27 循環する魔力②




 ◇ ◇ ◇

 


 ケイデンスが禁術を使用する上で、最も気を付けねばならないことは、魔力の分け与え方だ。

 禁書を紐解いて分かったことは、扱いたい魔法の強さに比例し、魔物的存在に与える魔力量は多くなると言うこと。故に自己回復が間に合わず、意識が朦朧として昏倒してしまうのだ。


 自身の現状をかいつまんで説明すれば、リリアリアは本当にであるのか、若干腑に落ちないという。


「分け与えるとは、解離しているように思うのです。どちらかと言えば、奪われる……そんな表現に近いように思いますの」


 確かに禁書の記述は一貫して、魔力を分け与える、と記されている。

 与える、という行為は基本的に、与える側の裁量に委ねられるものだ。ケイデンスが主体となって魔力を与え、その見返りとして魔法を行使するのが、順番として正しいのだろう。

 それがもし、魔力を奪われているのだとしたら、主体は魔物的存在だ。ケイデンスは搾取される代わりに、魔法を扱える構図へ変化する。

 

 カウンターの外へ声が聞こえないよう、声量を潜めるリリアリアに、二人をカウチに座らせたヒースリングが口角を上げた。


「うんうん、いい視点だねぇ」

「そこで、少し思うことがありまして。……ケイデンス。禁書をここへ転移させてください」

「え?」


 唐突に指示をされ面食らいつつ、ケイデンスはリリアリアへ視線を送る。

 彼女が頷いて許可したので、自室の書棚に隠している禁書を思い浮かべた。

 館内の頭上に揺れる灯りの下、幾つも連なる影に意識を集中させる。静寂の中に耳鳴りと囁き声がして、カウンター内の陰影が微かにぶれた。


 (……ここに、来るんだ)


 急激な浮遊感に視界が白みつつ、両手の平を上に向ければ、そこに禁書が出現する。

 ケイデンスが望んだ通り、鍵付きの箱すら通り抜けて現れた本に、リリアリアが目を細めた。

 

「ケイデンス、体調はどうですか? 気持ち悪さや、眩暈などは?」

「……いえ、それほど顕著にはありません」

「では、少しお借りします」


 そう言うと彼女は禁書を手に取り、おもむろに「うた」を口ずさみ始める。

 やはり聞き覚えのない言語で、どこか懐かしい響きを思わせる清涼な歌声に聴き惚れていれば、禁書が端から音を立てて一気に燃え上がった。


「っな──!?」


 あまりの驚きで咄嗟に腕を伸ばしかけるも、書物は瞬く間に燃え殻となり、黒い灰が床に散らばる。

 愕然として言葉を失うケイデンスに、リリアリアは両手を軽く払うと、黒ずんだ指先を彼の前に見せた。


「ケイデンス。流石のわたくしも、この状態から本を元に戻すことはできません。あなたなら、出来ますか?」


 淡々とした口調に突き動かされ、急激に意識が浮遊する。視野が赤く狭まり一点に集中し、己の呼吸音だけが聴覚を埋め尽くした。

 ケイデンスが無我夢中で念じれば、禁書であった燃え殻は、時間が巻き戻るが如く姿を変えていく。

 そして一分も経たずに再び本の状態になると、リリアリアの両手に収まった。


 自然と上がった息で禁書を凝視するケイデンスに、ヒースリングが腕を伸ばして、軽く背中を撫でる。

 嫌な汗が滝のように流れ、目を見開いたままリリアリアを一瞥した。


 彼女は感慨深く、元に戻った本を眺め、己の騎士に双眸を向ける。


「……凄まじい力ですわ。我々魔法使いが扱える力を、軽く超えているでしょう」

「殿下……」

「驚かせてごめんなさい。お返し致しますわ。……体調はどうですか、ケイデンス」


 眉を下げて苦笑した彼女から、禁書を受け取って、ようやく長い息を吐き出す。労いの言葉に応えようとした時、ふと、己の状態に違和感があり、自身の体を見下ろした。


「……そう言えば、そこまで、気分の悪さはないような……?」 

「普通の魔法使いとは、発動原理が違うので一概には言えません。ですので憶測になりますが……、魔法を行使して気分を害するのは、貴方が魔力を与える相手を、多少なりとも恐れている時ではありませんか?」


 リリアリアの指摘に、ケイデンスは目を見開いた。

 禁術を学び始めた時は、慣れない感覚に気持ち悪さを覚える事もあった。だがそれ以降は確かに、危険が迫った時の方が、不快に陥る傾向にある。


 式典でベルノイアの近衛騎士だった男が、セイレーンの擬態であった時。『秘境の使徒』である少女と対峙し、クラーケンを召喚された時。彼女の仲間の本拠地を襲撃し、協力を願った友に暴力的な危機を感じた時。

 ケイデンスが意識を失ったのはどれも、恐れや焦りを感じた時だった。


「与える側が優位な立場にないと、魔力は奪われるだけ奪われてしまう。……わたくしはそう思います。どうでしょう、コーダ司書」


 真剣な表情で話を振ったリリアリアに、黙して聞いていたヒースリングが、緩やかに笑みを溢す。


「ふふ、そうだよ王女様。体内を循環している魔力はに、奪えないんだよぉ。ボクも最初に試してみたら、弾き飛ばされちゃったからねぇ」

「どうして奪えないんだ?」

「言語化するのが、ちょっと難しいんだけど……、イルデロンは怪我をしてない人間から、何も使用しないで血を抜くことはできる?」

「……いや、無理……だな……」


 いくら魔物であっても無傷の相手に対し、触れもせず体内の魔力を奪う事は出来ない。

 ケイデンスのように訓練を重ね、自ら魔力を外に放出する事で初めて、魔物は人間の魔力を認知するのだ。

 加えて無意識に放出する魔力を調整しているので、魔物はそれ以上、奪うことが出来ない。例え貪欲に求めても、人間側が平常心であるほど強く弾かれて、大事には至らないという。

 

 しかしその前提が崩れ、己を制御できない状態に貶める原因が、“恐怖”にはあるのだ。

 

  


  

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