アルコイがそうであるかは、一言も言っておりません」

「…………自分に、何を伝えようとしていらっしゃるのですか」

「答えを急ぐのは悪手ですよ、ケイデンス殿。大丈夫です、すぐにお伝えいたします」


 プラトヴァーニはそう言って、戻ってきた従者に視線を向ける。

 動かない少女を横抱きにした老齢の男性が、切れ長の瞳を細めて静かに立ち止まった。

 何をするつもりなのか皆目見当もつかず、空になったベッドを片付け始める救護班をガラス越しに見やり、ケイデンスは眉間の皺を深める。


 騎士団長より、少女の身柄はハルキナ公爵領で預かる旨、許可を得たのだという。

 物流拠点の一つである領地には現在、異国から医師団が滞在していて、少女の容体について診察を依頼したらしい。

 ティエラ王国では、王都への在留許可資格の発行に時間がかかる。『秘境の使徒』から自国を防衛する情報が欲しい騎士団は、国王に掛け合い、特例として連れ出す事を認められたのだ。

 

 プラトヴァーニが歩き出すと、彼の従者二人に背後を取られ、硬い物質で背中を押され歩くよう促される。全くの背後なので曖昧だが、おそらく剣の柄頭だろう。

 ケイデンスは少女に視線を向けつつ、足を踏み出して後に続いた。


 向かう先を訝しんでいれば、どうやら馬車の乗り継ぎ場のようだった。

 流石に城を出るのはまずい。しかしケイデンスの歩調が鈍れば、背中に押し当てられたものが、更に衣服越しに皮膚へ食い込む。

 背後を陣取っていた従者の一人が前に進み出て、馬車の戸を開けると、先に少女を抱えた男性が乗り込んだ。


「さぁ、どうぞケイデンス殿。馬車の中で少しお話しましょう」


 振り返ったプラトヴァーニの声が、嫌に耳にこびり付く。

 彼はやはり柔和に笑みを作って、馬車の中を片手で指し示した。

 

「……申し訳ありません。リリアリア王女殿下の許可なく、これ以上、お側を離れる訳には参りません」

「ああ、失礼。では、リリアリア王女殿下に御伝言を頼みましょう」

「いえ、自分は……」

「話すだけですよ、ケイデンス殿。……きっとあなたに有益となるはずです」


 険しい表情のまま押し黙ったケイデンスは、数秒ほど思案した後、足を踏み出す。

 リリアリアの近衛騎士という立場だけで、辺境伯子息であるケイデンスは本来、公爵位を継ぐ予定のプラトヴァーニの提案を無碍にできない。

 いくら魔力測定が重要視され、貴族平民問わず王家の庇護下に入ったとしても、爵位はまた別物であるからだ。


 一人で片方の座席に座ると、その向かい側にプラトヴァーニが腰を下ろす。

 彼は無反応の少女を眺め、おもむろに口を開いた。


「私から言わせてみれば、騎士団長も小隊長殿らも、あなたを軽んじすぎていると思います。あなたは魔法使いとして、確かに無力なのかもしれません。けれどもリリアリア王女殿下の寵愛を一身に受け、あのスラヴィル伯を完全に味方につけています」


 静かな声は、賞賛とも取れる言葉を並べ、一拍の間が開いた。


「……私は思うのです、ケイデンス殿。少なくとも王家に関わる人間として、あなたを支持する事が最も有益だと」

「有益、ですか」

「はい。何よりあなたは、あのベルノイア王女殿下からも関心を集めていらっしゃいます。……ケイデンス殿。私は、あなたのご活躍を支持したい。……あなたの立場を回復する手助けをしたいと、そう考えております」


 予想だにしない言葉に面食らい、ケイデンスは瞬きも忘れてプラトヴァーニを凝視する。

 彼は浮かんでいた笑みを消すと、真摯な眼差しで姿勢を正した。


 


 

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